作編曲家、キーボーディスト、シンセサイザー・プログラマー、音楽プロデューサーと多彩な顔を持つ、エレクトロニック・アーティスト、TOMZUIN H。彼が1stアルバム『bird people』から実に9年振りに、長い沈黙を破っての新作『Ring』をリリースした。コンセプトは“長い音”。OTOTOYでは、24bit/48kHzの高音質音源で配信を開始するとともに、過去作の『bird people』を2週間限定で、全曲フリー配信! 繋がる長い音にこめられた壮大な物語と宇宙を楽曲として描き出した作品集をぜひお聴き下さい!
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9年振りの新作を高音質で!
TOMZUIN H / Ring
【価格】
mp3 単曲 200円 / まとめ購入 1,000円
HQD 単曲 250円 / まとめ購入 1,300円
【Track List】
1. Helium Leak / 2. At An Angle Of 120 Degrees / 3. Invisible Rays / 4. Silver / 5. Visible Rays / 6. Wolf Whistle
※まとめ購入のお客さまには、webブックレットが付いて来ます
TOMZUIN Hのレーベル作品もピック・アップ!
ANT★LION / シャボン - SAVON -
【価格】
mp3 単曲 150円 / まとめ購入 1,000円
wav 単曲 180円 / まとめ購入 1,300円
ANT★LION(アント・ライオン)のファースト・アルバム。有田さとこ (ANT) による生身のプレシジョン・ベース&ボーカル、 TOMZUIN Hによる生身のRhodesとminimoog、捨身のエレクトロ・ビート。そして見事なまでのギターレス。二人が融合すると、それはまるで甲冑を纏ったエレクトロリック・ミュージックへと進化する。
INTERVIEW : TOMZUIN H
TOMZUIN Hが9年ぶりにソロ・アルバム『Ring』をリリースする。本作は、“長い音”という特殊なコンセプトのもとに作られ、ノコギリや笙などの特殊な楽器と電子音の融合により、なんとも不思議で奇妙な世界観を作り上げている。そして、テクノ、エレクトロといった比較的自由度の高いジャンルのなかでも、ひときわ異彩を放つ興味深い作品となっている。そんな自由な発想で音楽を生み出すTOMZUIN Hとは、いったいなにものなのか。
彼は、ソロ・アーティストととして自らの作品を生み出しながらも、大木彩乃、アルケミスト、rica tomorlなど、さまざまなアーティストのプロデュースを行ってきた。また、CMや舞台の音楽の制作や、サンプリング音源の発売など、その活動は多岐に渡っている。今回は、そんな彼のルーツや、音楽へ向かう姿勢を紐解くべく、ロング・インタヴューを敢行した。話を聞いていくなかで、人との出会いを大切にし、音楽と真摯に向き合う彼の姿が見えてきた。音楽とともに歩んできたTOMZUIN Hの濃密な歴史を、とくとご覧あれ。
インタビュー & 文 : 前田将博
真摯な態度で音楽をやることを目指した
——音楽活動をはじめたのはいつころですか?
本当にアマチュア時代までさかのぼると、中学1年生のときにバンドを組んだのが最初ですね。YMOが全盛だった世代なので、中学に入ると同時くらいにアナログ・シンセを買いました。小学生の頃から、テレビで見るキーボード類にすごく興味がありました。
——打ち込みもその頃からやっていたんですか?
バンド活動と平行してやっていました。打ち込みというか、その頃はテープで宅録ですね。ラジカセを2台使って、多重録音していました。
——MTRとかもまだ珍しかった時代ですよね。
70年代生まれですからね(笑)。高校時代にカセットの4トラック・レコーダーを借りたりして、ようやく1つのテープで多重録音することを経験しました。
——当時はどのような曲を作っていたのでしょう?
シンセの他に楽器をあまり持っていなかったので、板を叩いてリズム代わりにしたりとか、そういうものの寄せ集めで曲を作っていました。
——バンド活動はいつまで続いたんですか?
高校までですね。大学に入ってからは多重録音がメインになりました。出身が福岡なんですけど、上京して日芸(日本大学藝術学部)の演劇学科に入りました。じつは高校のときにも演劇部に入っていたんですよ。劇伴を作りたかったから。バンドとは別に多重録音をずっとやっていたのは、そういう目的があったんです。
——では、当時からいまの仕事に通じるような劇のBGMの制作などもやっていたと。
効果音とかも作っていましたね。大学の後半くらいには、もう打ち込みの仕事もはじめていました。そのあとに、僕の恩師にあたる人たちとの出会いがあって、大学を卒業した頃からヤマハさんのシンセのプログラミングの仕事をさせていただいてました。
——ヤマハでは、どういった仕事をされていたんですか?
例えば、FS1Rっていう当時画期的だったデジタル・シンセがあって、ベースはDX7と同じようにFM音源なんですが新機能のひとつとして声からフォルマント(編集部注 : 人の声にある、独特の周波数分布)を抽出して、声の変化をシンセの音の変化に応用するものがありました。シンセがボコーダーとは違うしゃべり方をするんです。そういう新製品の開発期に可能性を探るような仕事をしていました。
——その頃も、曲作りは続けていたんですか?
普通の音楽作りもしていました。その頃はやっとオープンリールのマルチ・トラック・レコーダーが、僕らが買える値段で普及してきたんです。Appleのマッキントッシュも、みんなの手の届くようになってきた頃ですね。
——現在はアーティストのプロデュースであったり、ライヴ演奏なども含めたプレイヤーとしての仕事もされていますよね。そういった仕事はいつ頃からやるようになったのでしょうか。
じつは、バンドやレコーディング寄りの音楽の関わり方から、しばらく離れていたんですよね。98年頃に、いまはゲーム会社になっているiNiSっていう会社を姉達と一緒にはじめるんですけど、それでさらに離れていきました。もともとゲーム寄りの会社だったんですけど、音やサウンド寄りのコンテンツを作ったりしていたので、他社よりは遥かに音楽寄りのことをやっていたんですね。在籍中にPS2のギタルマンという音ゲーを作ったんですけど、これも当時としては画期的だったんですよ。そこに1つのターニング・ポイントがあるんです。それまでは、ゲームやシステム寄りに音を考えていたというか。すごく音楽的にしたいし、緻密に工夫するんですけど、それをどんなにやっても、じつはそんなに聴く人には届きにくかったんです。
——それを実際に耳にするゲームのユーザーなどは、音楽的なものを第一に求めているわけではないですもんね。
ゲームにかかわらず、制約の中で作っていますからね。それで、そのギタルマンの音楽のプロデュースをCOILが担当することになって、僕もサウンド・プロデュースを担当していたので共同で音楽を作りました。当時はデジタル全盛になってきた頃なんですけど、COILはアナログな作り方をしていたんですよ。音ゲーなのに、オープンリールの16トラックで作ってたっていう。
——自分たちのスタイルを貫いていた。
その時に、彼らがやってるスタイルがまさに高校時代に自分がやってたことと同じだって思って、原点に還っているような感じがしたんですよね。彼らは昔からこのスタイルでやってるんですけど、デジタル寄り、コンピューター寄りにいってた自分としては、いろいろと気づかされて、音楽として大事なことを思い出したんです。そこからは、音楽の作り方とか思想も含めて、音楽自体を大事にしないといけないなと思いはじめました。それで、音楽を中心として、できるだけ真摯な態度で音楽をやることを目指して、Sonicaを立ち上げました。
——COILの姿勢に共鳴したのは、具体的にはどういう部分なのでしょう?
テープでも根性で音楽を作るっていう部分ですね。テープなので、作ってる段階で洗練されていないといいものは残せないんです。デジタルみたいにいいとこ取りで、部分的に張ればいいっていう考えはできないので。当たり前の話なんですけど、それを忘れかけてた頃だったんですね。マックで音楽をやるようになってからはものすごく便利だったですけど、よく考えたら、演奏技術とか引き出しとか、そういうところに意味があったんだなって思いました。
——録音環境も完全にデジタルに移行していった頃ですよね。
もう8割方Pro Toolsでしたよね。2000年くらいにはPro Toolsがびっくりするくらい普及していて、それまでの主流だったSONYの3348っていうデジタル48トラックレコーダーが廃業になりつつあった。
日本から発信することで説得力がある
——そんな中、ご自身の会社Sonicaを設立した。
2001年ですね。活動としては今までの延長なんですけど、開発ものも依然としてあって、サンプリングの仕事をやりはじめました。民族楽器とかを、高音質で表現力を持った形で作っていくっていう。
——プロデューサーとしての仕事が増えてきたのも、その頃ですか?
COILの作品や彼らが手掛けていた元ちとせさんの作品に少しずつ参加するようになったんですけど、そのあとくらいからですね。他にも、中国語テクノ・ポップをやってみたり、いろいろ模索していました。
——その後、2004年に1stアルバム『bird people』をリリースしていますよね。
2003年の頭くらいに作りはじめて、その頃にちょうどホッピー神山さんと出会ったんです。聴いていただいたらプロデュースをしていただけることになって、広い世界を見せてくれましたね。当時の自分の音楽観の狭さを痛感しました。
——他の人にプロデュースされることが刺激になった。
そのアルバムを作るのに、わざわざニューヨークに行ってるんですよ。Pencilinaという自作楽器を演奏するブラッドフォード・リード氏の演奏を録音しに。他にも、スーパーのレジ袋をガシャガシャいわせた音を使ったりとか、そういう音もいっぱい入っています。
——それこそ、高校の頃に板を叩いて音を作っていた延長ですね。
その頃にそういう作り方を覚えて、自由にやっていいんだってことがわかっていたので、抵抗なくできましたね。ホッピーさんのつながりで活動も広がっていきました。三上ちさこさんなんかは、そのひとつです。その頃大木彩乃さんの作品も一緒に作っていたんですけど、アルケミストのピアノの井尻君が大木さんの大ファンということで、彼らからオファーがあり、それ以来ずっと彼らのプロデュースをやらせていただいてます。
——この頃には、いまの仕事の土台がだいたいできていたと。
そうですね。あと、スタジオ業もやったりしていました。
——会社をやりながら自分の作品を作って、プロデューサーやエンジニア、スタジオ経営までやられていて、かなり忙しかったのでは?
忙しいし、重圧もありました。でも、勉強もすごく多かったですね。もう1つ、いまは活動が止まってるんですけど、有田さとこさんとANT★LIONっていうバンドもやっていました。有田さんとは、僕のソロ・アルバムを出した直後くらいに出会ったんですけど、彼女はその頃、京都町内会バンドっていうバンドをやっていて、すごくかっこいいベースを弾いていたので、一緒にデュオでやろうと。これも、すごく自分の演奏を鍛えた活動でしたね。
——会社としては2008年にソフト音源「JAPANESE TAIKO PERCUSSION」をリリースしています。
これは大きかったですね。サンプリングの自社ライブラリです。
——こちらは和太鼓の音源ということなんですけど、かなり画期的ですよね。それまではなかった発想というか。
めちゃくちゃ画期的でした。それまで和太鼓のかっこいい音源はありませんでしたからね。
——Sonica設立当初にも民族楽器のサンプリングをやられていたとうかがいましたが、もともとそのような楽器や音楽に興味があったのでしょうか。
すごく好きですね。
——ご自身の作る曲のなかで、そういった音を使いたいという思いはありましたか?
使いたい気持ちはつねにあるんですけど、なかなか使うタイミングがないんですよね。でも、じつは1曲だけ『bird people』のなかに和太鼓の音が入ってるんですよ。大きな祭りの太鼓をフィールド・レコーディングしているものが入っています。「The Time To Leave」って曲かな。
——もともと愛着がある楽器だったんですね。
あとは、マーケットが海外、全世界なので、そこに届くものはやっぱり日本の楽器だと思います。それを日本から発信することで説得力があるというか。
——2012年に出されているソフト音源「KABUKI & NOH PERCUSSION」も歌舞伎、能を扱ったものですよね。やはりそこは、日本人としての思いがあると。
それに尽きますね。そこは大事にしたいと思っています。
どれが価値の高い音楽なのかを決めるのは難しい
——ちなみに、ソフト音源としては今後どのような楽器をリリースしたいと考えていますか?
ライブラリのほうは、当面打楽器をやると思いますね。そのあとに段々進化させていくというか、音程楽器に進みます。例えば三味線とか、お箏とか。その次が管楽器。尺八をやったり、篠笛とかもやりたいですね。でも、実はその前に雅楽を出します。ちなみに、『Ring』で笙を演奏している石川(高)さんは、雅楽のサンプリングをやるために人を探していて、そのときに知り合った方ですね。
——『Ring』の話がありましたが、前作から9年経ってソロ・アルバムを出そうと思ったきっかけはなんだったんでしょう?
ようやくいろんなことが落ち着いてきて、自分のやりたい音を出してもいいと思えるような世のなかになってきたってことですかね。配信が発達してきて、前みたいにプレスして自分で営業に行ってってことを考えずに、音楽の制作に集中できるかもって思いはじめたんです。
——今回のアルバムは、かなりコンセプチュアルですよね。
コンセプトを決めたほうが、自分も作りやすいし、人にもわかりやすいかもしれないなと思って。あとは、配信は自由な曲数でできるので、コンセプトに合わせやすいですからね。それに合わせてコンセプトも決めやすいですからね。
——では、先に「長い音」というコンセプトを決めて、そのイメージに合う楽器をチョイスしていったんですね。
はい。基本的に長い音っていうのは、みんな好きだと思うんですよ。僕はミニモーグっていうシンセをよく使ってるんですけど、単音で鳴らしている音にポルタメント(編集部注 : ある音から別の音に移る際に、滑らかに徐々に音程を変えながら移る)やビブラートをかけて、音階が変わっていく瞬間に惹かれるんですよね。同じ音がずっと鳴ってるんじゃなくて、ちょっとずつ変わっていくところにドラマがあるなと。そこがいきる曲作りをしてみようと思いました。
——今回は笙やノコギリなど、特殊な楽器も使われていますよね。ノコギリ奏者のサキタハヂメさんも、もともと知り合いだったんですか?
そうなんです。彼は「シャキーン!」というNHKの番組の音楽をやっていて、彼に呼ばれてシンセを弾きに行ったのがはじまりですね。ノコギリはほぼサイン波なんですけど、弓でこするので、そのノイズ成分にすごく倍音があって、それがまたかっこいいんですよ。
——曲の中では、ノコギリの音がほとんど途切れずに続いていますよね。
あのテイクは、ほとんどそのまま使ったんじゃないかな。当初ずっと途切れない音をやろうと思っていたんですよ。でも、長い音が止む瞬間っていうのも、何かあるなと思ったんですよね。長い音っていうスタンスではあるんですけど、ずっと続いてなくてもいいかなって。クラリネットなんかもそうですけど、長い音であっても、実はすごく細かいフレーズを弾いてもらってるんですよね。
—— TOMZUIN Hさんは、笙に関して「笙を吹く息が折り返す時、音が移り行く時、まるで道標が示されるかのよう」というコメントをされています。
笙は一本一本が別の音程を持っていて、それのオン・オフを指で切り替えるんですけど、吹いても吸っても音が鳴るんですよね。だからずっと吹き続けられるんですよ。究極の長い音ですね。
——ギターは、長い音というくくりで考えると、少し意外な楽器だと思いました。
そうなんですよね。でも、彼がこういう演奏が得意なのも知っているし、すごいテクニシャンなんです。でも、やっぱり本能で弾いてるんでしょうね。そこがすごいなと思います。
——ちなみに、『Ring』の曲をライヴでやる予定はありますか?
このままやることはあまり意味がないと思いますね。この中の誰かを呼んで演奏することはあるかもしれないですけど、ライヴ・ハウスでレコ発をやります、みたいなことはもう僕はやらないと思います。それよりは、生の空間でできる新しいことを考えていますね。
——それは、どういったものなのでしょう?
やれるかはわからないですけど、音の展示をやろうと思ってるんですよ。例えば、長い音をコレクションするとして、1つの部屋の中でいろんな音響システムを使って、いろんな場所でいろんな楽器が鳴ってるとか。それは自由に鳴ってるかもしれないし、ボタンを押せば鳴るようにするかもしれない。そのなかで、ライヴも同時にやったりとかね。
——それはまた斬新な企画ですね。それを録音して、OTOTOYで配信するのもおもしろそうです。
それもやりたいですね。アート・ギャラリーみたいなところでやろうと思っています。
——TOMZUIN Hさんの話を聞いていると、発想がすごく自由ですよね。また、プロデュース業や『Ring』に参加している方を見ると、人との出会いをとても大切にされていると感じます。
出会った人と、いつかなにかやろうとはずっと考えているんです。
——発想や人とのつながりをどんどん広げていって、他の人が思いつかなかったようなものを生み出していますよね。
今後もそういうものを作っていきたいです。そういうスタンスでないと僕に価値がないと思いますしね。音楽も有象無象な時代じゃないですか。素人の人が作った素晴らしい音楽もあれば、プロの人が作った良くないものもあったりとか。いろんなものができてしまう時代だと思うので、どれが価値の高いものなのかを決めるのは難しいと思うんです。なので、見せ方とか整え方のなかに、クオリティにつながるものがあるんじゃないかと思っています。
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Vegpher(ベグファー)とは、琴座のα星VEGA(ベガ)と「そよ風」を意味するZEPHYR(ゼファー)を組み合わせた造語。ハイブリッドなビート・ミュージック・プロジェクトVegpherは、リズムのインパクトと快楽的な低音のシークエンスに主眼を置いた、空間的でバウンシーなダンス・ミュージックを志向する。
PROFILE
TOMZUIN H
少年時代からアナログ・シンセサイザーに親しみ、作編曲家、キーボーディスト、シンセサイザー・プログラマー、音楽プロデューサーと多彩な顔を持つ。エレクトロ・アーティスト”TOMZUIN H”として2004年に1stアルバム『bird people』を発表。「恍惚のエレクトロ」のキャッチフレーズどおり官能的、かつシニカルに、人間味溢れるエレクトロニック・サウンドを放つ。アルケミスト、 ホッピー神山、大木彩乃、三上ちさこ、NIRGILIS、COIL、元ちとせ、FAYRAY、ヨーコトリヤベ、リア・ディゾン、rica tomorl etc.など多岐に渡るアルバム参加・ライブ・サポートも。過去に サンプリングCD-ROM『FUEL Series』(iNiS corp.)の企画・プロデュース・プログラミングを担当、世界的にヒットさせるなど古くからサンプリング / サウンド・プログラミングに携わってきた。2008年末、自身が運営するSonica Instrumentsにおいて世界初とも言える和太鼓のソフト音源「JAPANESE TAIKO PERCUSSION for BFD2.1」を開発、2012年「KABUKI & NOH PERCUSSION」を開発、世界中の音楽家に愛用されている。