作品を買わないと何度も何度も聴けないというシステムを取り戻したい
──加藤さん自身、ミュージシャンとしてではなく、ひとりのリスナーとして、そこに抗うために実際になにか行動したりしていますか。
加藤:俺が大好きなアーティストのひとりポップ・リーヴァイ、ずっとCDを買っていたんだけど、新譜はCDで発売してないのね。仕方ないから、Bandcampでアルバム音源のデータを買って、俺はCDが好きだから、それをCDに焼いて聴いているよ(笑)。しかもBandcampで買った音源は、アプリを使えば何度でもどこでもサブスクみたいに聴けるじゃない。これが当たり前なんだなって思うのよ。そういう意味でも俺は好きなアーティストの音源はそうやって買ってるし、CDに焼いて聴いてもいるの。ミュージシャンによっては何度も試聴してくれればそれでいいという人もいると思う。それはそれでOKだよ。でも、試聴は10回しかさせたくないっていう人たちだっている。音源を買ってCDに焼いて聴くという人だって……現に(自分を指さして)ここにいるわけじゃない? 少ないけどでもそういう人がここにいるんだよ。やっぱり買わないと聴けないよっていう状態にしたいよね。デパ地下で試食してもいいけど、美味しかったら買ってね、という。もちろん、サブスクって聴き手としてはとても便利だよね。どれだけ聴いても定額だから。でも作り手としては、なんかこう……勝手に聴かれてるって感じしかしないのよ。
そしてもうひとつ言いたいのは、日本の日本語の歌って世界でどこの誰がどれだけ聴いてんのっていう話よ。欧米の英語の音楽なら世界中でどのプラットフォームでも聴いて通用すると思うけど、それが日本でそのまま当てはまるとは俺は思えないのよ。そりゃあね、日本の音楽もオタクなフランス人は聴くかもしんないけど、それが世界に一体何人いるの? ザ・レモン・ツィッグスの音楽は、あんなオタクなロックでも世界中に広まりやすいと思うのよ、英語で歌ってるしね。でも、同じプラットフォームを使うのが世界の動きだからって言って、同じことをしないと遅れていくみたいなことをしてる日本の音楽シーン自体が俺はおかしいと思うの。
──日本独自の売り方、楽しみ方がある、と。
加藤:そう。だって日本がいちばんCDがまだ売れてる国でしょ? だからそういう状況を音楽出版社、レコード会社とかみんな協力して日本独特のプラットフォームを本当なら作らなきゃいけなかったんだろうなって思う。でも、いまの世界基準のプラットフォームでは日本のアーティストってものすごく不利なんじゃないかなって思うよ。
──Bandcampはそこに抗い、アーティスト側に立った企画を独自に続けていますよね。コロナ禍には「Bandcamp Friday」という、毎月開催月の第1金曜日の24時間に限り、通常Bandcampが差し引く販売アイテムの手数料を受け取ることなく、その分もアーティストやレーベルに還元されるという企画をはじめました(編注2)。しかも、常に高い水準の支払額を維持しています。日本でもインディー・アーティストの多くが作品をBandcampで販売もしていますし、アーティストやレーベルによってはアナログ盤やカセットテープも受注生産で販売していますよね。海外では「アナログ・レコードとサブスク」という組み合わせでリリースするアーティストも多いです。
加藤:もちろんアナログを作るってこと自体は全然全く問題がなくて、俺自身レコードで育ったし、いまも大好きで再発されたピンク・フロイドのレコードだって買うんだけど、それが主流になる、またそれがメインの形になるような気がしないんだよね。つまり、ハイレゾの音の方がCDよりいいとなったとしても、CDがいいって言い切れない自分もいるわけ。CDがこれからどんどんまた売れていくっていう時代も来ないと思う。ただ、CDもそこそこマニアがいる、ヴァイナルもマニアがいる、ハイレゾ音源をダウンロードして聴くようなマニアもいる。でも、そのどれも主流じゃない。俺の世代だと正直やっぱりアナログが馴染みあるけど、いま多くの人がダウンロードやサブスクでインターネットで音楽を聴く時代になっていて、そのなかで主流となっていくにはアナログもCDももう難しいと思うんだよね。
編注2:2023年も継続中。
THE COLLECTORSがメジャー・デビューしたときは、まだアナログ盤をリリースしていた。ファースト・アルバム(『僕はコレクター』1987年)をリリースするときはアナログ盤の方がまだ出荷数が多かった。でも、セカンド・アルバム(『虹色サーカス団』1988年))を出す頃にはCDが逆転した。で、サード・アルバム(『ぼくを苦悩させるさまざまな怪物たち』1989年)を出すときはもうアナログはナシ、CDしか作らなくなった……っていうのをリアルで体験しちゃってるわけだよね。もちろんレコードって好きだし、いいもんだけど、その時代がまた来るような気がしないんだよ。でもね、要はみんな好きなツールで音楽を楽しめばいいんだけど、目に見えないデータであれ、形になってあるCDであれ、レコードであれ、作品を買わないと何度も何度も聴けないってシステムを取り戻したい。ほんと、それがいちばん言いたいってこと。
ただね、ダウンロード販売もいつまでも続くとは思えないの。5Gやら6Gの世の中だったらもうWAV、ハイレゾと同じような、すごい高音質のものがサブスクで聴けるってなったら、また形態が変わってくると思う。でも、それがなんであれ「買って聴く」という行為自体は変わらない。というか、変えちゃいけないんだと思うんだよね。
──例えばザ・クロマニヨンズ……に限らず、ザ・ブルーハーツもTHE HIGH-LOWSもサブスクにはありません。ヒロトとマーシー(ザ・ブルーハーツ)はそこにはかなり強い意志で抗っていますよね。その代わりにCDとアナログ・レコードでは必ず発売をしているから、聴きたい人は買うしかない。
加藤:そう、彼らはすごくこだわってるよね。俺たちもライヴを48kHzの32bitで録音してて、マイクの立て方から機材までなにからなにまでこだわって仕上げてる。そういう意味では同じだと思う。ただ、それをファンに全部わかってくれって言ったって、知ったこっちゃねえよってやつもいっぱいいるわけじゃない? そこまでいろいろ求めてないかもしれないし、もしかしたら俺の思惑とは違う角度でその曲がいいって思ってるかもしれないしね。だから、そういう人に対して、この聴き方をしなきゃ駄目なんだよっていう気はないんだよ。その人のスタイルでそれが好きなんだったら、自由に楽しんでほしいし。でも、逆に俺以上に、とにかくTHE COLLECTORSの隅々まで聞きたいってやつもいるかもしれないじゃん。そういうやつは俺の持ってる音響システムや再生ツールよりもっといいものを持っていて、こんなにドラムのシンバルがリアルに聴こえるんだ! 加藤さんの息遣いがこんなに聴こえるぞ! みたいに聴いてくれてる人もいる。だから、俺は俺で、最高のものを……最高の音質のものを作り上げるために、ライヴであろうがスタジオ録音だろうが、何日もかけて作っている。もちろん俺もミックスとマスタリングに立ち会っているしね。
──今回、そのミックス段階でどこがいちばん難しかったところですか。
加藤:いちばん難しいのはね、うん。やっぱりどんなエンジニアにもエンジニアの音っていうのがあるじゃない? THE COLLECTORSがいまやってもらっているのは小林慶一くんというエンジニアなんだけど、彼にも彼の音っていうのがある。それはもう、世代世代で違ってくるんだよ。聴いてきた音楽が違うから、当然仕上がってくる音が違う。で、どうしても俺が好きな音っていうのはやっぱり古いんだよ。1960年生まれだから、70年代半ばぐらいの……ライヴ・アルバムだったらそれこそピーター・フランプトン(『フランプトン・カムズ・アライヴ!』1976年)だったり、ポール・マッカートニー&ウイングス(『ウィングス・オーヴァー・アメリカ』1976年)だったりね、ああいうものすごく売れたライヴ盤を聴いてきたわけ。ディープ・パープルもレッド・ツェッペリンもあの時代のライヴ・アルバムはすごくいい。つまり、あの時代のライヴ・アルバムの音が最高! ってことに俺はなってしまっているわけ。それがもう自分のベースになっちゃってる。でも、小林くんはいま40歳くらいだから、たぶん音に求める感覚とか価値観が違う。それはもう仕方ない。で、俺はTHE COLLECTORSの武道館のライヴ(『THE COLLECTORS live at BUDOKAN ” MARCH OF THE MODS “30th anniversary 1 Mar 2017』2017年)をミックスしてくれたイギリスのケニー・ジョーンズ……彼は俺の1歳上なんで、大体同じ音楽シーンを体験していて、同じような音楽を聴いて観てきている。しかもイギリス人。じゃあ、ケニーに全部やってもらえばいいじゃん……ってことにもなるんだけど、ケニーが持ってるあの感覚……これぞ俺たちのロックンロールのライヴだっていうのを小林くんに理解してほしいの。THE COLLECTORSはこういうスタイルなんだっていうのを音で知って楽しんでほしいんだよ。
だからって、これこそが真のロックだぜ、みたいに言いたいわけじゃない。だって、いまの若いバンド、本当知らないんだよ、俺。あまり聴いてないしね。いま、売れてるロック・バンドが自分の好きな音を出してるような気がしないんだよね。実際、どこからも聴こえてこないし。だから、俺たちは自分で好きなように勝手にやってて、でもいつか、これが本当にロックなんだよ、俺らのやってることが本当のロックンロールなんだっていうふうに感化される人が出てくるんじゃないかなと信じて自信たっぷりにやってるって感じだよね。
──自分たちの軌跡を音質面でもこだわっているという点で残しておきたいっていう気持ちに近いんですかね。
加藤:そうだね、近いと思う。俺、バイクとか車もすごく好きでしょ。音楽だけじゃなく、いろんなモノがイケイケでノッてる時代だったときに作られたものって、やっぱりすごくポテンシャルがあるんだよね。バイクや車がピークだった時代に作られたものはやっぱりすごくいい。もちろんいまもバイクや車は売られてる。それはとても良く出来ていて、それしか知らなければそれでもう十分。ところが40年前のバイクは、いま売られてる同じ排気量のバイクよりも倍ぐらいの馬力が出るように作られてたの。それと同じこと。40年前のバイクはいまの同じ排気量のバイクよりもどんなにおもしろいバイクだったかっていうのと同じで、いまのロックより倍ぐらいの馬力のあるサウンドを作ろうとしてる。その時代を俺は知っているから。だから、そうだね、そいつを残しておきたい、伝えていきたいという気持ちもあるけど、単にそれが好きでそれをやりたいってだけなんだと思う。で、あわよくば、機会があったら40年前のバイクに乗ってみなって感じ。それで、いつかTHE COLLECTORSってやっぱ最高にいい音してるし、最高にロックしてるねって言ってもらえるんじゃないかなって思って。
確かにケニー・ジョーンズの作る音は最高なんだよ。でも、彼にそれを全部やってもらう……ことができればそりゃいちばんいいけど、それより、どうにかいまのスタッフとバジェットで実現させていきたいという思いがある。つまり、ケニーがやっていることを模倣していくしかないし……模倣っていうか、共有して研究していく仕組みを作り上げないといけない。そうしないとやっぱりエンジニアも育っていかないと思うんだよね。俺はいろんなスタイルに対応できるエンジニアがどんどん出て来て欲しいと思ってる。若い連中はその世代で好きなサウンドを作れるエンジニアになってほしいし、俺たちみたいなバンドには俺たちの好みの音が作れるエンジニア。それを自分たちの活動で実践している。スタジオ録音でもライヴ盤でもそれをやれるエンジニアってことね。