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井上尚弥、本場で「最強」証明へ モンスターの新たな伝説に向け

語り草になりそうな激闘

 世界ボクシング協会(WBA)、国際ボクシング連盟(IBF)バンタム級チャンピオンの井上尚弥(26)=大橋=が、大願だった本格的な米国進出のチャンスをつかんだ。2019年11月、主要団体の王者らが階級ごとの頂点を争うワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)のバンタム級決勝で、世界5階級制覇の実績を持つノニト・ドネア(フィリピン)を判定で破った。この勝利を受け、世界ボクシング機構(WBO)のフランシスコ・バルカルセル会長は、WBOバンタム級王者のジョンリール・カシメロ(フィリピン)との王座統一戦を「実現できるように動きたい」と明言。井上尚が契約する米大手プロモーター、トップランク社のボブ・アラム氏は、20年4月25日に米ラスベガスで両者が対戦するプランを明かした。

 戦うたびに評価を上げ、今や世界が最も注目するボクサーの一人になった井上尚は「ここまで来たら、最強を証明していく」。プロデビューから無敗を誇る「モンスター(怪物)」が、新たな伝説をつくる。(時事通信運動部 木瀬大路)

◇ ◇ ◇

 19年11月7日、さいたまスーパーアリーナで2万人の観衆が見守ったWBSSのバンタム級決勝。二つのベルトを懸けた井上尚は、37歳のドネアを3―0の判定勝ちで退けた。「世代交代ができた。やっとボクサーになれた気がする。こういう試合をしたかった」。スリリングな試合を、興奮冷めやらぬ様子で振り返った。

 将来、語り草になりそうな激闘。井上尚は「ドネアはめちゃくちゃ強かった。勝てたのは誇りになる」と胸を張った。キャリア最大の強敵をいかに打ち破ったのか。高度な技術や駆け引きの応酬が満載だった12ラウンドを、改めて詳細にたどった。

軽快な出だしから暗転

 ごくまれに、井上尚は緊張で立ち上がりが硬くなることがあるが、その懸念は杞憂(きゆう)に過ぎなかった。スピードのあるジャブを多用しながら、浅いながらもフックや右ボディーストレートを当てた。ドネアの右ストレートも脅威だったが、フットワークを使って危なげなくさばく。切れのあるいつもの動き。所属ジムの大橋秀行会長は「2、3回で終わるかも」とまな弟子の好調ぶりを感じ取っていた。

 だが、2回2分すぎに暗転。最も警戒していたはずの左フックを顔面に食らう。右目上をカットし、アマチュアとプロを通じて初めてという流血を味わった。試合後に「ドネアが2人に見えた」と話したほど、視界への影響は大きかった。医師によると、傷がもう少し深かったら試合を止めていたという。

 その後は、緊迫感が会場を包み込んだ。ドネアのフックが空を切るだけで、どよめきが起こる。井上尚の陣営やファンにとって、背筋が寒くなるような時間が続いた。

窮地でひらめいた打開策

 距離感が定まらず、得意のボディーブローも容易に打てない。それ以上に、父の真吾トレーナーは「見えていないと分かれば、ドネアは強引に攻めに出てくる」と不安に駆られた。経験したことのない窮地。しかし、追い詰められた井上尚は「とっさに思い浮かんだ」と打開策を見いだす。目の前のドネアが13年の試合で使った方法だ。右のガードを上げているようにして右目を隠し、左目だけで焦点を合わせた。

 井上尚はドネアを「最も尊敬する選手の1人」と公言。ドネアの試合映像をしっかりと見て脳裏に焼き付けていたからこその、ひらめきだった。

 ここからの苦戦はむしろ、井上尚の状況を判断する能力や、戦術を実行する高い技術を知らしめることになる。視界の不利を悟られぬよう、ジャブを積極的に突き、相手の圧力をさばく。5回終盤、右ストレートでドネアをぐらつかせたが、焦って深追いはしなかったそうだ。カウンターを狙っていると見て取れた。「うまく目の状態を隠しながら戦えた。自分の冷静さとプランがかみ合った」。

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