圧倒的進化を果たした音、ことば。羊文学はあなたの「居場所」に──塩塚モエカ単独インタヴュー
昨年夏、これまでよりもライトなEP『きらめき』をリリースし、各所で注目度が高まるネクスト・ブレイク筆頭の3人組、羊文学。軽やかでポップなサウンドを詰め込んだ前作から半年、今度はストイックでソリッドなオルタナ・サウンドを鳴らす『ざわめき』をリリース。塩塚モエカのヴォーカルと相まって、より豊かになる繊細で重厚なバンド・アンサンブル…… よりグレードアップしたサウンドが詰め込まれた今作だが、果たしてバンドが目指すべき場所はどこにあるのだろうか。バンドのソングライター、塩塚モエカへの単独インタヴューで解き明かそう。
新機軸の5曲を収録した新EP
INTERVIEW : 塩塚モエカ(羊文学)
2月にリリースしたEP『ざわめき』では、骨太なバンド・アンサンブルに加え、飛躍的に表現力を高めたヴォーカルで圧倒的な進化を見せた羊文学。国内の若手バンドを見渡してみてもまさに大ブレイク前夜! と思わせる勢いの彼女たちだが、そのフロントマン=塩塚モエカは至って冷静だった。彼女たちは決して特別な存在になろうとしているわけではない。いままでになく社会性を帯びた1曲“人間だった”でさえも、単なるひとりの若者としての実感が出発点となっているのだという。声高に正論を掲げるでもなく、羊文学は、ただそこにいる。でもだからこそ、私たちがたとえどんな存在であっても「そこにいる」ことを受け止めてくれる。そのことのなんと潔く、頼もしいことか。絶対的な否定や肯定が溢れかえる昨今、どちらにも決めきれない普通の誰かの「居場所」であろうとする佇まいこそが、羊文学が今日まさに求められる所以なのだろう。
バンド規模は大きくなり続け、自身はまさに学生を卒業しようというタイミングを迎えている塩塚。彼女はそんな渦中で、この数年で変わったこと、そして変わらないことをどう捉えているのか。原点回帰ともとれる今作『ざわめき』を切り口に語ってもらった。
インタヴュー&文 : 井草七海
写真 : 鳥居洋介
聴いてくれるひとりひとりの世界が共鳴し合うような音楽
──今回リリースされたEP『ざわめき』は、ポップな印象の強かった前作EP『きらめき』に比べて、バンドの骨太な部分がシンプルに作品に落とし込まれているように感じました。前作と今作の違いについて、どんな狙いがあったかをまずは教えてもらえますか?
『きらめき』を出す前からもともといろんな人から、羊文学と言えば「エモい」とか「シューゲイザーっぽい」ってよく言われていたんです。たしかにそうなんですけど、実はいままでのアルバムの中にはポップな曲とかも含まれていたりするし、ひとつのイメージで自分たちを定義されたくなかったんです。なので、『きらめき』という作品は、あえて自分たちの中のポップな側面を前面に出した、という狙いがありました。
ただ、それを出してみたところ「羊文学って結局なんなんだろう?」っていう疑問も感じられて。それもあって、今回は原点に帰ったような、ストイックでシンプルな音作りで、自分の内に向かっていくようなカラーの作品を出そうと決めていました。ただもちろん、『きらめき』という作品はポップなものだったので、それを聴いた人もついてこれるように、ということも意識していました。
──ただ、“サイレン”なんかがそうですが、曲によっては明確な「Aメロ、Bメロ、サビ」のような構成ではない、必ずしもわかりやすいわけではない曲も今作には含まれてますよね。そういう意味で今回の『ざわめき』は、『きらめき』での方向性も生かしながら改めてバンドの「らしさ」を再定義している作品なのかな、とも思いました。
そうですね。たしかに『きらめき』はポップだったけど、やっぱり私は性格的にはあんまり明るいところに出るのは得意じゃないんです。たとえば、大人数の飲み会とかは好きじゃなくて。だから、羊文学の音楽は、みんなでワイワイするようなポップ・ミュージックとか、誰かの恋愛を代弁するようなポップ・ミュージックではないもの…… みんなで騒ぐ音楽じゃなくて、聴いてくれるひとりひとりの世界が共鳴し合うような音楽であるのがいいんじゃないかなと思ってて。
──実は、私、今作を聴いた後にすごくスッとした気分になったんです。それは、サウンドのソリッドさにしろ、羊文学がいままで持っていた、現状を半ば冷めた視点で受け入れつつそれでも進むしかない、というような潔さが特にはっきり出ていたからだと思うんですよね。そういった“自分たちの中にあったもの”を、今作で捉え直した感じはありますか?
それは、今回は明確な狙いがあってそこをめがけて制作していったわけではなくて、自然に自分たちから出てくるものをまとめていく作業が中心だったのが大きいのかなと思います。アートワークも、実は羊文学をかなり前から応援してくれてライヴにも来てくれていた方にお願いして撮ってもらったんです。そういう古い仲間と作ったりした、好きなものをそのままストレートに出した作品なんです。だから、今回は自分たちの得意分野はしっかり出せたのかなと思ってますね。
──なるほど。ここ2〜3年でだいぶライヴも重ねてきていると思うんですけど、ライヴでは何か変化を感じてますか?
以前は自分の気持ちがもっと前面に出ていて、それをお客さんにぶつける感じのライヴが多かったです。2年前くらいまではほとんど誰も聴いてくれていなかったので、そういう状況のなかでライヴをやってたのも大きかったんだろうとは思うんですけど……。でも、どこかお客さんと戦っているというか、「聴いてほしい」って気持ちのぶつけ合いみたいなところはありました。
いまは、もう少し冷静にというか、押すところと引くところのバランスを自分の中に作ることができているし、それによって、お客さんが入り込める余白みたいなものを作れているのかなと思ってます。
──たしかに、私が2年くらい前にライヴを観たときには、もっと切実なヒリヒリとした緊張感があった印象もあったんです。でも、いまはどっちかというと、ロック・バンドとしてのたくましい存在感が出てきている。自分たちの演奏をお客さんへ委ねられるような、観る側への信頼感が生まれてきたというか。
そうですね。あと、前はやっぱりもっと子供だったっていうのもあるかも。Twitterなんかでも思ったことを全部言ってしまうのがいいことだと思ってたんです(笑)。自分はミュージシャンだけど、私たちを観ている人にも「この人も自分たちと同じ人間で、同じようにうまくいってなかったりするんだ」って思ってもらいたかったし。自分のマイナスな部分も全部さらけ出しちゃえば、同じようにマイナスな気持ちの人が救われるんじゃないかって思ってたんですけど……。
でもいまはそうじゃなくて、そういうマイナスな気持ちにしても、もっと違う表現ができれば自分の幅が広げられるし、自分で自分のことを認められるはずだって思うようになって。この2年間は、そんなことを考えながらやってました。
羊文学はそういう「居場所」とか「より所」になりたい
──塩塚さん自身はもうすぐ学生を卒業するってタイミングですよね。プライベートでは学生生活が終わるということや、バンドのほうも2〜3年くらい前に比べて格段に多くの人に聴いてもらえるようになってきたという変化を踏まえて、作品の中で表現したいことも変わってきましたか?
バンドの規模が大きくなって、ライヴも大きな会場でやるようになってきたんですけど、曲を作るときはそのことはあんまり考えないようにしようと思ってて。曲作りは、前と変わらず自分の部屋みたいな狭いところで自分に向き合うことからスタートして、スタジオでバンドであわせて、その後ライヴに出ていく…… っていう流れで、そこは変わってないので。ライヴハウスは大きくなっているけど、やっぱり聴く人に近い曲を作りたいんです。聴く人と同じようなフィールドに立って、同じようなものを見ている人として曲を作りたいので。
──曲を作る姿勢自体はあまり変わっていないと。
でも変わったこともあって。会場が大きくなったり、ライヴハウス以外の場所…… たとえば野外のフェスとかで演奏する機会が増えて、そこで曲を演奏するイメージができるようになったから、どういう場所で音が鳴るかを意識して曲作りができるようになったかなと思います。アレンジの段階で「これはライヴハウスで鳴らしたらかっこいい曲」「これは野外で演奏したら遠くまで響き渡る曲」みたいな違いを考えられるようになったかなと思います。
──塩塚さんが大勢の人とワイワイするのが苦手という一方で、聴いてくれている人に近い存在でありたいっていう想いを持っていることは、今作にもよく反映されているように思います。“祈り”という曲の歌詞にも象徴的ですけど、聴き手にベタベタと寄り添う訳ではなく、「私たちはここにいるし、あなたはそこにいていいんだ」というようなメッセージを羊文学の佇まいからは感じることができる。曲を作るにあたっても、そういう、聴く人にとっての「居場所」になろうという意識を自覚的に持っているんですか?
そうですね、それは意識してます。あ、いまの「居場所」って表現、すごくいいですね(笑)。羊文学はそういう「居場所」とか「より所」になりたい。それはいつも思ってます。聴いてくれる人を励ましたいわけではないし、甘やかしたいとはぜんぜん思ってない。ただ、「その人がそこにいていい」ってこととか、「そのままで大丈夫」っていうことを伝えられたら、という気持ちで曲を作ってます。
──たしかに、突き放すわけでもなく、励ますわけでもなく、でもただそこにポツンといることが様になるバンドに、羊文学はどんどんなってきていると思うんですよね。特に最近はネットやSNSで「自分はこれが正しいと思うから、他の人の意見は全部間違ってる」という、自分の判断基準を絶対視する意見をよく目にしてしまうわけですけど、それによって傷つく人も中にはいる。だから羊文学のように、否定も肯定もしないけどただそこにいて、同じように他人もそこにいることを認めてくれる存在って、いまの時代、重要だなと。
なにかひとつのことに対して、それが「絶対に正しい」って言う人と「絶対に間違ってる」って言う人はどっちもいて。何が本当に正しいのかがわからなくなってしまうことってあると思うんです。たとえば、犯罪者がいたとして、「罪を犯した」ということはもちろんある人にとっては悪いことかもしれないけど、犯罪者本人からしてみたら、その人なりに何か理由があったかもしれない。原因は「その人がただ悪人だったから」だけではないかもしれなくて、その人の辿ってきた人生の中にあったかもしれない。だから、ある人をものすごく肯定したり否定したりすることは簡単にできるけど、でもそこに判断の余白みたいなものを残しておきたくて。そんなことをずっと考えていることが、聴き手の「居場所」を作ろうとするってことに繋がっているのかなと思います。
──今作では、塩塚さんのヴォーカルもいっそう進化を遂げていると感じました。のびやかだけどどこか張り詰めた糸のような緊張感のあった初期のヴォーカルに比べて、タフな力強さが前面に出るようになってきていますよね。
実は、個人的にはレコーディングでの歌入れが苦手で。ハイトーンも息が続かなかったりしたんですけど、レコーディングを重ねるごとに自分の出しやすい声もわかってきて。出したい声をどう出すかという技量もついてきので、最近はいろいろ試したりできるようになりました。これまでは出せなかったような声も出せるようになってるし、喉も潰さずに歌えるようになってきたので。
──具体的にヴォーカルのスタイルで影響された人とか、「こうなりたい!」って思うようなヴォーカリストっていますか?
もともとはYUIさんが好きだったんですけど、そもそも声が違いすぎるし私はあまり高い声も出なかったので……。でも、それがきっかけで自分の曲を作りはじめたんです。いまだったら、miletさんみたいな声に憧れるんですけど、そういう声はやっぱりちょっと出なくて(笑)。でもどちらかというと、めちゃくちゃ歌がうまいというよりは、みんなが「そんな表現ができるの?!」ってびっくりするようなヴォーカリストになりたくて……。
──それでいうと、今作の2曲目の“サイレン”の中盤のあたりの歌い方にはすごくびっくりしました。言葉が詰まっている歌詞なのに、高い声から低い声まで織り交ぜながらコロコロとトーンを変えていくあのヴォーカリゼーションはなかなかできるものではないなと。
“サイレン”は3〜4年くらい前に作った曲なんです。いま作ったらああいうコロコロ動くメロディにはならないと思うんですけど、作った当時にはそういうことをしてみたかったんですよね。でも、作ったそのときには歌の技量が足りなくて歌えなくて。ある程度技量がついてきたいま歌うから、おもしろいものになったんじゃないかなと思います。たしかに、自分でもあのパートは不思議です(笑)。
目指すのは部室に置いてあるちっちゃい練習用の安いアンプからの音
──またリード曲の“人間だった”は、これまでとは明らかにモードの違う楽曲ですよね。これまでの羊文学は、私小説的な歌詞が中心だったわけですけど、文明社会への疑問を歌った社会性を帯びているこの曲では、グッと自分の外に視点が向いていて。これにはなにかきっかけがあったんでしょうか?
この曲は自分のなかではかなり特殊な曲なんです。この曲を書いた去年は、やっぱり「このままじゃ世界が壊れちゃう」って気持ちにさせられることが多くて。でもそれも「世の中に訴えかけなきゃ!」っていう使命感が突然生まれて書いたのではなくて、他の曲と同じように、「まだ地球が終わってほしくない」っていう本当にシンプルな気持ちから書いただけなんです。ただ、今後こういう曲ができるかどうかはわからないですけど、“人間だった”は自分にとっても大切な曲になりました。
──とはいえ、10代の頃には出てこなかったテーマですよね、きっと。
そうですね。最近できた友達の中には、いろいろな偏見と戦っている人たちもいるし、デモに参加している人もいて。そういう人たちってこれまで周りにいなかったし、いたとしても近い存在ではなかったんですよね。だから、いまそういう人たちが身近にできたことで、社会的なテーマを実感できるようになったのかなと思います。
──塩塚さんのソングライターとしての良さって、自分が普段の生活で感じ取ったことを、わかりやすく曲に落とし込める瞬発力なんだろうなと思いますね。敏感に感じ取ったことを照れずにさらけ出せるのは、ひとつの強さなのだと思うし。
影響されやすいんです(笑)。あと、普段から思ったことをすぐに言っちゃうんですよ(笑)。他人との境目みたいなものがあんまりないのかもしれないです。
──ちなみに、過去のインタビューで、バンドをはじめたきっかけは「男の子に負けたくない」というような理由だったとお話しされていたのですが、女の子らしさを否定しないというコンセプトの『きらめき』を経て、今作『ざわめき』を出したいまはどうなんでしょう?
いまはあまり線引きを意識しなくなりましたね。私は女ではあるんですけど、自分の中には男っぽいところもあって。そういう部分があることも自分で認められたし、女の自分にしかできない表現があることに気づいたので、いまは「なにかと戦っていこう」っていう気持ちはなくなりました。
──なるほど。「原点」という意味で最後にもうひとつ。「ひとつのジャンルに定義されたくない」というお話は先ほどありましたが、とはいえ音作りにはやっぱり、シューゲイザーやオルタナティヴ・ロックからの影響が大きいですよね。そもそもそういったエッジーなサウンドに惹かれるのはなぜでしょう?
うーん、そうですね……。私は、綺麗にパッケージされた大量生産品じゃなくて、未完成だけどおもしろいものとか、一般的にはあんまり流通してないけど綺麗なもの、みたいなものが好きだったので……。
それで、イギリスのYuckってオルタナティヴ・ロックのバンドとか、James Blakeの曲で使われてる変わったシンセのサウンドとかを聴いたのがきっかけで、イビツでふり幅があるサウンドを目指すようになりました。だから、たとえば部室に置いてあるようなちっちゃい練習用の安いアンプから出すような音なんかは、すごく好きなんです。
──塩塚さんが「きっちりパッケージされてないようなイビツなものっておもしろいよね」って言える感性を持ってるから、「これは正しい / 正しくない」ってはっきり決めつけたがる最近の論調に違和感を覚える人たちに、いままさに羊文学の音楽が届いていっているのかもしれないですね。
期せずして(笑)。うん、そうだといいなと思います。
編集 : 鈴木雄希
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PROFILE
羊文学
VoとGtの塩塚モエカ、Baのゆりか、Drのフクダヒロアからなる、柔らかくも鋭い感性で心に寄り添い突き刺さる歌を繊細で重厚なサウンドにのせ、美しさを纏った音楽を奏でる3人組。
2012年結成。2017年に現在の編成となり、現在までにEPを4枚、フル・アルバムを1枚、配信シングルを1曲、そして昨年12月にクリスマスシングル「1999 / 人間だった」をリリース。生産限定盤ながら全国的なヒットを記録。
2020年2月5日に最新EP『ざわめき』のリリース、そのリリースより先行しワンマン・ツアー(1月18日 大阪・梅田シャングリラ、1月31日 東京・恵比寿リキッドルーム)はSOLD OUTに。2020年、しなやかに旋風を巻き起こし躍進中。
【公式HP】
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【公式ツイッター】
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