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はてなキーワード: 誕生日とは

2025-02-01

ブコメ日枝久誕生日を知ってしまった

ワイと同じやった

もう人前で誕生日言えない

2025-01-30

40代20代の嫁ゲット!勝ち組のはずが…仕事なし&父親になる不安

どうも、40代突入したばかりの男です!でも、20代の嫁がいます。 そう、いわゆる勝ち組です!(ドヤァ)

もともと嫁とは10歳差で、僕が39、嫁が29だったんですが、誕生日を迎えてついに40代に。

なので、次に嫁が誕生日を迎えるまでの数ヶ月間だけ、「40代×20代夫婦」という状態なわけです。

ちょっと言ってみたかっただけなんです(笑)

それよりも、嫁が最高に可愛くて大好きすぎる!!

正直、年齢とか関係ないです。本当に素敵な人で、出会たことが奇跡レベル

35歳くらいまで「年齢=彼女いない歴」だったので、こんな素晴らしい人と結婚できるなんて思ってもみませんでした。

しか結婚して2年、いまだにラブラブです。

そんななか、ついに嫁が妊娠しました!

妊活を始めて4ヶ月、ついに授かったんです。

めっちゃ嬉しい!!

…のですが、いざ現実になると「俺…本当に父親になれるのか?」っていう不安が襲ってくるんですよね。

妊活を始めた頃は「よし!パパになるぞ!」と気合十分だったのに、今は「え、俺…大丈夫…?」って気持ちになってきてます(笑)

しかも、今メインの仕事を失ってしまったというダブルパンチ

パパになる実感もまだ湧かないし、仕事は探さなきゃいけないし、将来がめっちゃ不安

10歳差の夫婦ってことは、僕が先に死ぬ確率が高いじゃないですか。

嫁ともっと一緒にいたいし、これからまれてくる子どもとも長く一緒にいたい。

でも時間には限りがある…。

まずは仕事を見つけて家族を守る!

頑張らねば!!

2025-01-29

昼過ぎに打ち合わせがあるので眠くならないようお昼を抜いて、打ち合わせのあとちょっと仕事してそのあと誕生日らしいことしたくてローストビーフ丼を食べた

肉が噛みきれなくて大半は飲み込んだ

帰ってなにすっかな

誰も待つ人もなにもないしな

つまんねー53歳になりそう

anond:20250129155301

問題は、フジテレビ経営陣の隠蔽体質と、

今回の件に限らず性上納常態化していたせいで、明確に否定できなかったところにあるわけ。

社長のお誕生日会には、女子アナが集められて社内接待していたのは事実なんだし。

こういう往生際の悪い奴が延々粘ってるんだな。

個人トラブルフジテレビ公表する筋合いはないし、実際何があったか知りもしないのに隠ぺいしてるっていうのはお前の思い付きの嘘。

性上納常態化していたっていうのも嘘。

社長のお誕生日会には、女子アナが集められて社内接待していたのまでは事実でもここから性上納常態化していた」みたいに飛躍させてる。

お前は完全にバカ

anond:20250129154934

性加害問題当事者同士で解決済だし、それが些細なことへの大騒ぎだったかどうかは、どうでもいいのよ。

問題は、フジテレビ経営陣の隠蔽体質と、

今回の件に限らず性上納常態化していたせいで、明確に否定できなかったところにあるわけ。

社長のお誕生日会には、女子アナが集められて社内接待していたのは事実なんだし。

2025-01-28

コスプレにおける偽乳は露出とは言わないのだろうけど

でも偽乳といえどめちゃくちゃ乳の主張強いコスプレ普通カフェご飯食べてる人いたら「えぇ…」って、ならないもんかな?

X見てるとコスプレイヤーに親でも殺されたんかなって思うくらいコスプレイヤーを憎んでる人叩いてる人が一定数いて、何もそこまで悪口言わんでも、と思ってたんだけど、最近ちょっと意見が変わってやっぱりコスプレ趣味にしてる人ってちょっと感覚ズレてる人が多いな〜と思うようになった。

池袋ではしょっちゅうコスプレイベントが行われていることは知っていて、そういう日はコスプレのまま堂々と街を歩くのが認められているみたいだけど、何も知らずにサンシャインシティに遊びに来た人はコスプレを許容することを強制されるの、さすが池袋だなと思ってしまった。

施設側が許容していることなのでそこにとやかく言うつもりはないものの、サンシャインシティ内のカフェでめちゃくちゃ偽乳見せてご飯食べてる人いてぎょっとしたわ。細かいルールとかは知らないけど、偽乳は露出じゃないよな…たぶん。レイヤーさんたちが露出対策ルールに色々配慮してることも知ってはいるんだけど、なんか、どう見えるかとかは気にしないもんなのかな〜と思ってしまいました。

よく言われてるけどレイヤーってタレント気取りアイドル気取りの人が本当に多いなと思う。言い方悪いけど大してフォロワー数いない人もすぐほしいもリスト置くの何なんだろう。もちろんいないわけではないと思うけど絵師さんとかだとあんま見ないのにね。タレント気取りなので、一般フォロワーファンのように扱いがちで。そういうの、なんかちょっと気持ち悪いなって思うんだよね。

あとすごく嫌だな〜って思うのは、レイヤーってコスプレ地雷じゃない=コスプレを見てよろこぶ、と思ってる人多くない?

私はコスプレ地雷ではないけど、正直コスプレ見て良いなと思ったことなんてほぼ無いし、全然自分からたこととか無いんだけど、「誕生日に好きなキャラコスプレしようか?」とか「コスプレして売り子しようか?」とか「コスプレイベント一緒に見に行かない?」とか言われて普通にやめてくれと思ってる。

人の趣味否定する気は無いし、正直自分の興味無いキャラを誰がどうコスしてようがどうでもいいんだけど、私の好きなキャラコスプレするっていうならまじでほんとに誰が見ても本物じゃんって言うくらいのクオリティにしてくれないと許せないけど?2.5次元舞台見れる人はセーフだと思われがちなんだけど、あれって顔のいい役者プロの作りあげたメイク衣装脚本演出と芝居があって成り立ってるから見れるんであって、素人コスプレとは何もかもが違うから一緒だと思わないでくれ。マジで

レイヤーの人って知り合い同士でメロつけるのすごいよね。絶対メロつけない。レイヤー同士ってなんかお互いに写真上げたらコメントしなきゃいけないルールでもあんのかなってくらい毎回反応しててすごい窮屈そう〜って思うわ。成り行きで相互なっちゃったけどあんまりクオリティ高くなくて好きじゃないフォロワーかいないのかな。

写真への反応気にするわりにはメイクがいつも同じで全然キャラクターの特徴捉えられてなかったり、不自然すぎる重加工だったり、自分のこと客観視できてないよな〜って思うし。別にいいねの数とか気にしないんなら好きにやればいいけどさ。気にするわりにクオリティ微妙じゃない?みたいな人もまあまあいるし。

とかまあ、いろいろ思うところがあって、最近ちょっとコスプレイヤーへの嫌悪感が強まっている。

特定の誰かの話してるとかじゃないんだよ。思い当たるだけで結構いるの。やっぱりコスプレをやる人って何か人とずれてんのかなって思わざるを得ない。

コスプレにおける偽乳は露出とは言わないのだろうけど

でも偽乳といえどめちゃくちゃ乳の主張強いコスプレ普通カフェご飯食べてる人いたら「えぇ…」って、ならないもんかな?

X見てるとコスプレイヤーに親でも殺されたんかなって思うくらいコスプレイヤーを憎んでる人叩いてる人が一定数いて、何もそこまで悪口言わんでも、と思ってたんだけど、最近ちょっと意見が変わってやっぱりコスプレ趣味にしてる人ってちょっと感覚ズレてる人が多いな〜と思うようになった。

池袋ではしょっちゅうコスプレイベントが行われていることは知っていて、そういう日はコスプレのまま堂々と街を歩くのが認められているみたいだけど、何も知らずにサンシャインシティに遊びに来た人はコスプレを許容することを強制されるの、さすが池袋だなと思ってしまった。

施設側が許容していることなのでそこにとやかく言うつもりはないものの、サンシャインシティ内のカフェでめちゃくちゃ偽乳見せてご飯食べてる人いてぎょっとしたわ。細かいルールとかは知らないけど、偽乳は露出じゃないよな…たぶん。レイヤーさんたちが露出対策ルールに色々配慮してることも知ってはいるんだけど、なんか、どう見えるかとかは気にしないもんなのかな〜と思ってしまいました。

よく言われてるけどレイヤーってタレント気取りアイドル気取りの人が本当に多いなと思う。言い方悪いけど大してフォロワー数いない人もすぐほしいもリスト置くの何なんだろう。もちろんいないわけではないと思うけど絵師さんとかだとあんま見ないのにね。タレント気取りなので、一般フォロワーファンのように扱いがちで。そういうの、なんかちょっと気持ち悪いなって思うんだよね。

あとすごく嫌だな〜って思うのは、レイヤーってコスプレ地雷じゃない=コスプレを見てよろこぶ、と思ってる人多くない?

私はコスプレ地雷ではないけど、正直コスプレ見て良いなと思ったことなんてほぼ無いし、全然自分からたこととか無いんだけど、「誕生日に好きなキャラコスプレしようか?」とか「コスプレして売り子しようか?」とか「コスプレイベント一緒に見に行かない?」とか言われて普通にやめてくれと思ってる。

人の趣味否定する気は無いし、正直自分の興味無いキャラを誰がどうコスしてようがどうでもいいんだけど、私の好きなキャラコスプレするっていうならまじでほんとに誰が見ても本物じゃんって言うくらいのクオリティにしてくれないと許せないけど?2.5次元舞台見れる人はセーフだと思われがちなんだけど、あれって顔のいい役者プロの作りあげたメイク衣装脚本演出と芝居があって成り立ってるから見れるんであって、素人コスプレとは何もかもが違うから一緒だと思わないでくれ。マジで

レイヤーの人って知り合い同士でメロつけるのすごいよね。絶対メロつけない。レイヤー同士ってなんかお互いに写真上げたらコメントしなきゃいけないルールでもあんのかなってくらい毎回反応しててすごい窮屈そう〜って思うわ。成り行きで相互なっちゃったけどあんまりクオリティ高くなくて好きじゃないフォロワーかいないのかな。

写真への反応気にするわりにはメイクがいつも同じで全然キャラクターの特徴捉えられてなかったり、不自然すぎる重加工だったり、自分のこと客観視できてないよな〜って思うし。別にいいねの数とか気にしないんなら好きにやればいいけどさ。気にするわりにクオリティ微妙じゃない?みたいな人もまあまあいるし。

とかまあ、いろいろ思うところがあって、最近ちょっとコスプレイヤーへの嫌悪感が強まっている。

特定の誰かの話してるとかじゃないんだよ。思い当たるだけで結構いるの。やっぱりコスプレをやる人って何か人とずれてんのかなって思わざるを得ない。

2025-01-27

エホバの証人の母が孫の誕生日を祝った

自分小学生のころ、訪問してきたエホバの証人きっかけで母が入信してから生活ががらっと変わった。

輸血が有名だが、クリスマス暴力的スポーツ宗教行事禁止され、誕生日も祝ってはいけなくなった。

自分エホバの証人にはならなかったけど反発して高校卒業して家を出て働いた。大学も行ってはいけないとされたし。

で、結婚して子供が出来たけど、最初聖書の教えとか手紙で送ってきたか無視していた。会わせたのは生まれときの一度きり。

で、子供が先日6歳になったんだけど、誕生日祝いの小遣いとお年玉が送られてきて愕然とした。じゃあいったいなんだったんだと。

これがエホバの証人の嫌いなところ。

昔、子供は厳しく教えるべきだと折檻をすることが勧められたらしい。

ベルトのバックルで殴ったりしたのは結構有名。で、数年後にその教えを変えちゃって今はそんなに厳しくないらしい。

イスラム教徒とかヒンドゥー教なんかは今でも戒律守ってんじゃん。

でもエホバの証人ってころころ変えるのよ。全体も個人も。

アルマゲドンも何月何日とか言ってたけど起きなくていつでも裁きがある前提で生きなさいとかになっちゃったし。

終いには人は不完全だからとか言い訳するし。じゃあ別に友達クリスマス祝ったってよかったじゃねーか。

輸血も禁じてるけど血液製剤がなかったら今頃輸血だけは許可してるよ。きっと。命は大切にしましょうとか言って。

あとさ、実家帰りたくないんだよ。訪問とかやってるから

ほんといやだ。

2025-01-25

anond:20241231211745

記憶力ええな

他人個人情報かいちいち覚えてへん

家族誕生日すら怪しい(年は歳の差で計算するけど、今年何年かあやふやだと全てがわからない)

2025-01-24

誕生日何が欲しい?」

両親に聞かれて本当に何にもなくて「えーなんもない、長生きして欲しい笑」ていったんだけど

そのあと滅茶苦茶泣いてしまった

どうやってもお母さんもお父さんもにいちゃんも私より先に死ぬんだよなあ

そんなことずっとわかってるのにダバダバ泣けてしまった

せーのでみんな終われるスイッチがあったらいいのになあ

ずっと健康長生きして欲しいよ

anond:20250124194923

ありがとーっ

とりあえず1年ぶりにグループLINE動かしてみたわ

相手誕生日3月から、そこまでに1回飲み会に持ち込もうと思う

anond:20250124194513

じゃあ誰かの誕生日とかでそんなんで複数メンバー企画すればいいじゃん、でその後につなげるんだ

社会人になったら、友達同士の企画提案してくれる人ってそれだけで貴重だって自分だってわかるでしょ

頑張れ

機会をつかみ取れ

anond:20250124194513

誕生日とか近くないの?

誕生日とかで個人的に連絡取ったついでに

今度2人でよかったらどう?みたいなのは

anond:20250124141550

誕生日いつ?」」

「当ててみて!」

必殺・当ててみて返し

ケンタッキーアカウント意味不明

メールアドレスログインしようとしたらそのメールアドレス登録されてないって出た

あれー昔登録したはずなのになーって

からまた登録した

登録できた

電話番号は多分当時のと同じの使った

そんで誕生日情報かえようとした

誕生日ってアカウント情報変更ページから変えるから、変更内容一覧に電話番号も入ってんだけど、

電話番号かえてないのに、すでに登録されてる電話番号から使えない、みたいなエラーがでて誕生日とうろくできなかった

はあ~?

そんなら重複で新規会員登録しようとしてるときに弾けよクソが

マジでクソあほだわ

アプリ改悪問題もあったけど情報管理データフローもまともにできてねーのか

2025-01-23

父親がガンらしい

らしいというか、診断されたからそうなんだけど。SNSでは重いしここに。

最初に、まあ当然だろうなと思った。高齢者に分けられる年齢で、タバコも酒も手放さない時がなかったから。健康には気を遣っているようだったけど、禁煙禁酒もしなかったし、あるいはできなかったから、本人にとっても気休めなのだと思う。

全く良い父親でないという訳でもない。と思う。ろくでなしではあると信じている。高齢出産だった。だからかわからないけど自分が生まれから一度も両親は一緒に暮らしたことがないし、父は恐らく養育費なんて出してなかった。二年に一度ぐらいのペースで気紛れに家へ来てお小遣いを置いていったりしたから、なぜか家族から身内扱いされているおじさんという印象の方が強い。誕生日プレゼントとかも全部お金で、札を一枚ぺらっと渡される感じだった。いや会って直接渡される方がレアケースで、ほとんど振込だったような気もする。いらない物よりは便利でいいやと思っていたけど、母からもらった皿を乗せられる新幹線おもちゃとか、当時大好きだった戦隊ものファンブックみたいなやつの方が印象に残っているし、嬉しかったのだと思う。実際もう物はないけど、ケーキの箱と並んだ新幹線の絵は鮮明に思い出せるし、お気に入りのページ番号は今も咄嗟に答えられる。渡された五千円札で何を買ったのかはもう覚えていない。砂山を削るみたいにちょっとずつお菓子でも買ってたのかもしれないけど、いちいちそんなの記憶してないし、自分お金と混ざってすぐに見分けなんてつかなくなったと思う。最初の内は「父さんからもらったお金から」って取っておいてたような覚えもあるようなないような、でも衝動性の人間みたいなものから結構すぐに小銭と数枚に崩れていた確率の方が高い。

悪い思い出は枚挙に暇がないほどある。書いてる今も次から次に浮かんでくる。受験期に母との関係が最悪になって、友達からもなぜか突き放されて、でも塾の先生学校先生も忙しい時期だったから、誰にも何も相談できず一人でずっと同じ思考ルートをぐるぐるしていたころがあった。塾に向かうホーム飛び込みを考えたことが何回もあって、それがとうとう限界になった日にひたすら遠くまで歩いた。塾の最寄り駅から訳が分からなくほどめちゃくちゃに歩いて、道中、塾講師から電話で無断欠席を咎められた。よく知らない橋の上で、きったないフェンスが傍にあって、その下に小指の先ぐらいの水量で流れる川があった場所だった。学校終わりだから当然夕方で、象牙みたいな真っ白じゃない色の街灯が頭上にあったから、立ち止まると目立つなあと思ったことを覚えてる。当然母にも叱られた。電話越しに少し歪んだ溜息の音は今でも思い出せるし、その後の喉を絞ったみたいな「金の無駄」という金切り声を、今も夢に見る。お金があれば、私立選択肢もっとあっただろうし、そうなれば余裕もあっただろうし、塾だってサボりぐらいなんてことなかったのかもしれない。

この時、この一年間、父親は何もしなかった。当然相談なんてしない、というか親戚のおじさん程度の距離感の人に話せるほどフレンドリーな質じゃないし、向こうも関わりたくないと思っているようにも見えた。受験話題なんてしないし、ただ例年通り家に来て数日泊まって、それだけで帰っていく。その間の食費とか、生活費とか、入学金だとか、塾の費用だとか、そういったことは何もない。何もなかった。当時はほとんど他人みたいな印象を抱いていた部分もあったから、求めすぎてはいけないとすら思ってた。今思えばそんなことはない、どうして母一人で自分を育てなければならなかったのか。もしも父から自分養育費が半分でも出ていたなら、きっと母はあそこまで追い詰められなかったのだろうと思う。あの時は自分も母も少し異常だった。貧困は何よりもまず心を削っていく。そこに加えて受験プレッシャーまでもがあったのだから、母の苦労とはいかほどのものだったか。母は毎日のように声を張り上げて自分へ怒鳴ってから仕事へ行っていたし、自分自分で不眠気味になり、一日一本のエナジーゼリーのうち半分だけを口にする生活廊下にぶっ倒れながら、体力やら気力やら諸々の事情不登校になっていた。当然志望校は落ちて、滑り止めの私立に行った。

自分が小さい頃からちょくちょく両親の言い争いみたいなのはあって、時期によって母がかわいそうだと思ったり、父がかわいそうだと思ったりして、その時々で自分信条に合う方へ味方というか、話を合わせていた。当然母とは一緒に暮らしているので、その後のことを考えて母の味方をすることの方が多かったが、どうかと思った部分は伝えたりたしなめたりもして、ずっとどちらかの味方という感じではなかった。兄はずっと母の味方だった。

ここ数年で、自分は言い争いに加わらなくなった。と、今書きながら気が付いた。昔は「そういう言い方をしたら相手が激昂するのは当然なのだから、少し言い方を変えるべきだ」と伝えてみたり、「以前にもこの話題でこうなったのだから」とも言ったりしたけど、もう無視をするようになっていた。黙ってスマホ映画とか見ながら、適当な返事をする父と声を荒らげる母の姿をちらちらと見る程度に。また始まったな、といつも思う。

何度も「もう来ない」と言いながら、家のある地域に用があるとき、体のいい無料宿泊所として使っていく。自分が成長する過程で何をも残していないのに、父親面をして物事を言う。いつもいつもその様を滑稽だと思う。人の世話を押し付ける。父が帰った後はいつも父の愚痴に満ちていた。

それでも母づてにガンだと聞いたとき、少しだけ困惑した。一瞬思考停止して、でも、真っ先に浮かんだのは「どの返事をすれば一番角が立たないか」だった。次に「母たちはきっとあれでいて動揺するだろうから、あまり何も思ってない風に相槌打つのがいいかもしれない」。薄情だなと自分自分のことを思って、あまり関わりのない親戚みたいなものから仕方ないと自己弁護もした。

母が安心できるように「まあ思っているより大したこといかもしれない」という話をそれらしい聞きかじりのネットニュースとかだけで補って寝室へ見送って、今、やっと一人になってこれを書きながら恐怖を感じている。

幸いなことに、親しい人を失った経験がない。だから、もしも父がどうしようもなく手も尽くせなくて最期だとなった時、想像もできないぐらいショックを受けるのではないかという想像が胸の中にうまれはじめた。きっと嫌な記憶から忘れていく。そうしてごくごく僅かな楽しかった思い出だけが残ってしまうのが恐ろしくて仕方がない。自分父親を美化したくない。自分が苦しんでいた時に手を差し伸べなかった、自分を育ててくれなかった父であってほしい。多分それぐらいの距離感じゃないと、父の父親たる面を知っている兄や母が悲しむであろう家の中は、あまりにも苦しすぎると思うので。

自分が支えなくてはいけないと思うほど強いメンタルは持ってないし、自分のことを良い人間だとも思ってはいないけど、多分家族の中で一番父といた時間が短いのは自分で、それは兄弟の年齢差とかでは及びもつかないほど、徹底的に少ない。だからきっと、もしも治療にしたってその後にしたってある程度の冷静さを持ちうるのは自分で、ガンについて話していた時の母の震えるような沈黙を思えば、何かがあった時主導せねばならない、というよりもそうあるべきかな、と思う。そうなったとき治療過程で見る父のことがやはり残っていく記憶になるのかもしれないと思うと、すごく悔しくて少し怖い。

2025-01-21

ワイニート(39)、お誕生日プレゼント旅行行ってくる。

39歳で自宅警備員をやってる増田だけど、40歳のお誕生日プレゼントをマッマにお願いしたら、沖縄旅行プレゼントされた!

いつもは怒ってるマッマも優しくて最高だった!

から飛行機乗って楽しんでくる!

2025-01-20

ばあちゃんが死んだ。

ばあちゃんが死んだ。

僕の40の誕生日の前日に死んだ。

享年95歳の大往生

葬式など諸々終え、家に帰ってきて、やっと落ち着いたところ。

今の心情を自分自身でもいまいち掴みきれてないので、書いてみる。

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親族のみの葬式

とにかく人が多かった。

からない親族が多い。

子ども4人、孫12人、ひ孫19人、子どもや孫の配偶者、ばあちゃん兄弟、その子、その孫。

サマーウォーズより多いんじゃね?

ばあちゃんは寺の娘だったので、親戚には坊さんがいる。

3人の坊さんが経を読む。

坊さんはばあちゃんの甥、坊さん含め親族のみの葬式

先頭で経を読んだのは、ばあちゃんの甥の中で一番下の甥。

通夜葬式はひ孫達が騒ぐ騒ぐ。

ばあちゃんも坊さんも許すから全然オッケー。

ゆるい良い葬式だった。

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経を読み終えたタイミングで謎のフルート演奏

から聞いたのだが、斎場サービスらしい。

完全に場違いフルートに、皆ポカーンとし、奏者も可哀想だな…と思いつつ聴いて、葬式を終えた。

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親族の中でも近い人だけ火葬場へ。

僕も火葬場に向かった。

棺を焼く前に経を読み、最後挨拶

普通と違ったのは、坊さんも参列者と同じように、最後に声をかけた。

一番下の甥の坊さんは泣いていた。

僕は泣けなかったからか、何か知らんがそれを見て僕自身が救われた気がした。

その後棺は焼くことになり、焼けるまで1時間程度待つことになった。

後で聞いたのだが、そのドサクサに紛れて義理の息子である親父は泣いていたらしい。

なんでやねん

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孫の中で僕は上から2番目。

年長の孫であるいとこ、一番下の甥の坊さん、3人で話をした。

最初に、一番下の甥の坊さんに、フルートの時プルプルしてたから泣いてたかと思ってたらアレ笑いを堪えてなかった?とツッコむところから話は始まった。

坊さんあるあるとか色々話をしたあと、当然ばあちゃんの話に。

ばあちゃんの話になると必ずゲームの話が出てくる。

ばあちゃんがいつからゲームやってたのか、とか、何故やってたのか、とか、どんなゲームをやってたのか、とか色々話した。

俺の初めてゲームはばあちゃんお下がりディスクシステムのやつだった、パチンコにハマってたから抜け出すために息子(僕から見ると伯父)が買った、そういえばパチンコにハマってた時期もあった気がする、その前はルービックキューブだったらしい、俺が持ってないPS4とか持ってたぞ、ゲーム好きだったけど上手いわけじゃなかったかレベルアップでのゴリ押し結構多くて1セーブプレイ時間400時間とか700時間だったぞ、、、。

僕らは子どもの頃に話して以降30年近く話をしてなかったが、話題は尽きなかった。

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あっという間に、時間が過ぎ、ばあちゃんは骨になった。

なんというか、あっけなかった。

色々終わって帰ってきた、子どもらも寝かしつけ、一息ついたのが今。

微妙に落ち着かずふわふわする感じがあったので、消化するために文章に残すことにした。

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ばあちゃんがどんな人だったのか。

性格キャラ的なものを今風に言えば、天然系、不思議ちゃん、なのに、生命力強い、どんな環境でも楽しんで生きる、そんな感じ。

やたら印象に残る言動をする人だったので、ばあちゃん話題には事欠かない。エピソード力が強い人だった。

何故か鞄を持ち歩かず、ショルダーバックくらいの袋に荷物を詰め、そして下着の胸の辺り、ちょうどブラのパッドのあたりに、その袋を縫いつけ、小太りというか巨乳に見える感じになっていた。

何かを出す時は胸元から出すことになるが、昔は服の中に手を突っ込みゴソゴソして荷物を取り出してたが、そのうち上手く取り出せないからと、半分脱いで取り出すようになった。

普通に外でもそれをやるようになったので、買い物行く時は子どもや孫の誰かが連れていき、事前に財布を預かって、ばあちゃんの財布から支払う、というのが慣習となった。

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そういえば、ばあちゃんから直接昔の話を聞いたことはほぼなかったことに気付いた。

年寄りは昔話が好きな印象あるけど、ばあちゃんから思い出話をほとんど聞いたことない。昔手に入れた意味分からん謎のハックテクニック、を教えてもらえる程度。こちらの心配する、子どもや孫など周りのこと、ゲームのこと、とにかく今の話しかしなかったからかもれしない。

でも、ばあちゃんの周りからは、ばあちゃんの今まであったことはよく聞いた。

ここからのばあちゃんの昔の話は、皆の話の集合での話なので、何が本当なのかは分からない。

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ばあちゃんは、山奥の陸の孤島のような村にあるお寺の娘だった。

それが若い頃、じいちゃん駆け落ちで峠を越えた、と聞いた。

結果、じいちゃんが良いとこの人だと分かり、許してもらい帰ってきた。昔っぽい。

あとで聞いたのだが、じいちゃんバツイチ寡夫?だったらしく、ばあちゃん結婚した当時、ばあちゃん20、じいちゃんは44。そりゃ反対するわな。

それに加え、じいちゃんを知るであろう寺近くの老人達から稀にじいちゃんの話を聞いたことがあるのだが、どれも掴みどころがない。水墨画を描いてた、木こりだった、スキー板を作って売ってた、馬に乗って駆けてた、等々。皆のいうことが毎回違いすぎて何をしてた人なのかがマジでからない。今で言うフリーターだったのでは、と思ってる。

その後、ばあちゃん子どもを4人産んだが、3番目の子である僕の母が4,5歳のときに、じいちゃん結核で死んだ。

ばあちゃん身体を壊し、病院入院

生活ができないので、子どもらは、伝手のある寺が運営する児童養護施設生活することに。

何年かそんな生活が続き、長男(僕から見れば伯父)が中学卒業してすぐ働き始め、生活ができるようになったので、ばあちゃん兄弟らを集め、また一緒に生活し始めた。なんという「ひとつ屋根の下」。(ひとつ屋根の下、当時母はめっちゃハマって見てた)

その後しばらく経ってから長男は僕の母を除いた兄弟とばあちゃん自営業を始めた。

ここから人生に関しては、ばあちゃんにとって比較順風満帆人生だったと思う。

たぶん。

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僕はばあちゃんに一番可愛がってもらった孫だったように思う。

ばあちゃんファミコンをやるひざの上に乗ってたのが僕だった。

おかげで、僕は立つのより早くゲームをやっていた。

ある程度大きくなると、ばあちゃんの家によく泊まりに行った。

今思えば理由は単純で、高橋名人名言ゲームは1日1時間!!」を家では親が守らせようとするが、ばあちゃんの家では、朝から晩までゲームをやっていても怒られない。

ばあちゃんも、ゲーム攻略に詰まると、孫を積極的に呼んで、攻略方法を聞いたり、分からなくてもプレイしてやってみてくれとせがんだ。

僕が一番可愛がられたが、他の孫達も顔を出せば、同じように攻略をせがまれたので、孫らは皆ばあちゃんとみんなゲームをした経験が一度はあるように思う。

息子(僕から見て伯父)の自営業職場とばあちゃんの家が一緒になっていて、ばあちゃん生活は、昼間は働き、ご飯風呂趣味の畑仕事、残った時間はほぼゲーム、が大半だった。

昔はマリオとかアクションをよくやっていたが、途中からドラクエFFといったRPGが好きだった。

先にも書いたようにゲームやるからといって賢かったり上手かったりするわけじゃなかった、いわゆる下手の横好きだったので、とにかく朝から晩までゲームをし、攻略ノートを作ってメモをし、自分攻略ノートを見ながらプレイしていた。

何度も何度も飽きずにトライエラーを繰り返しまくるので、ばあちゃんセーブデータは、装備やアイテム微妙なのに、レベルが異常に高いことが多かった。

おかげで、途中からやった僕ら孫たちは、ばあちゃん説明するハマりポイントをひと通り振り返ったあと、装備を整え、ちゃんゲーム内の説明みてやれば、案外すんなり先に進めた。

ゲームをやるとばあちゃんから駄賃がもらえた。

ばあちゃんの駄賃は、できるだけゲームにつかった。

他の孫たちもゲームプレイし終わったら、中古屋でなく、ばあちゃんゲームを流した。

ばあちゃん自分ゲームを買っていた印象がほぼないが、とにかくばあちゃんの家にはゲームがたくさんあった。

ベッドの下の収納ボックスには、ソフトがギッシリ詰まっていた、

初代ファミコンスーパーファミコンPSPS2、64、ゲームキューブ、xbox…僕も大きくなるにつれ頻度が減り、就職地元を離れてからさらに頻度が減ったので、僕の知らないゲームハードもありそう。

見た記憶では、古いハードソフトはなかった気がするので、時折捨ててたのかも。

孫らで集まって話をした際に出てきたゲームタイトルは皆違ってた。

FFドラクエテイルズスターオーシャンゼルダ武蔵伝、等々。

ばあちゃんの妹の孫とかい若い男の子も来てて、ばあちゃんとのゲームの思い出話をしてたのは驚いた。

それもあって、親族のみの家族葬だったのに、縁のある親戚までも集まり、やたら人数の多い通夜葬式になった。

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ばあちゃんの僕の可愛がり方、溺愛ぶりはちょっとすごかった。

親戚一堂からは、溺愛しすぎて恋人みたいだ、と笑われていた。

義理の息子である親父もかなり溺愛してたので、本物の息子一堂から、本物の息子より息子してる、と親父も笑われていた。

ばあちゃんは、下駄が好きでよく履いてたのに、胸元に袋が入っていたから、ハキハキ歩くことができず、ペンギンみたいな歩き方になっていた。

不安定ゆっくりな歩き方だったので、当然荷物はまともに持てないし、隣を歩く僕の服の袖のあたりをつかんだりすることが多かった。

僕がいない時は、親父が並んで服の袖をつかまれていた。

僕や親父はその認識だったのだが、妹いわく、妹と一緒だと、不安定な歩きのままズカズカ先に歩いて荷物を持ってる妹に早く行くぞと先行してく、僕や親父の前だと猫を被ってる!!男尊女卑だ!!と愚痴っていた。

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孫らから流れてきたゲームで躓くと、当然元々ゲームの持ち主の孫に攻略を聞くことが多かった。

ひとつ印象に残っているのは、FF 10

平原マカラーニャの森あたりにいて、攻略手伝って欲しいからと、泊まって欲しいと、ばあちゃんにせがまれ、泊まることになった。

一緒にプレイし、ご飯も食べ、風呂も入り、寝る前にもう1プレイ

ちょうどそこで、マカラーニャの森の超ロマンティックなラブシーン。

当時、高校生だった僕は、真夜中に部屋を暗くして、ばあちゃんと並んで何観てるんだろう……と絶妙な気分になっていた。

ふと、横目でばあちゃんを観ると、キラキラした目で、★★素敵★★みたいなリアクションで、滅茶苦茶一生懸命みてたので、まぁいいか、と諦めにも近い気持ちになった。

その後少し経って、新しい孫がまた産まれ、ちょうどその孫の名前FF10ヒロインと同じ名前だったので、滅茶苦茶喜んで良い名前だ、と褒めていた。

葬式最後フルートが、美空ひばりの「川の流れのように」だったので、「ザナルカンドにて」をかけてあげれば良かったのにな、とフルート演奏を聴きながら、このことを思い出していた。

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葬式の参列者の話などを聞くに、僕がばあちゃんのところにあまり行けなくなった後も、他の親戚やゲームの関わりもあって、楽しくは過ごせていたようだった。

それが、6年前、真夏の早朝に、もうひとつ趣味であった畑仕事の途中で、脳卒中で倒れ、近くの通行人発見され救急車で運ばれた。

ばあちゃんは、脳死状態になった。

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主治医や長年お世話になっているかかりつけ医によると、意識回復する可能性は万に一つもない、そんな状態とのことだった。

ばあちゃんは、これまで大病患って、入院して死にかけたことは何度かあった。

入院のなか、どうしても回復傾向が見られない、という状況になってから、僕に連絡が来て、急遽地元に帰ってお見舞いに行くと、ばあちゃんゲームの話になり、そういえばプレイ中だったあのゲームの続きがやりたい、早く治して退院せねば!!と急にやる気になって、そこから超回復、という展開があった。

今回は流石にダメそうだった。

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流石にばあちゃんももう90だったので、そういう覚悟をしておかなきゃ行けないことは分かっていた。

病院に見舞いに行った際、分かっていても、それがただ寝ているようにしか感じられなかった。

手術のあとに寝てます、みたいな感じで、ただ寝てるだけ。

もう起きることは無いのに、そんなふうにしか感じられなかった。

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僕がその後ばあちゃんの顔を見れたのは、少し経って、ばあちゃんの家で介護するようになってからだった。

ばあちゃん介護に行く母について、ばあちゃんの家に行った。

病院よりも設備簡素になったためか、ああ、これは本当にもう目覚めないんだな、と今さらながら実感した。

そんな中、母はばあちゃんの世話をしながら、前よりちょっと良くなったとか、こうやってやると反応する、など色々話をした。

もう目覚めない、と分かると同時に、まだ生きてる、とも感じられる。

死んでるのだが、生きてる。

ばあちゃんが死んだと聞いて、葬儀の一連の流れを終えた今、本当に死んだ今この時よりも、あの瞬間が正直しんどかった。

今、思い出すだけでも、心が重い。

死が突きつけられるのに、世話をすればちゃんと生を感じられる。

その中で世話をし続けられるのか。

母すごいな……と。

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あとは死ぬだけ。

それを受け入れるための有余の時間が与えられた感じだった。

ゲームができない、楽しみに一生懸命になれないばあちゃんは、ばあちゃんなのか。

身体なのか、脳なのか、心なのか、それとも人格なのか、習慣なのか。

生と死に対することをぼんやり思いにふける。

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そういえば、ばあちゃん霊感が強い、というのがもっぱら周りの評価だった。

悪霊や死んだ人が見える、というより、死ぬ寸前の人が魂だけになって飛んでいるのを虫の知らせのような感じで分かるのだ、とか。

それで、遠方や疎遠になった知人の安否を確認し、それを当てることが多かったので、霊感が強いとされていた。

稀に、じいちゃんが迎えに来ると、まだやりたいことがあるから迎えに来んどいてくれーー!!と必死にお経を読むことがあるのだ、とか。

僕は実際にどの話にも立ち会ったことは無いが、確かにばあちゃんはその辺りの勘が冴えているような雰囲気があった。

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ばあちゃんの話を信じるとすると、脳死のばあちゃんには、ばあちゃんはいないことになる。

ばあちゃんがどこに行ったかは分からないが、ばあちゃんは生きているが死んだ。

あとは身体死ぬまでに、その死を受け入れてくしかない。

幸い、受け入れるまでの時間を6年も貰ったので、ばあちゃんの死、葬儀はなんとか受け入れることができた。

コレがポックリいかれていたら、悲しすぎてどうなっていたか想像できない。

正直助かった。

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心の準備は整えていたとはいえ、僕の誕生日の前日に亡くなり、僕の40歳誕生日がばあちゃん通夜になるとは、流石に予想つかなかった。

何もできないはずの死ぬ瞬間まで、印象を残す人だった。

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ばあちゃんの教え、みたいなのは、本当に全然覚えてないのに、ばあちゃんとの思い出はたくさん出てくる。

老人介護おむつを買いに行った際には、コレ凄く便利でトイレに行かなくても良いかゲームができる!!とドヤ顔したり……

我が弟が母の付き添いでばあちゃんの買い物に付き合うため家に呼びに行ったら全裸ゲームしてたり……(前日夜風呂上がりに服着替える前にゲームをやり始めたら止まらなくて翌朝までやり続けていたのが真相

僕がいとこと一緒に富士山近くに旅行した際、いとこに「富士山のかけらだ」と言って渡したそこら辺に落ちてた溶岩石が、何故か数年後ばあちゃんちの神棚に飾ってあり、いつの間にか凄い石だとして御神体みたいになってたり……

なんかあり過ぎて、もう思い出せない。

でも、何かあるたび、何気ない面白かった思い出が掘り返される。

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自身もばあちゃんと同じく、子どもが4人いるので、悲しみに暮れている暇はない。

悲しくてしんどい、みたいな感覚はないのだが、なんか気持ちふわふわして落ち着かず、何かにつけてやる気が起きない。

この文章も、このままではいけないと思いを決して、何度かに書き分けながら、書き進めている。

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やる気がでないので、ぼーっと異世界転生ものアニメを観ても、ばあちゃんだったらマジで異世界にすら行きそうだな、行ってて欲しいな…と想像してしまう。

ココまで書いた文章自分でも振り返ってみると、ばあちゃんの最大の教えは楽しむこと、それ自体のような気がしてきた。

から初七日とか四十九日かに法要やるってことは、亡くなってからそれくらいの日数はこの感覚は抜けないのかもしれない、と諦めることにした。

とりあえず楽しめるようになるまで、このままぼーっとふわふわすることにしよう。

2025-01-19

anond:20250119211035

誕生日プレゼントPCパーツがいいなって言われたら、お前勝手に選んどけってなるよな

anond:20241231205715

ほう……よくわかりましたね笑

12/20誕生日です☺

2025-01-18

【29】けんかはやめてー(´・ω・`) anond:20241208003417

ほへ今日祖父の家に行ったほへ(´・ω・`)

既に亡くなっている祖父手帳を読んだら、自分誕生日

「孫 〇〇 誕生」と書いてあって、

なんか泣いちゃった(´;ω;`)

金曜深夜に荒川区クルド人川口市)の若者に会ったかもしれない

ついさっきの出来事

金曜深夜に荒川区明治通り沿いでクルド人若者に絡まれた。(先入観による断定だが)

今日彼女誕生日だったので、足立区千代田線の某駅)でお祝い&イチャラブして22時半過ぎに荒川区に戻ってきた。

もう少し飲みたかったのもあって、2時間くらい近所の馴染みのカラオケバー常連さんと一緒に騒いで帰宅する途中。

24時半過ぎ

明治通り沿いのセブンイレブンホットのおーいお茶濃い茶を買おうとしたら、ホットドリンクの棚に外国人ぽい若者がいる。

インド系か、スリランカ系か、ベトナム系か、みたいな感じで見てると動かない。

ちょっと笑顔を交わし、ホットの濃い茶を横から手に取りカウンターに行くと、なぜか彼もついてくる。(ここであれっ?と思った)

会計が終わり外に出て自宅に向かい歩くと、彼も出てきてついてくる。(どういう系かな?荒川区路上外国人に絡まれるのは初めて。お店で飲んでる外国人こちからウザ絡みすることは2、3度あったけど汗。最初フレンドリーインド系の人かなと思ったが、犯罪に巻き込まれるのも嫌だなとも感じた。)

メートル歩いて、犯罪を警戒して後ろを向くと相変わらずついてきてたので、首を横向きのコケシ振り(インドではYes仕草)すると日本語でもなく英語でもない言葉が彼から出てきた。

「コル・・・なんちゃら、コト・・・なんちゃら」(記憶は怪しいが、コで始まる言葉だった。)

最初、彼の同郷人に間違われたかと思ったが状況的に違うと思い、「What’s going on?」みたいに返すと、相変わらず英語でも日本語でもない言葉を繰り返す。

「分からない」

日本語で返して歩き出すと、またついてくる。

コミュニケーションがとれないなら追い返すかと思って、睨むような表情で振り返ると、少し困った表情で「コル・・」と話しているので

「What do you want? English OK? Japanese OK?」と会話を試みるが、英語日本語も分からないようだった。

このタイミングで、向かい側車線のタクシーに向けて彼が「Hey!Hey!」というように声を挙げたので、もう関わりたくないと思って、無視して歩き出すとタクシーは諦めてまたついてきた。

「What do you want?」

彼は今度は無言で手のひらを開いて、持っているだろう小銭を見せてきた。10円玉が数枚と1円玉が数枚のみだった。

ここで東京の深夜の路上で困り果てているアジア系若者タクシー代をせびられていることに気づいたが、割と酔っていたこともあって、英語日本語もできないコミュニケーションのとれない彼に渡すような金はないと思ってキレ気味にこう言ってしまった・「You don't speak English! 日本語も分からない!」・

もう一度大声で繰り返した。

You don't speak English! 日本語も分からない!」

そう言って歩き出すと、彼はもうついてこなかった。

ニット帽かぶりイヤホンをつけて深夜ラジオを聞きながら、冷える夜道を歩きながらもう一度さっきの出来事を振り返ったとき川口クルド人ニュースを思い出した。

彼らは難民(という名の出稼ぎ事実かどうかはさておき)であるがゆえに、日本語英語も分からない状況で建設工事現場に出てきている可能性があるのではないか

帰りの日当も渡されずに、明治通りに放り出されたのかもしれない。

これは勝手想像に過ぎない。

だけど、欧州ドイツスウェーデン移民問題はこういう経験の積み重ねで起きているのかもしれない。

その責任は、無計画移民受け入れ先や自治体不本意ながらも働いているかもしれない就労先にあって、私のせいじゃない。そう言い聞かせながら家路を急いだ。

何かを求めるなら。

せめて、片言の日本語か、片言の英語で、コミュニケーションがとれる状態で来てほしい。

それが無理なら、深夜の明治通りセブンイレブンで未知の言葉で助けを求められても、応えるだけの余裕はないです。私には

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