はてなキーワード: いつまでもとは
出生数70万人割れでその半分が女性だとして生まれる子供の数が少ないとか女に産ませろ言ってる人らグロい。愚かすぎる。
少子化は「産まない女が多すぎ」問題ではなく「選ばれない男が多すぎ」問題だからだ。
こんな男と生活を共にして妊娠出産という巨大な身体&人生リスクを負いたくないと女性が思うような男性が多すぎるからだ。
昔は上手くやれてた日本スゴイのまま時代遅れで思考停止し、変化の努力をせず周辺国より衰退している。
「女のわがまま」ではない。「老化した思考停止」由来の「男の甘ったれ」が原因なのだ。
もう先進国の人口はそういらない。なぜなら経済環境負荷が高いので。
だから本能的に先進国の女は子どもを産みたがらないし、何らかの点で優れた男性の遺伝子しか求めない。
そして「優れた」の基準は「カネもうけ」より「共同生活における人間性」にシフトしている。
男の「仕事は大変なんだ!働いているから男ハ偉いンダー」がウソで
女も働いてみたら「あれ?大変なのは性別関係なく一部の人でその他適当なオッサンは結構楽してね? 男同士でつるんで仕事ぶってるだけだわ。家で威張るこいつにメイド扱いされ名字変えて世界でも遅れた非人道的産婦人科で子供産んでボロボロになって20年ワンオペ子育てに潰すのバカみたいじゃねーの」と気づいてしまったのも大きい。
しかも有能な男性はたいてい家の事もできるしコミュ力高くて妻と仲がいい。じゃあ残った淘汰男とつがうより一人で貧しくても楽しく暮らしたほうがいい。
それがわからない原始的な老害思考男女がのたまう男女平等は男は一歩も現時点から動かない前提だから話にならない。
「女性が男性同様に働く」や「女性が男性同様に戦う」が男女平等やジェンダー平等だと持ち上げるのもお門違いだ。
そのうえで女にだけ「美しさ、身だしなみ、エロ記号、優しさ、気遣い、妊娠出産、家事育児能力、更に経済力」などをいつまでも求めてくる。
男はなにがある?生活を共にする他者のケアどころかセルフケアもできない、産んでもらう相手のリスクも理解しない、配偶者とコミュニケーションもできない、大人になって友達もつくれない、ホモソにしがみつく、美しくないのに努力せず清潔感すらない、異常な嘘をついて言い逃れできればいいと思っている、陰湿な嫌がらせや暴力に走る、ポルノ脳、性犯罪者、それらを止めず批判せずあげくはチンケなプライドにすがって女性を責める。
時代遅れの思考にしがみつきオッサン互助会の仕事で女を排除するから生産性も低く経済は衰退して問題点も理解できない。淘汰男だらけだ。淘汰男の遺伝子を残すためまともな女が身体人生リスクを負うわけがない。
男が甘ったれなら女も時代遅れの侍女モードが多くて結果甘ったれ男が再生産される。
そこをマトモな男女が潰していかないと日本の限界集落化は止まらない。
その辺は無視して産まれてくる女児が少なくて少子化がーというなら男児は中絶して女児が生まれる数を多くしては?
あとは男が女の子宮に頼らず産めるよう頑張るか。自分で産んで自分で育てればいい。「産んでもらっている」側なのにいつまでも厚かましすぎる
考察とは結果から推察をすることであり、それは個々人によって様々、いわば限りなく自由なのだ。
「睡眠時間が多すぎる人はかえって早く死ぬという結果が出たが、これは実際には寝たきりの人を計上してしまっているだけなのでは?1日の睡眠時間が18時間を超えている人を外れ値として再計算してみよう!」
こういった前提をひっくり返すような一石を投じていくことも推奨されるのが本来の考察の姿なのだ。
だが、今やネットの「考察」は単なる「正解当てゲーム」となっているので、そういった思考実験的な要素は一切排除されている。
如何にして打率の高い発言をしていくのか、如何にして作者の投げた変化球を芯で捉えるか、そこばかりが着目されている。
この結果が「解釈が多様に分かれる要素は見送っていくのが選球眼。考察を外すと恥ずかしいから」というフニャチン文化である。
マジで終わっている。
外れることを恐れていてはまともな考察なんて出来ない。
外れてもいいから議論を深めるために色々とブレストしてみせてこその考察だというのに。
作品と化学反応を起こすことが出来ず単にバラバラに作品をバラして「どや!完璧に解体したで!」とドヤ顔してるだけの連中などは作品を味わったとさえ言えないだろう。
五目チャーハンを五ツの食材に分解し終えてから徐ろにふんぞり返り「肉が少ないよね。原価率抑えすぎ」とほざいてるような奴らがやっているのはもはや考察でもなんでもないだろ。
感想未満のなにかだ。
「原作4巻のP120と原作7巻のP142からこの時このキャラクターが何をしていたのかが確定するのです」と時刻表ミステリーの解説をするような行為は分析でしかない。
20代前半の子がBBQをしたことがなく、会社入ったらそういう催しがあるかと思ってたのに飲み会すらなくて寂しいと言った
近所に手ぶらでいけるBBQ施設があるがお一人様お断りなので一緒に行ってほしいと言われ二人で休みの日に行った
クリスマスみたいなイルミネーションがあって私の知っているBBQとは全然違う空間で面白かった
旦那には事前に会社の若い子とBBQしてくると申告し、帰ってからもどんなだったか申告したら発狂
女数人で行ったと思い込んでいたらしく相手が男で二人だけだったのを、反対されないようにわざと隠したんだろと怒られた
その子のことはわりと話してて前に男なのも言っていて隠していないしこちらは40オーバーだからよからぬことが起きる余地皆無なんだが
シャレにならないぐらい旦那が怒って「相手と話したい、常識を教えたい」と連絡先を教えるよう執拗に言ってきた
40おばさんとBBQしたぐらいで40おじさんに説教されるとかトラウマになりそうなので死守した
「おっさんは自分をいつまでも若いままだと思って若い女と恋愛できると思ってる」みたいな言説を見てうちの旦那はそういうのなくて自覚あるわ〜と思ってたが
労働者がみんなAIやロボットに置換可能になって、人間は資本家だけしか必要なくなる
だって、AIが補佐じゃなくて、AIが主導でプログラミングとかタスク実行管理してくれるんなら、もう人間じゃん…😟
どうせロボットより人間の方が安いから、ブルーカラーの仕事だけ人間に残るディストピアになるんでしょ?
みたいな話もあるけど、いや、最近の中国とかマジで凄いから、そこ、静かにしてくださいよ、マジで
ロボットがどんどん安くなってるんですよ、日本のお家芸は産業用ロボットで富士山のふもとの黄色い会社が…、
なんて話がいつか吹き飛ぶと思ってる、いや、黄色い会社も産業用ロボットの次として射出成型機とかに乗り出してた気がするけど、
仮に、仮にですよ、汎用人型ロボットが激安で、人間の動作と遜色ないどころか、電気だけ与えてればいつまでもガンガン動くわけですよ、
もう人間いらないよ、最近は手術だってロボットがやるし、成績も悪くないみたいだし、
資本家だけが人間で、ロボットに命令するだけで終わり、ロボットとか設備投資する金はいるから、初期値の金は必要なので
でも、資本家が事業に失敗したら、金を失ったら、今度はガッツではい上がろうとしても、ガッツじゃ金の力に、ロボットに、物量に勝てない、はい上がれない
そうやって、資本家もどんどん貧しくなって、最終的には資本家もロボットやAIに置き換わって、
AIやロボットの資本家が事業を回して、決定して、消費者もロボットやAIに置き換わったりしてな…😟
大友の工事中止命令とかじゃないけど、ロボットが勝手に製造して、消費する街ができたりして、外壁で囲まれて、
外壁の外で人間が貧しくロボットやAIが製造したおこぼれを食べて生活するみたいになって、
多分、最後はラッダイトが起こって、ターミネーターみたいな激戦になって、人類が勝利するんだけど、やっぱり機械なしじゃ生きられないよぉ…、みたいになって繰り返し…😟
「既婚者の友達、すぐ旦那の許可とらなきゃとか旦那のご飯作らなきゃって言って誘い断ってくるから嫌い、ガキかよ」って言うの見たんだけど
それ嘘だから
そうやっていつまでもお子様気分の独身友達をあしらってるだけだから
ガキなのはそっちの方だよ
早く気づこうよ
100ページ超えエロ同人といえば225ページの『Saint foire Festival Richildis 総集編』だ
『Saint foire Festival』というシリーズのリチルディスちゃん編だ
このシリーズは「聖人を祝う日にキスをしたカップルは幸せになれる」という伝承のある中世ヨーロッパが舞台
少女たちはその日に想い人とキスをしたいと夢見るのだが、汚いおっさんにベロチューされて凌辱され恋心が木っ端微塵になるというのが恒例だ
リチルディスちゃんも、亡き父の従者である幼馴染の年上青年と幸せなキスをしたいと夢見ていた
しかし、両親を失ったあとで後継人になった叔父は金持ちの汚いおっさんにリチルディスを妻として差し出し、リチルディスは結婚式を迎えるよりも前にレイプされてしまう
結婚式は皮肉にも、リチルディスがキスすることを夢見ていた聖人の日に行われる予定だ
リチルディスちゃんは両親を失った時で心の成長が止まり、年頃の娘なのにいつまでも無垢で幼いままで閨の教育も受けていなかった
幼い恋心を大事にしていたのに、無知で行為の意味もよくわからないまま汚いおっさんに開発され種付けプレスを連日受けて精神がおかしくなっていく
ただ壮絶バッドエンドで終わるこのシリーズにおいて珍しく、最後はちょっとハッピー
そして作者は汚いおっさんによる凌辱ものばかり描いてきたが、リチルディスちゃんとイケメン青年の純愛が受けたせいか、以降はイケメンとのイチャラブ漫画が増えていき、おっさん凌辱好きには少し物足りない
おお!ありがとうございます。ようやく実証実験が始まる段階なんですね。
「キムタクみたいなイケネンに産まれてたら今頃ローランドみたいに稼ぎまくってたのになあ……」と同じこと言ってるって気づいてないんだろうな。
毒親から産まれても25で逃げ出して35にもなれば毒が抜けて自分の人生が始まるわけでさ、就活シーズンの頃に景気が悪かったことが20年後の自分の人生に与える影響って、とっくの昔に自分自身の選択が与えた影響を大きく下回っちゃってるんだよね。
そこが分かってない人たちしょーもなすぎるよ。
ましてやプログラマーみたいな実力さえあればどこにでも渡っていけるような業界で飯食ってるようなのがソレを言うのは終わってるね。
これが事務職みたいな最初に入り込んだ会社の格が人生に大きく影響するような職種ならまだ分かるんだけど、技術職の人間が資格を取るでも競技で結果出すでもなく延々愚痴ってるというのはどうなんかねえ。
私は野菜が大嫌いだ。
野菜なんか食べなくても大きくなれる。
現に、これまでの人生でまともに野菜を食べずとも生きてこられたのだ。
そう思っていたが、間違いだった。私は見てしまった。夕飯の準備をする母が、ハンバーグのひき肉に大量のすりおろし人参を混ぜているところを。カレーに大量の玉ねぎを混入する母の姿を。
私が今まで食べていたのはハンバーグではなかった。半分は人参だった。母の愛情のこもったカレーは、具として入っているのも含めると1/3は玉ねぎでできていた。
野菜を食べずとも大きくなれたのではない。母が私にバレないように大量のすりおろし野菜を仕込んでいたから、野菜を食べずとも大きくなれたのだと思い込んでいたのだ。
私は春から大学生になる。いずれは一人暮らしもする。いつまでも母がすりおろし野菜を入れてくれるわけではない。
私は野菜嫌いを克服することを誓った。大人になってから今までの習慣や癖などを直すのは困難だと言う。好き嫌いを直すチャンスも、ギリギリ10代である今が最後だろう。
あるとき、駅の構内にある喫茶店でパスタプレートを注文した。店内はオレンジ色がかった照明と、オシャレな音楽がかかっていて落ち着いた雰囲気。この落ち着いた大人のムード漂う空間ならば、野菜嫌いな子供の自分を克服できるかもしれない。
パスタプレートには、小さいサラダが一緒についてくる。緑の葉っぱの中に、なんか紫っぽい葉っぱと赤い玉ねぎみたいなのが入っている。植物なのに色がサイケデリック。勇気を振り絞って口に運んでみる。
シャキシャキ感がすごい。すごい苦い。水分がすごい。あとかかってるドレッシングが酸っぱい。ただただまずい。
小学校の担任に「野菜も食べろ」と言われて口に入れたものの飲み込めず、こっそりトイレで吐いた記憶が蘇る。
吐くことはなかったものの、全然だめだった。この時気がついたが、私は野菜を「食べ物」「料理」ではなく、完全に「植物」「葉っぱ」と認識しているっぽい。
新鮮な葉物野菜を噛んだ時のシャキシャキした感触が、中学生の頃顕微鏡で見た、植物の細胞壁の四角形を想起させてしまってダメだ。