全世界が注目したアメリカ大統領の就任式。ドナルド・トランプ氏はその就任式演説などで何を語り、何を語らなかったのか? 第1次政権の時に乱高下した株式や為替などの金融市場、関税の影響を大きく受ける可能性のある自動車業界、今まで以上に対応が必要になりそうな経済安全保障の各分野について、就任式での発言のどこに着目し、どのように評価したのか専門家に聞いた。(時事ドットコム取材班・編集委員 豊田百合枝)
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無難な船出に市場安堵
「初動としては無難なスタート」と語るのは、みずほ銀行の鈴木健吾・個人商品業務部マーケットライン長。「為替、株などマーケットが一番注目していたのは関税だった」と言う。就任演説では、関税の具体的な話が出なかったことに加え、アメリカがキング牧師の生誕日で祝日だったこともあり、就任初日の「市場は静かだった」。
輸入品に関税が課されると、米国内での物価が上がり、インフレにつながる恐れがある。関税の話が出なかったことで、逆にインフレへの懸念は後退。政策金利を決める米連邦準備制度理事会(FRB)が、景気浮揚策として利下げをしやすくなるとの思惑が意識されるようになり、金利はやや低下。為替市場では、金利が低くなる見通しのドルを売る動きが出て、結果的に円高やユーロ高に振れたものの、混乱は回避された形だ。事前に相場の乱高下が不安視されていた株式市場は、大統領就任式が無難に終わった安心感から、日経平均株価も上昇した。
一方、トランプ氏が原油や天然ガスなどの化石燃料を「掘って、掘るんだ」と改めて演説で発言したことを受けて、原油の供給量が増えれば価格は下がるとの判断から、原油市場は「素直に下がった」。また、ビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)は、振興策が重要施策に採用されるとの事前の期待感とは裏腹に「言及がなく、直近の高値から急落した」―。
演説後に、トランプ大統領は国境を接するメキシコとカナダに対し、25%の関税を2月に課すことを検討すると明らかにした。鈴木氏は「当日に大統領令で25%課すと言われていたことからすれば静かなもの。今後、1週間程度でいきなり25%の関税を始めるのかは注目される」と話した。
アメリカが「黄金期」に?
「おおむね想定の範囲内でサプライズはなかった」と受け止めたのは、自動車アナリストの中西孝樹氏。「(トランプ氏が初めて大統領に就任した)8年前なら大騒ぎだったことも、今回は冷静に受け止めることができている」と言う。第1次政権では「予測不能」だったが、第2次政権では各国政府も企業もトランプ氏の「本当の狙いを慌てず、騒がず、冷静に見定めている状況」と分析する。
演説では「自動車に関する過激な関税には触れていなかった。当初は就任当日にメキシコ・カナダに25%の関税を課す大統領令を出すとの話もあったが、スピーチの中にはなく、穏やかな発言だった」とみる。
一方で、トランプ氏の「アメリカの黄金期が始まる」との発言に着目。「アメリカが黄金期に入るのであれば、誰かほかの(国や企業に)犠牲や負担も生じるだろう」と中西氏。
関税についても「これでタリフ・マン(関税男)のリスクがなくなったとはこれっぽっちも思っていない」と警戒を崩さない。「口頭で25%と言ったようだが、何を具体的に意図しているのか、(トランプ氏の真の狙いは)分かりづらい。実行するには、法的根拠も必要で、より慎重に対応しているのではないか」と話した。
日本の自動車メーカーは1次政権の際、トランプ氏の政策に従って直接投資で現地に工場をつくったことが販売増につながった。今回も「素直に現地投資すればプラスにつながる契機になる。(自動車メーカーは)各社とも冷静に戦略を練るのだろう」と予想した。
むき出しの領土的野心
経済安全保障はどうか。「中国に多少、優しかったかなという印象だ」と語るのは、日本総合研究所の西岡慎一・マクロ経済研究センター所長。演説では「中国に対する関税の話は出ず、(動画投稿アプリ)TikTokの配信を禁じる法律も執行を猶予した。中国側の交渉担当者に優秀な人がいて、就任前の事前外交が功を奏したのかもしれない」とみる。
トランプ大統領の最側近となったマスク氏が率いる電気自動車(EV)大手のテスラは、中国・上海の工場が軌道に乗ったことが躍進のきっかけとなった。西岡氏は「(IT系など)テック企業がトランプ政権内で力を持ち、イーロン・マスク氏のように中国とのつながりが強い経営者の意向が反映された可能性もある」。
就任前には米中関係の悪化も懸念されたが、「中国に対しても強硬策一辺倒ではなく、“ディール(取引)”の余地があるのかなという印象だ。前回のように、即関税引き上げというよりも、(展開が)分かりにくくはなっているが、話し合いの余地があるのはプラスだ」と評価する。
むしろ、心配なのは、デンマーク自治領であるグリーンランドなどで「領土的な野心がむき出しになっているところだ」という。演説でこそ触れなかったが、トランプ氏はその後の執務室での記者団とのやりとりで、改めて、所有と支配への意欲を示した。
地政学的リスクの高まりは「経済には相当マイナスだ」と西岡氏は指摘。欧米関係が悪化するだけでなく、さまざまな「ディール」が他国に波及することが気掛かりと指摘した。アジアに目を向ければ、中国に対しても「ディールが可能になっているとみられるだけに、日本にとっては(中国との衝突が懸念される)台湾が取引材料にならないかなど、さまざまな地域にリスクが波及する恐れがある」と懸念する。
西岡氏は、「『王朝をつくりたい』などと発言はエスカレートしている。戦前の帝国主義の時代に戻したいのか…。もはや、経済安全保障というより、安全保障そのもの、軍事的リスクが経済に大きく影響する状況と言えるのではないか」と憂慮した。
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