80年間の北南関係史に終止符を打つ―。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記が、韓国との断絶を決断し、南北の平和統一政策の転換を宣言した。国力の差から「吸収統一」を恐れる北朝鮮は、ドラマ・歌・言葉といった韓国文化の浸透に神経をとがらせており、体制を死守するための一手とみられる。ただ、平和統一は、祖父の故金日成主席の時代から維持してきた「国是」であり、これを切り捨てた断絶宣言は韓国にも衝撃を与えた。歴史的な政策転換の背景と展望を探った。(時事通信社外信部 萩原大輔)
「同族でなく敵対国家」
「北南関係はもはや同族関係ではない敵対的な二つの国家関係、戦争中の二つの交戦国関係に完全に固着した」。正恩氏は2023年12月26~30日に開かれた党中央委員会総会で、韓国との関係をそう断じ、「統一を志向する特殊関係」という従来の立場を放棄した。約2週間後の24年1月15日には、最高人民会議(国会に相当)で「共和国(北朝鮮)の民族の歴史から『統一』『和解』『同族』という概念自体を完全に除去しなければならない」と演説した。この断絶宣言が韓国に与えたショックの大きさを理解するには歴史を振り返る必要がある。
北朝鮮は1948年に建国して間もない50年、「祖国解放」と銘打って朝鮮戦争を仕掛けたが失敗。その後、武力統一の機会をうかがいつつ、72年、韓国と「自主、平和統一、民族大団結」の3大統一原則を明記した南北共同声明を発表した。つまり、韓国との統一は、「北朝鮮の指導者」にとどまらず「民族の指導者」であろうとした初代の最高指導者、金日成主席が決めた目標で、絶対的な重みを持っていた。
金日成氏はさらに80年、一民族、一国家、二制度の「高麗民主連邦共和国」を提案した。この「連邦制」もまた「建国の父」が打ち出した重要な理念であり、3大統一原則とともに絶対的な「遺訓」に位置付けられた。94年に後を継いだ正恩氏の父、故金正日総書記も、基本的にこれらの路線を踏襲した。
金正日総書記は、「わが民族同士」を合い言葉に、初の南北首脳会談を2000年に開いた。その後、北朝鮮南西部の開城に工業団地をつくることでも合意。04年末から操業させると、約120の韓国企業が進出し、約5万3000人の北朝鮮の労働者が雇われた。開城工業団地に象徴される南北経済協力を通じて得た外貨は、1990年代後半の大食料難で最悪の状態に陥った北朝鮮経済を立て直す一助にもなった。
利用価値なしと見限りか
しかし、正恩氏は党総会で、絶対的な先代指導者の「遺訓」を真っ向から否定した。韓国の狙いは北朝鮮の「政権崩壊」「吸収統一」だと主張し、祖父が掲げた連邦制さえも「錯誤」と断じてみせた。 さらに最高人民会議では、3大統一原則を憲法から削除する方針まで示した上で、「韓国を『第1の敵対国』『不変の主敵』とする条文を(憲法に)明記すべきだ」と主張。次回の最高人民会議で憲法改正が行われる見通しだ。
「遺訓」の否定は韓国に大きなショックを与えた。同族意識から北朝鮮への融和政策を推進してきた革新陣営の専門家や支援団体関係者は、「北朝鮮への見方を変えざるを得ない」「もはや南北関係に希望を見いだせない」と嘆いた。政策大転換の背景には何があるのか。
正恩氏は2018年、革新系の文在寅政権の仲介を得て史上初の米朝首脳会談に臨んだ。19年まで計3回会談したものの決裂。「正恩氏は文氏にだまされたと不信感を抱いた」(韓国政府筋)と言われる。「核保有国」を追求する以上、国連安保理制裁の解除は見込めず、16年から中断している南北経済協力事業の再開も半永久的に困難な情勢にある。将来、韓国の革新陣営が再び政権に就いても、もはや利用価値は乏しいと見限ったとみられる。
日常的に「オッパ」「チャギ」
もっとも、根本的な理由は外部環境ではなく北朝鮮内部にあるとみられ、関係筋は次のように説明する。「北朝鮮は体制を守るのに必死だ。韓国を別の国家と位置付ける動きは、韓国文化の浸透に歯止めをかける動きの延長線上にある」
というのも、2000年以降の南北経済協力事業は、韓国文化の浸透という副作用を招いた。人的交流が増え、韓国に対する警戒心を緩ませたためだ。20年にソウル大が脱北者を対象に行った調査で、「北朝鮮にいた時に韓国文化に接したことがある」と答えた者が8割以上に達した。北朝鮮ではネットフリックスやアマゾンなどの配信サービスが展開されていないものの、最近では世界的なヒットとなったドラマ「愛の不時着」や「イカゲーム」もUSBなどを通して広がり、人気とされる。
北朝鮮と韓国の言葉は、アクセントや単語がかなり異なる。だが、近年は韓国ドラマの影響で、女性が夫や恋人を呼ぶ際の「オッパ」「チャギ」など韓国風の言葉遣いが北朝鮮に広がった。多数の訪朝経験がある消息筋は、「若者は携帯電話のメッセージで日常的に使っている」と証言する。
使うだけで公開処刑
そんな中、新型コロナウイルスの感染が全世界で拡大し、北朝鮮は20年1月から国境を封鎖した。これを統制強化の好機と捉え、20年12月に韓国のドラマや音楽の視聴・流布を禁じる「反動思想文化排撃法」、23年1月には韓国風の言葉の使用を禁じる「平壌文化語(標準語)保護法」を制定した。
平壌文化語保護法は、韓国の言葉を「汚らしくおぞましいゴミのような言葉」と定義。使用するだけでなく、韓国風の言葉で書かれた印刷物流布などに対する最高刑を、「公開処刑も含む死刑」と定めた。
北朝鮮当局がここまで神経をとがらせるのは、国民が韓国に憧れを抱けば、体制への忠誠心を失い、離反しかねないためだ。特に、1990年代以降に生まれた世代は配給制が事実上崩壊した環境で育ち、「頼りになるのはノドンダン(労働党)よりチャンマダン(民間市場)」という意識が広がっている。韓国文化に頻繁に接するのも、この世代が中心だ。
「韓国社会への憧れを遮断しようとしても統制できないため、憲法から民族概念を消そうとしている」。北朝鮮の元駐英公使で韓国に亡命した太永浩議員は、北朝鮮の統一政策転換についてそう分析する。革新系の金大中、盧武鉉政権で統一相を務め、北朝鮮との和解・交流政策を推進した韓国の丁世鉉氏も「(自国の)韓国化に恐れをなし、対南鎖国政策を決心した」と解説する。
「チキンゲーム」時代に突入
問題は、単なる鎖国政策にとどまらず、北朝鮮が武力による併合・統一を放棄していない点だ。正恩氏は党総会の演説で「有事に核武力を含むあらゆる物理的手段を動員し、南朝鮮全領土を平定する準備に拍車を掛けなければならない」と表明。最高人民会議では「戦争が起こる場合に韓国を共和国の領域に編入させる問題」を憲法に盛り込むよう指示した。
同じ民族であり統一の対象である韓国には核兵器を使わないという、韓国の一部にある希望的観測を粉砕した格好だ。同時に、韓国に対する国民の敵意を高揚させる狙いに加え、経済力、国際的地位、通常戦力とほとんどの面で韓国に劣る北朝鮮が「核だけは優位に立っている」という自負心がにじみ出ている。
韓国も譲っておらず、尹錫悦大統領は「力による平和」を口癖にしている。「力による平和」は、旧ソ連に軍備競争を仕掛け、経済破綻と体制崩壊に導いたレーガン元米大統領のスローガンだ。有言実行するかのように、米軍の最新鋭戦闘機や原子力空母、原子力潜水艦を頻繁に朝鮮半島に展開させ、大規模な米韓合同演習を実施した。24年上半期には米韓共同の核戦略ガイドラインを策定し、夏には核運用を想定した合同演習まで行う予定を立てており、まるで「核には核で」と言わんばかりだ。
尹政権は23年8月の日米韓首脳共同声明に、初めて「自由で平和な統一された朝鮮半島を支持」という文言を盛り込んだ。北朝鮮に軍事的圧力を加え続けることで、体制崩壊を促す思惑ものぞく。南北の対話・交流は過去のものとなり、核による「チキンゲーム」という危険な時代に突入している。(了)