福島で実際に原発事故が起こるまで、原発事故が起こったらもっと大変なことになると思っていました。今回の程度でも十分に大変だよと言う人はいるかも知れませんが、少なくともチェルノブイリの場合に比して影響は桁違いに少なくて済んだわけですし、そして「私が事故前に想像していたより」もまた、直接的な被害は小さいものでした。事故前に私の頭の中にあった漠然とした原発事故のイメージと現実のそれがかけ離れていて、今は本当に良かったと思います。恐れていたことが現実のものにならなくて、本当に良かった!
事故後はともかく事故「前」の、自分の頭の中の原発/放射線のイメージはどこから来ていたのでしょうか。原発事故発生直後の早い段階から、事故の影響範囲をほぼ狂いなく推定できていた人もまたいたわけです。それは別に機密情報でも何でもない、公開された情報からでも十分に知ることはできたはずです。もちろん、私は原発や放射線関連技術とは全く無関係な分野の人間ではあります。しかし、ただ「知らない」だけではなく、原発(事故)に関する誤ったイメージを持っていたことも事実です。現実とはかけ離れた原発や放射線のイメージを、私はどこから仕入れていたのでしょう?
ほとんどの人にとってもそうだと思われますが、事故前に原発や放射線の「現実」を注視する機会など滅多になかった、その必要性に迫られることもなかったわけです。そして元・文学青年でゲーマーのオッサンである私が原発(及び核関連技術)や放射線云々に接する機会があるとしたら、専らSF小説やSF映画、各種ゲームの中でした。だから自然と、SF世界の――つまりはフィクションの――原発/放射線像が頭の中に擦り込まれていたと言えます。そしてSF的なイメージでは、事故が起こったらもっと大変なことになると危惧していたものです。総じてSF作家とか映画監督、ゲーム制作者とかは、用途の如何に関わらず原子力技術の類を好きではないのでしょう。
フィクションなどの作られたイメージを通して、現実を錯覚してしまうパターンって割と多いのかも知れません。上述の放射線関係もそうですし、経済然り、国防然りです。例えば日本で働く人の給与所得の平均が一貫して下がり続ける中、役員報酬は反比例するかのごとく上昇を続けてきました。これに反発する人もいれば、意にかけない人もいるわけですが、逆に高額の役員報酬を強く肯定する人もまた少なくありません。日本の役員報酬は少ない、もっと支払われて良いのだ云々と。
ところが高額の役員報酬に理解を示す人ほど、その同じ口で人件費、とりわけ正社員なかでも中高年層の給与には「高すぎる!」と叫んでいたりするものです。役員以上の経営層は報酬に見合った以上の働きをしているのだと居丈高に説く一方で、中高年正社員は「働いていない」「無能」とレッテルを貼っては追い出そうと躍起になっていたりします。一見すると矛盾した話ですけれど、ダイヤモンドなどの自称経済誌のフィクションにはまり込んでいると、そういう世界観が身につくものなのでしょう。経済誌で描かれる、会社を守ろうと奔走する経営者のイメージと、会社を食いつぶす中高年正社員のイメージ、これをそのまま現実に投影してしまう人もいるわけです。
役員の仕事ぶりには理解を示してみせる、そうやって自分は経済を心得ている風を装うのと裏腹に、もっと身近なはずの中間管理職の働きには全く理解がない、そんな人が例によってネット上では非常に多いです。経営者の仕事は「分かったフリ」をして擁護するけれど、中間管理職や中高年の仕事は経済誌の受け売りで一方的にダメ出しするばかり(ただし陰から!)、何とも良いお笑いです。お笑いですが――それに媚びるのが近年の政治でもあります。
そして政治もまた、完全なフィクションとは言いませんが、身近な現実よりも遠くで作られたイメージによって左右されがちであるように思います。やはりネット上で顕著ですけれど、国家レベルの政治を偉そうに語る人ほど、地元の政治を知っているかは疑わしいのではないでしょうか。世論調査では民主と自民の連立政権を望む人が割と多くて、実は自治体レベルでは民主と自民が手を組むのは当たり前、相乗りで当選した首長を民主党系の会派と自民党系の会派が手を携えて支えているなんてのも、よくあることです。その民主党と自民党が連立与党で自治体に住みながら、自民党(あるいは民主党)の対抗馬として民主党(自民党)を推したりする人って、どういう神経をしているんだろうなと。
ともあれ大新聞で伝えられる国政の話には関心が強くととも、自分の自治体の小さな動きには、さして関心がない人も多いような気がします。そりゃ国政は誰にとっても重要ですが、自分の身の周りの政治はどうなのやら。メディアを通して情報を得る機会が増え続ける現代において、むしろメディアを介さないところから得られる地に足の付いた知見の重要性が増しているのではないか、そう思います。しかし我が国の有権者が自ら選択するのは……