6回終了時に、セコンドの真吾トレーナーに伝えた。「ちょっとペースを落とそうと思う」。7、8回はある意味で捨てて、視力と体力の回復に努める。その上で、終盤の勝負でポイントを取る作戦に切り替えた。
9回もドネアの流れだった。井上尚はカウンター気味に右ストレートを顔面に浴び、足元がふらつく。だが倒れない。クリンチでピンチをしのぐと、「かかってこい」と言わんばかりの手招きも。打たれたことがないだけに、耐久力が不安視もされたが、心身のタフネスさを見せつけた場面だ。
規格外のボディーブローで決着
そして11回。勝敗を分ける瞬間が訪れる。残る力を振り絞って打ってくるドネアに、隙が生まれるのを感じた。井上尚が顎をめがけて放った右アッパーはガードされる。ただ、これは「注意を上にそらす」ための、いわば1次攻撃。相手の右のガードがわずかに上がると、脇腹へこん身の左ボディーブローをたたき込んだ。
2、3階級上と評価されるほど、規格外の威力を誇る井上尚の得意パンチを受けて、平気なはずがない。ドネアは両手をついてうずくまった。このダウンで、ポイントは大きくリード。会場の熱気が最高潮に達した。10回以降はいずれも、3人のジャッジが井上尚を支持。完璧に作戦を遂行し、勝利をもぎ取った。
評価上げ、引っ張りだこ?
トップランク社やWBOによると、次の2試合は米国で行う予定。WBO王者との統一戦を進める一方で、世界ボクシング評議会(WBC)にも招こうとする動きがあるようだ。
ただし、大きな勝利には代償もあった。井上尚はこの試合で右目眼窩(がんか)底を骨折。最近の例ではWBOフライ級王者の田中恒成(畑中)が17年の防衛戦で両眼窩底骨折の重傷を負った。それでも約半年後には復帰し、その後王座を獲得して3階級制覇を果たしている。井上尚の復帰時期は定かではないが、幸い手術の必要はないという。
プロデビューから19戦全勝で16KO。日本が生んだ希代のボクサーは、本場米国での大暴れが期待されている。20年は、その布石を打つことになりそうだ。
◇ ◇ ◇
◆ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS) 高額賞金を懸けたプロボクシングの国際トーナメントで、主要団体の王者らが階級ごとの頂点を争う。優勝者には元世界ヘビー級王者モハメド・アリ氏(故人)の名を冠したトロフィーが贈られる。米国とドイツのプロモーターが企画し、第1回は2017年9月から1年をかけて、クルーザー級とスーパーミドル級で行われた。18年10月からの第2回ではバンタム級、スーパーライト級、クルーザー級で実施。主催者によると、試合は100カ国以上で中継され、優勝賞金は100万ドル以上。勝ち上がりを決めるため、引き分けなどで勝者が決まらない場合は4人目のジャッジ判定が採用される。
◆井上 尚弥(いのうえ・なおや) 神奈川県出身の26歳。新磯高1年だった2009年の全国高校総体モスキート級決勝で、奈良朱雀高3年の寺地拳四朗(現WBCライトフライ級王者)に勝って優勝。高校3年(学校統合で相模原青陵高)時の11年はライトフライ級を制した。同年の全日本選手権同級で優勝。高校卒業後、12年10月のプロデビュー戦は新人として異例の8回戦で、4回にKO勝ち。13年8月に田口良一(ワタナベ)に判定勝ちして日本ライトフライ級王座を獲得。14年4月にWBC同級王者となり、12月にはWBOスーパーフライ級王座に就いた。18年5月にWBAバンタム級王者ジェイミー・マクドネル(英国)を1回TKOで破って3階級制覇。19年5月にWBSSの準決勝でIBF王者のエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)を下し、IBF王座も獲得した。右ボクサーファイター。身長164.5センチ。(2020年1月9日配信)
新着
オリジナル記事
(旬の話題や読み物)