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2024-07-05

暇空茜の戦略研究について

◎:序論

 結論を先に述べると、そろそろ彼自身、みずから戦略リベラル側に受け止められ模倣される時期になったのではと推察する。

 筆者は暇空茜がWBPCという攻撃目標に、攻勢の利を取れる限界が迫っており、彼がこれ以上の法廷闘争は泥沼化することを、内心で実感しているのではないだろうかと感じる。

 東京都知事選挙というスポットライトある意味で、彼がカリスマ性を維持できる最後の挑戦であり、体制に対する王手をかける最も効果的な一手なのだ

 確かに彼はナポレオンであるが、東京都知事選挙ライプツィヒの戦いである

 つまり、彼の手法陳腐化する前の最後の灯といって差し替えない。

 事実、彼は窮地に立たされている。

 だが、その窮地に立つこと含めて、彼の戦略であると筆者は考えている。

 ついては、今が政治におきようとしているパラダイムシフト理解するために、彼がとった戦略をここに考察したい。

 いうなれば、これは手品の種明かしであり、十分彼の行動が必ずしも属人性によるものではない、ポピュリズムのもとに流用可能な「手段であることの証明である

 本論は、彼の手法を流用する「攻勢策」と、彼の手法に対抗する「防衛策」に分かれている。

 防衛策に関しては、以降、noteでの有料販売を予定しているので論外とさせていただく。

 悪しからず。

◎:本論:暇空茜の攻勢策について

 結論を述べると、暇空茜の基本戦略は二つの柱で出来ている。

 筆者はこの二つを纏めて「勇者戦略」と呼称する。

 一つは「攻勢の利を活用し、組織の不平な脆弱性積極的攻撃すること」

 二つは「積極的ゲリラ戦略の活用である

 WBPCへの攻撃第一手法石丸候補への訴追や都知事選に第二の手法が用いられている。

 これら二つの柱を併用する「勇者戦略」を活用することで、彼は都知事選という一見無謀なステージに足を踏み入れることができている。

 2024年現在ポリティクスに対しては、どちらも有効戦略であることを認めたうえで、これらの手法解説をしていこう。

▼:第一手法

 第一手法である「攻勢の利を活用し、組織の不平な脆弱性積極的攻撃すること」は、本来ポリティクス側の基本的なドクトリンである

 彼は取った手法も、古典的ジャーナリズムの手管に端を発するものであり、特段解説することはない。

 本来議会マスメディアという単位で行う追求を、個人として行っているに過ぎない。

 その例外的非対称性が、攻勢策として極めて有効効果を発揮していることは事実である

 彼は交渉を行わず業績を絶え間なくアピールすることで、SNSという構造に対する優位性と属人性によらない一定支持層を両立している。

 既存政治組織マスメディアにとって、これは幾分困難が付きまとう手法であり、戦略手法としては斬新なアイディアであることを認めるべきである

 だが、戦術レベルで見ると、むしろ常識的レベルを外れることは何一つ行っていないことも補記しておきたい。

▼:第二の手法

 第二の手法である積極的ゲリラ戦略の活用」 は、第一手法と合わせて最大の効果を発揮している。

 自らのステージ相手を乗せ、攻勢の利を生かしたゲリラ戦略的な対応をとることで、彼は防御側である体制に痛撃を与えている。

 2024年現在、多くの個人政治組織は、積極的ゲリラ戦略への対策有効に取れているとは言えず、悪く言えば、大分いいようにされている。

 これは、日本における政治分野へのゲリラ戦略の適用というテーマにおいて、暇空茜はパイオニアであるゆえに、致し方ないことであるともいえるだろう。

 ここ一年半、彼を見てきて思ったことは、「彼は歴史をよく勉強している」こと、そして「大抵の人間は準備なしに他者と論戦をすることはできない」ということである

 彼が特別優れているのではない、皆が特別劣っているわけではない。

 論戦を行うことに日々を費やしていない人間というものは、直接他人口喧嘩をすると大なり小なりボロが出るのだ。

 それを知っていて、彼は直接的な論戦という形態個人を壇上に乗せ、罠にかかった幾人かの犠牲を信用に変えて、論戦に乗っても乗らなくても自身存在アピールできる状況を構築している。

▼:暇空茜のSNS戦略

 ここで政治分野における個人の「積極的ゲリラ戦略の活用」 が、如何に革新的な事であるか読者に理解してもらうためにも、暇空茜のSNS戦略について考察しておきたい。

 一昨年、風雲児として現れた彼は、初めはただジャーナリズム行使して、特定組織の過失を公言する個人であった。

 それが徐々に、個人組織へと訴訟アピールしながら、思想家クラスターへと論戦を仕掛けるインフルエンサーに転じた末に、今の都知事選候補という立場まで躍進している。

 その過程で、彼は自らのコンテンツ化を図った。

 これは、自らの支持者を囲い込み、不平の公表と訴追という、自らの目的を果たすために問った行動であり、彼が行う行動に信任する人間を増やすためには最も効率的手段であったと言えるだろう。

 結果、彼は一定の支持者を確保したうえで選挙戦を開始し、無視できないパイを確保して今に至っている。

 ここまでは周知の事実であるが、我々が凡夫が着目するべきは、何故彼がこんな手段を取ったのかを、理解することに他ならない。 

 彼は個人組織と戦うために自らの攻撃力と防御力を最大化する必要があった。

 特定思想を実行するシステムとして個の奇襲力と攻撃力を最大化し、他者のありとあらゆる攻撃から身を守る防御力を最大化を行うための施策が求められていた。

 その前提を満たすために、暇空茜がとった回答が「積極的ゲリラ戦略の活用」という個人が攻勢の利を最大に生かせるドクトリン活用であると筆者は考察する。

 だから彼は、自らの業績を公表してアピールを行い、彼が行う行動に信任する人間を増やすことで自身攻撃力を最大化した。

 だから彼は、個人への論争を積極的に行い、対象社会的ダメージを与えることで、自身攻撃する組織個人を炙り出すことで防御力を最大化した。

 だからこそ、彼は、自らが都知事選出馬した選挙戦最中であろうと、レスバをしてスペースで話し合おうと対立した思想を持つ個人と論争を繰り広げなければならない。

 なぜなら、融和的な姿勢を取ることは、彼が攻撃的な姿勢を取る以上に自らの攻撃を増加し、自らの行動の一貫性を損ねることで攻撃力の最大化への支障に繋がるからである

 ゆえに彼が都知事選への参加を決めたこ自体が「積極的ゲリラ戦略の活用」 による、既存政治組織意向に対するの攻勢的な反撃であると同時に、自らを窮地に追い込む中でSNSへとアピールを行い、思想的に自らの攻撃力を最大化する選択肢なのである

◎:結論

 かくして、暇空茜は不平的な脆弱性攻撃するために、積極的ゲリラ戦略を活用する「勇者戦略」を以って、孤独な戦いを続けている。

 だが、その攻勢策は決して彼が嘯く「自分からできる」という、完全なる属人性に基づいた内容でないことは確かである

 彼個人としての命脈が尽きるかは、日曜日選挙当日にかかっている。

 だが、彼が作り上げた無敵の人LV100のような手法自体は、今後も研究されポリティクス的な活用を見ることだろう。

 筆者は、彼が行った「勇者戦略」は以後、多くのポリティクスの場で活用され陳腐化すると断言する。

 確かに彼は、ナポレオンゲバラにたとえてもよい革新的創業者だったのかもしれない。

 重ねて、暇空茜の用いた「勇者戦略」に対する防衛策に関しては、以降、noteでの有料販売を予定しているので論外とさせていただく。

 悪しからず。

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