はてなキーワード: おもちゃとは
最近の件を見ていて、ちょっとよく分からなくなったことがある。
というのも、これまでネットでは「犯罪歴のある人の社会復帰」という話が出るたびに、だいたいかなり冷たい反応が普通だったと思うからだ。
元ヤクザが「社会の目が厳しい」と言えば自業自得だと突き放されるし、薬の売人が一生肩身の狭い思いをするのは当然だと言われる。
性犯罪者にはGPSを付けろという声が当たり前のように飛び交うし、少年犯罪者なんて、しばらくネットのおもちゃみたいに扱われることも珍しくない。
炎上した人間を、地の果てまで追い詰める勢いで叩くのも、ネットではよく見る光景だった。
ところが今回に限って、急に「犯罪者の社会復帰は必要だ」とか「更生の機会は社会が与えるべきだ」とか、どこかリベラルな調子の言葉があちこちから聞こえてくる。
社会復帰の機会が必要だという考え方自体は、特に珍しいものでもない。
ただ正直に言うと、少し引っかかる。
あれ、そんなこと今まで言ってましたっけ?
という違和感だ。
これまでの話と今回の件で何が違うのかを考えると、結論はたぶんかなり単純なところにある気がする。
聞いた話では、その人の漫画が人気だったらしい。(恥ずかしながら自分は読んだことがないけれど)
つまり、かなり身も蓋もない言い方をすると、
「面白い漫画が読めるなら、その作者が過去に何をしていようが関係ない」
という気持ちがまず最初にある、ということなんじゃないだろうか。
言い換えるなら
たぶん、そういう感情だ。
好きな作品を守りたい。
そう思うのは普通のことだ。
ただ、その気持ちを正当化するために、急に「犯罪者の社会復帰」という立派な看板を持ち出すのは、少し雑なんじゃないかとも思う。
もし本当にその立場を取るなら、これから先、元ヤクザや性犯罪者や、過去に炎上した人たちの社会復帰についても、同じように一貫して擁護することになるはずだからだ。
でも、ネットのこれまでの空気を見る限り、たぶんそうはならない。
元ヤクザが「社会の目が冷たい」と言えば、また自業自得だと突き放されるだろうし、昔炎上した人が普通に幸せな生活を送っていたら、「許されるわけないだろ」という声が出てくるはずだ。
その時にはきっと、「犯罪者の社会復帰」なんて言葉はどこにも出てこない。
ここまで書いていて、少し皮肉だなと思ったのは別の点だ。
はてなブックマークという場所は、普段かなり鋭く「ポジショントーク」や「ダブルスタンダード」を見抜く場所だという印象がある。
立場によって原則を使い分ける議論とか、きれいごとを都合よく振り回す論法とか、そういうものにはかなり厳しい。
そして同時に、普段は「リベラルのきれいごと」を散々からかう場所でもある。
だからこそ今回の流れを見ていると、ちょっと不思議な感じがする。
というのも、今回見かける議論の形って、
普段はてなーが批判している“リベラル的な議論の構図”とかなり似ているようにも見えるからだ。
そういう議論を、これまで散々「ポジショントーク」と呼んできたんじゃなかっただろうか。
ただ、それならそれで
で終わらせたほうが、むしろよほど誠実なんじゃないかとも思う。
ただ、この話をどう整理するのが一番筋が通っているのかは、正直まだよく分からない。
それとも
人気作品の作者という例外的なケースだから成立している話なのか。
もし前者なら、元ヤクザや性犯罪者や過去に炎上した人たちの社会復帰にも同じように適用されるはずだし、
もし後者なら、それはそれで「原則」というより単に例外扱いということになる。
このあたりをどう考えるのが一番筋が通っているのか、正直まだよく分からない。
小学生の時は甘いものを禁止していた。だけど決めていたことが一つだけあってそれは
「誕生日の時だけラッキーサイダーを買う」ってこと。そもそもラッキーサイダーってなに?って思うかもしれないけど要はイルカが描かれたサイダーだよ。誕生日になると人の少なくなった夜のスーパーの飲料売り場からラッキーサイダーを見つけて母親の買い物カゴに入れる。お菓子売り場には色とりどりの綺麗なお菓子、大きなキャンディ、おもちゃが付いたお菓子どれも素敵だった。
だから誕生日だからいいよねって思っていくつか買ってしまったのだ。
5年生辺りからいじめが始まった。私はなぜかウイルス扱いされて誰も手を繋いでくれなくなった
飛び降りたくなる時もあった。
だけど誕生日までは、誕生日まではどうにか頑張っていたけど、ある日、学校から帰るなりランドセルを背負ったまま泣いてしまったの。
「誕生日じゃないのにいいの?」と聞いたら
「今はいいんだよ」と母さんは言った
あのスーパーも綺麗なお家になった。
だけど今でもスーパーの飲料売り場に行くとあの頃のようにラッキーサイダーを探してしまう
誕生日でもないのに
要約:スレ主の主張通り「友人の体験談」なら他人の体験を簒奪して戦争被災者になりきって自己陶酔する卑劣漢だし、完全な釣りなら実在の戦争をオモチャにするゲス野郎だと思います。
ボスニアでの戦争中の残虐行為を知りたいなら佐原徹哉『ボスニア内戦』、凄惨な戦場を体験した子どもの話を知りたいならヤスミンコ・ハリロビッチ『ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992-1995』を読んでほしいです。
ボスニア紛争の体験者を騙ったVIP のスレッド「戦争の体験談を語るわ」が16年ぶりにバズっていて、はらわたが煮えくり返るくらい怒っている。
スレ主が創作をゲロった後の「留学先で出会った「彼」の体験談」だという弁明が事実かどうかはひとまず置いておいても、このスレの後半の流れを読めば、こんなクソスレに感動したり「名作」「出来が良い」と褒めたりしてる場合じゃないと思うのですが。
ボスニア紛争って、当たり前だけど実在した戦争で、カリノヴィクやフォチャやゴラジュデも実在する町で、戦争に関わった人たちや被害を受けた人たちは実在するわけじゃないですか。なんでその体験者を騙れたのか、あまつさえその体験で今も苦しんでいる当事者かのように装えたのか、その神経がわかりません。 スレ主は最後まで読んでもらうためだったとかなんとかうだうだ言い訳しているけど、言い訳しようのない卑劣な行為だと増田は思います。
実在のできごとをもとにした創作なら、最初から創作と明示したうえで、当時流行ってたやる夫スレなんかの形でやるならわかるんですよ。「戦争を題材にしたフィクション実際に起きた戦争を含めて、実話をもとにしたフィクション」なんて世に数多あるんだし、創作だとわかってても「考えるきっかけ」になるものだって多いしね。
仮に本当に知人の体験談なら、最初からそう明示すればよかったと思うんですよ。なんで数日間にわたって自分が戦争被災者になりきってんの? このスレに肯定的な評価をしてる人たちは、これがもっと自分に身近な事件を題材にした釣りだったとしても「考えさせられるきっかけになったから良い」なんて言えますか?
たとえば「性的虐待の体験談を語るわ」というスレで、自分は◯年前にA県B市に住んでて、C学校に通ってて、D、Eという友達がいて……と詳細に身の上を述べたうえで、被害の苦しみやおぞましい虐待の詳細なんかをショッキングな描写とともに感情たっぷりに語って、ストーリー上のドラマティックな山場を用意して、途中「書くのがつらい」なんて吐露したりもして、しばらくしてから「実は自分が被害を受けたのではなく、友人に託された体験記の転載でした。ドラマティックな場面は創作です」「性的虐待の恐ろしさを考えるきっかけにしてほしい」なんて言い出したら?
たとえば「震災の体験談を語るわ」というスレで、自分は福島県〇〇町に住んでいたと言いながら津波のショッキングな描写、友人の死、原発事故による避難、避難所での軋轢、その他ドラマティックな山場がモリモリのストーリーを臨場感たっぷりに自分の体験のように語って、語り手自身もPTSDになってるかのように仄めかして自死を匂わせておいて、挙げ句の果てに「フェイク入りの友人の体験談です、自分は被災者じゃありません」「被災地に想いを馳せてほしい」なんて言い出したら?
「勉強になった」「釣りかどうかなんてどうでもいい」なんて言えますか? 増田はそうは言えません。
「他人の凄惨な体験を自分ごとのように騙って、ただでさえ悲惨なできごとをドラマティックに脚色して自己陶酔して、何様のつもりだよ?」「実在する事件や被害者たちをおもちゃにしているのか?」「自分が注目を集めるために、事件を利用しているのか?」って思います……。
そしてもしも「知人の体験談」というとってつけたような弁明すら嘘で完全な釣りだったら、このなりきりはVIPで自分(あるいは自分が執筆したフィクション体験記)に注目を集めるために実在の戦争を利用するという、さらに卑劣な行為だと思います。
こんな自己陶酔たっぷりの騙りを挟むまでもなく、ボスニア紛争が悲惨なものであったことは疑いようがないし、その事実を広めたいと言うなら、仮に媒体を2ちゃんに限っても、もっとマシな方法はいくらでもあった。「きっかけになる」からってこんな騙りを許すのは、「『正しい目的』のためならどんなやり方で注目を集めてもいい、創作を実話と偽ってばら撒いたっていい」って言ってるのとそんなに違わないんじゃないですか?
とはいえ、こんな卑劣なやり方でバズったスレで「知るきっかけ」が得られたって人もたしかにいるでしょう。そういう人には、ぜひこんな騙りを超えて、事実をまとめた本や本当の体験記から情報を得てほしい。
ボスニア紛争の経緯や虐殺について知りたい人は、佐原徹哉『ボスニア内戦』(ちくま学芸文庫)を読んでほしい。2010年当時でも読めたけど、最近文庫化して入手しやすくなりました。Kindleもあります(https://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B0FX8RXJZP/)。
ボスニア戦争を経験した子どもたちの証言集としては、2015年に角田光代さんが訳した、ヤスミンコ・ハリロビッチ『ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992-1995』(集英社インターナショナル)という本があります。ハリロビッチさんは1988年生まれで、自身がサラエボ包囲のサバイバーで、同じ立場の(元)子どもたちの証言を集めた本。
どちらも読み進めるのがつらくなるような内容は多いけど、ボスニア紛争やその体験者(とくに子どもたち)に興味を持った人は手にとって損はないはず。
以下憶測多めの蛇足。増田は、友人の体験談の原稿の翻訳がベースだというのもかなり怪しいと思っている。書かれたものを訳したはずなのに、「外国人が耳で音だけ聞いた単語をカナに直したような表記」と、「スペルだけ知ってて音を知らない単語をカナに直したような表記」が入り混じっているし、「実在した」と挙げられている登場人物の名前にボシュニャク人・セルビア人・クロアチア人にしてはかなり珍しいであろう名前が複数あるから。
①「スルツキ」という表記。おそらく現地語の「srpski」のことだろうけど、この単語は普通日本語だと「スルプスキ」と書かれるし、「スルツキ」という表記はありえない(2010年当時の機械翻訳にかけてもありえないだろう)。ただ、Wiktionaryで発音を聞くと、スペルを知ることなく耳で音だけ聞いたら「スルツキ」にも聞こえうるのはわかる。https://en.wiktionary.org/wiki/srpski
しかしスレ主の言い分では、英語で書かれた友人(父親がボシュニャク人、母親が日本人)の体験記を訳したのだという。長大な原稿を英語から日本語に訳せる語学能力のある人が、渡された原稿に「srpski」と書かれているのを「スルツキ」とカナ表記するだろうか? 他の2民族を指すときの言葉(フルヴァツキ=hrvatski、ボシュニャチ=Bošnjaci)は正しくカタカナにしているのに、なぜsrpskiは「音だけ聞いて、スペルを知らない」かのようなカナ表記なのか?
もっと言えば、「スルプスカ」(srpska)はちゃんと「スルプスカ」と正しく表記しているんですよね。同じ単語(の女性形)なんだけど……。
なぜこんな表記なのかはわからない。あえて拙さを演出したのではないかと思うけど、そうだとしたら英語で書かれた体験記を訳したという後半の弁明とは辻褄が合わない。
②「カミーユ」という名前。いや、これフランス語Camilleですよね? フランスにルーツがあるわけでもないボスニア現地の人で、「カミーユ」という名前の人を見たことがない……。
現地語のカミル(Kamil)という男性名ならありえるが、これを「カミーユ」と聞き取るだろうか?
それに、スレ主が最後に「実在人物」として挙げているスペルはKamilではなくCamil(現地語読みならツァミル)。ツァミルという名前はあまり聞いたことがないが、英語の体験記から訳したとしたら、スペルが近いĆamil(チャミル)という男性名がいちばんありえるだろうな。でも、「ツァミル」や「チャミル」を「カミーユ」と聞き取るとは思えない。
これは、最大限好意的に見れば「スルツキ」とは逆に、「文字で見た単語を、スペルに引きずられて違う音でカナ表記した」ように見える。そうでなければ、スレ主がボスニアらしい名前を創作したときに、うっかりフランス語の名前を混ぜてしまったというところだろうか。
③サニャとカミーユの名字。Googleでいろいろと検索しても、旧ユーゴどころかスラヴ系のEdu姓の人が見つからなかった。カミーユのTrpkovaという姓も不思議。北マケドニアの女性ならわかるけど、ボシュニャク人の男性でそんな姓になることがあるだろうか……。
【3/2追記】読み直したら意図が伝わりにくい書き方のところがあったので、修正しました。増田の怒りの発端は「自分自身が体験者かのように装ったこと」「創作を実話と騙ったこと」にあります。だから、このスレは大河ドラマや朝ドラや火垂るの墓など「実話をもとにしたフィクションと明示されている作品」とはまったく別の話だと思っているよ。「ドキュメンタリー映画しか許せないのか」という反応があったけど、その比喩に沿うならこのスレはむしろ「ドキュメンタリーだと謳っていたのに実はフィクションだった」とか「ドキュメンタリーに「当時の体験を証言する」と言って出演した人が後から「あれは自分の体験じゃない」と言い出した」みたいな事例ですよね。
id:cloverstudioceo 「クロアチア在住のもんですが、スルツキはsrpskiだったのね。でもそれはセルビア語で、セルビア人はSrbin. あと、ボスニア人はBosanac(男性単数) Bosanci(複数) だよw Bošnjaciなんて聞いたことねー。」
→おっしゃる通り、srpskiは「セルビアの、セルビア人の」という形容詞ですね。srpski jezikは「セルビア語」、srpski narodは「セルビア民族」。hrvatskiも形容詞で、名詞の「クロアチア人」はHrvat。Bošnjaciは名詞「ボシュニャク人(Bošnjak)」の複数形です(https://en.wiktionary.org/wiki/Bo%C5%A1njaci)、調べてみたらたくさん用例が出てくると思います。Bosanac(Bosanci)は民族にかかわらず「ボスニア国民」という意味での「ボスニア人」を指します。
15時。川を眺めに多摩川へ。快晴だけど地平線に近い空はかなり薄汚れた青という感じ。風は肌寒い。
川に向かって歩いていると、目の前を真っ黒な鳥(明らかにカラスではない)が優雅に通過していった。大きさもフォルムも白鳥っぽく、嘴の根元あたりにオレンジ色が入っている、という特徴から調べるとそれはカワウさんだった。おお、初めて見た!あれがカワウさんか!
川のそばは羽虫が多くて塊みたいなのもうじゃうじゃあって、近づきたくないし長居したくない感じがした。ああそうだ、これが嫌だから川にはあまり訪れないのだったと思い出した。ちょっと離れた場所から眺めることにした。
川の幅はだいたい400メートルといったところか、その中央にカモ(たぶんカルガモさん)がたくさんいた。数はざっと40羽以上。水のかからないコンクリートの陸地に8羽くらいが集団になってくつろいでいた。
中洲にサギっぽいのが、腰を屈めた老人みたいな姿勢で川を眺めるように佇んでいた。羽に灰色と黒が見えるからコサギさんじゃなくてアオサギさんのようだ。
手前に目をやるとセキレイっぽいのが水を飲んでいた。お馴染みのハクセキレイさんに酷似しているが背中が真っ黒なので、おそらくこれはセグロセキレイさんのようだ。鳴き声が「ピピーピョピョピョ」だった。
カモたちがいる中央付近をぼんやり眺めていると、全身が黒くて顔の真ん中が白い鳥が2羽、「クァ!」とラッパのおもちゃの中間みたいな声で鳴きながら互いに近づいて、頭をごっつんこして合流して、向こうのほうに進んで行った。全身が黒いってことは…オオバンさんなのか?調べてみると確かにオオバンさんだった。おお!だとしたら、さっきまでカモだと思っていた集団のいくつかはオオバンさんだったのかもしれない。遠くにいるから肉眼ではわからないが。
YouTubeでさえずりとかを調べている最中、おすすめに出てきたadoのビバリウムという曲が17時間前で220万再生になっていて驚いた。本人史上初の実写MVらしい。なるほど。
16時17分。突然南の方からカモの集団がバサバサバサ!と飛んでやってきて、あっという間に100羽はくだらない数になった。すご!ヒナみたいな小さいのもいた。
よく見るとアイガモともオオバンとも明らかに種類が違う、顔の後ろの方が赤っぽいカモがいた。調べるとヒドリガモさんのオスのようだ。
https://www.city.komae.tokyo.jp/index.cfm/45,1244,348,2092,html
・危険なことをしたとき(しようとしてるとき)は、具体的に何がどう危ないのか伝えるとそれはやらない
・親の注意を引こうとしてやる度が過ぎた遊びは、笑ったりせず一度目を合わせたあと逸らして反応しない(でいるとやめる)
こんな感じで切り抜けてるんだけど、ずっとこんな感じで切り抜けてるせい?で、"叱る"流れへの持っていき方がわからない
親側もある程度は叱り慣れてないと肝心な時に腑抜けた話しかできない不甲斐ない親になっちゃうよ・・・とわかっているのに叱れない
子は子で叱られることに対する耐性がつかないのは将来大変かもなーと思う。
ビシッと叱れる親ってすごい
(追記)
※他人への迷惑行為に対する代替行為の例=子供が霧吹きにハマっているのですが、人の顔にかけたがるときはカーテン、手のひら、自分(子)の服あたりにかけることを提案すると呑んでくれます。
いろんな意見をありがとうございます。
同学年くらいの親御さんたちのビシッ!感を見て、自分は甘やかしすぎなのかも?と不安がってたんですが、基本まだ叱るようなことをする時期じゃないんですね。
みなさんが口をそろえて2歳終盤~3歳以降と言っているので覚悟して待ちます。
そして、いい子だねと言ってくれた方々もありがとうございます。そうなんです・・・!
とはいえ、好奇心より警戒心が強い気質の子だからというのも理由にありそうです。2歳なのに安心・安全・安定が好きっぽくて・・・。
イヤイヤも常識の範疇というか、自分で靴履きたい!みたいなわかりやすいものしかないので、いいよ~と答えて終わりです。
ここから3歳にかけてどんどん変わっていくのかな。
「叱る依存が止まらない」を薦めてくださった方もありがとうございます。
聞いたことあるな~と調べてみたら3年前に読んでいた記録がありました。叱り続けていると叱る(怒る)ための理由を探すようになっていく、という話だったように記憶していますが、違っていたらすみません。当時はなんのこっちゃだったことも今ならもっと自分事として捉えられそうなので、また時間を見つけて読んでみようと思います。
(追記2)
コメントを読んでるとほぼ肯定的な意見(ありがとうございます)で、第三者から見ると順調な子育てしてるっぽいのに何で「うちの子すごい!」「私の育児法うまくいってる!」になれないのか週末考えてたんですが、たぶん「イヤイヤ期なのに聞き分けがいいのは自分が子供を"いい子"でいるよう無意識に抑圧してしまっているからではないか…?」という不安がぬぐいきれないからなのかもしれないという結論にたどり着きました。「反抗期が来ないほうが問題」的な。家庭内のことってブラックボックスだから自分の対応が正しい?のか常に考えちゃうよ~~~。でもうちもそうだった、みたいな方もちらほらいたのでかなり心が楽になりました。ありがとうございます。不安は吐露してみるもんだ。
・言葉が通じない時期はどうしてたのか
開けてほしくないところを開けて!と言われたりした場合は「ここは開かないよ~」という小芝居でしのぎました。そういえば今も開かないものと思ってるかも。シンク下とか。
そもそも基本親が触れない得体のしれないもの(埃、電源コード他)には目もくれず、いつも遊んでるおもちゃか手足しか口に入れない子だったので当時何が何でも止めなきゃいけない場面は少なかったかもしれません。本当に子どもの特性に感謝だ。
去年辺りから永久に燃え続けているコスプレイヤーさんについて、流れてくる情報を断片的に斜め読みしかしてないから確かなことは言えないけど、私の元嫁に似てるなぁと思った。
あのタイプの人、どんなに分かりやすく話しても、自分に非があることをどうしても理解出来ない。認めたくないのではなく、本気で相手が自分を攻撃してきていると思っているのである。
彼らは「私が悲しい気持ちになったらすべて傷つけた方が悪い」とプログラミングされているので、話の視点を変えたり例え話をすると、話の筋道や道中の理解は出来たとしても、自分が根本の原因にあるという結論にはたどり着けない。
むしろ核心に迫るにつれて、自分が悪者にされているという思いが増幅し(悪者なんだけど)、傷ついたからお前が悪いという結論にいたってしまう。
またこのタイプの人は、「他人には信念や想いがある(=自分の思った通りには動かない)」ということも理解出来ていないので、意図しない動きをした他人もターゲットとなってしまう。故にトラブルが絶えない。
ネットで一生懸命おもちゃとして叩いている人たちには、いい加減気づいていただきたい。どれだけ叩いてもホコリは出てこないし、同じ回答を繰り返すだけなのである。むしろ叩き続けることでどんどん火の粉が舞って、コスプレ界隈は縛りだらけになってしまうと思う。
これもまた本当かどうか知らないが、彼女は毒親育ちだったという。元嫁もまたそうだった。恐らく子供の頃に「あなたが悪い」と言われ続けた結果、編み出したのがこの逃避行動なのだと思う。
まあ、だからといってこの性格の人を許せるかと言われると、許せない。
意見がぶつかったとして、「すり合わせ」「あいこ」のような大人な対応を心がけても、その概念がないので全く平行線で進まず、しまいには都合のいいように解釈して相手が悪いことに仕立て上げる。
例として、私が元嫁に貸していた金も、勝手に慰謝料として解釈されて持ち逃げされている(ちなみに法的根拠は全くない)。もし事故の神様が居るのなら、マンションの上から降ってきた花瓶にぶち当たって死ぬくらいの無様な死に様を見せてほしい。
例の彼女も実際トラブルメーカーなので、被害を食らった人たちがこのような死に様を願っている可能性があるということを、彼女には心に留めてほしい。聞かないと思うけど。
年収三百万円台でヘロヘロ黒ティーシャツでデートに来る小太り料理下手女が、仮交際中に相手の家近くに転職して、年収二千万の男にふられ、転職までしたのにふざけんなと嘆いたら、モンスターとしてネットのおもちゃになるだけだ。
これが本心
そしてそれが反感を買ってるってことに気づこうや
スリムクラブはこれが男女逆ならというが、年収三百万円台でヘロヘロ黒ティーシャツでデートに来る小太り料理下手女が、仮交際中に相手の家近くに転職して、年収二千万の男にふられ、転職までしたのにふざけんなと嘆いたら、モンスターとしてネットのおもちゃになるだけだ。
ならないぞ
実数なんて甘えだ。なぜなら、弦の振動を通常の距離 |x| ではなく、p進ノルム |x|ₚ で測る世界を考えてしまったからだ。
p進ノルムの定義はこうだ。
|x|ₚ = p⁻ᵛᵖ(x)
ここで vₚ(x) は p で何回割れるかを示す評価。つまり距離とはどれだけ割り切れるかだ。
通常の距離はどれだけ離れているか。p進距離はどれだけ同じ素数の魂を共有しているか。
S ≈ ∫ d²σ (∂X)²
でもp進弦理論ではワールドシートが連続体ではない。それはツリーだ。無限に枝分かれするブルアツキー–チッツ木。
連続な世界面?そんなものは存在しない。弦は木の上で跳ね回る。
散乱振幅はなんと、
Aₚ ∼ Γₚ(a)Γₚ(b)/Γₚ(a+b)
ここで Γₚ はp進ガンマ関数。実数ガンマ関数?可愛いおもちゃだ。
境界付き多様体の∞-圏が、完全双対可能対象の対称モノイド∞-n圏と同値だと? バエズが喜び、ルーリーが証明し、僕が頭痛になる。
コボルディズム仮説は本質的に、n次元TQFTは対象Xが完全双対可能であることと同値と言っている。
完全双対可能とは何か?評価と共評価があり、ジグザグ恒等式が満たされる。
しかしこれは1-圏の話。∞-圏では、恒等式はもはや等号ではない。高次ホモトピーで一致する。
ワールドシートがブルアツキー木。そのコボルディズム圏を考える。
p^(−□/2) T = Tᵖ
ここで □ はラプラシアン。しかしこれは通常のラプラシアンではなく、非局所演算子。
S ∼ ∫ T p^(−□/2) T + T^{p+1}
非局所 × p進 × ∞圏。
スリムクラブがノンフィクション婚活回の相手女性をゴルゴに依頼して暗殺したいとポストした。
https://x.com/i/status/2024469230452953563
ザ•ノンフィクションのさ、婚活のやつ観ました?妻に勧められて観たんですが、結婚したい男性に、相手の女性が、結婚の条件に転職を願いました。男性はやっと勤める事が出来た職場を、その女性のために転職しました。そしていよいよ交際かとなった瞬間、女性は男性に
私は間違ってますか?
いろいろ間違っているが、まず相手女性は彼に転職を願っていない。
なぜか勘違いして女を叩く男だらけだったが、相手女性は「土日が休みだったら良かったのに」「年収がひっかかる」と結婚相談所に伝えただけ。
その前のデートに彼女はフォーマルなのに対して、彼はヘロヘロな半袖黒シャツでジャケットすら着ない、髪型も1000円カット丸出しでダサい、額に汗で髪が貼り付いている等、彼女が好きと言う割には身だしなみ等全く努力しない、ありのままで受け入れて欲しい態度が嫌だと、結婚相談所の人曰く、彼女は頑張ってきてて、そういう生き方をしてないから許せないのよねと、彼に許せないレベルの、かなりの悪印象を持っているのも伝えてある。
仮交際中の2回ほどのデートでかなり無いと思われてるのが伝わる。
彼の年収は彼女の六分の一、大学時代に大病をしていて今後の健康に不安もある。
彼が結婚で相手女性に利益を与えられるとしたら、人となりの良さだが、今回の相手にとってかなり合わない性格をしていた。
素直さも美点だが、過剰にペコペコして流される自信のなさが前面に出てしまっていた。
あとは家事能力だ、彼も家事は全部やると売り込んでいたが、彼女に野菜がないかなり不味そうなミートボールパスタ写真を自作のご飯として送っており、アラフォーでスタイルのいい女性が絶対に食べてるわけがない食事で、料理は任せられそうもなく、家事スキルが低すぎで、売りにならない。
彼は相手より10歳若かったが、アラフォー女性からしたら子供が作りたい婚活でもないので意味がない。
目鼻立ちは良かったので病気をする前の運動部時代はモテたかもしれない、痩せて肌の手入れをしてオシャレをしたら光りそうだったが、磨いてなくて小太りなので意味がない。
かなり無理そうだったのに、テレビが入ってるからかはりきった担当者が「転職するくらいのやる気を見せないと無理」と転職に向けて背中を押してしまった。
彼は素直に訪問介護に転職し、髪型や服も整えここまでやったのだから結婚できると思い込んでる感じで、相手女性の住居付近の職場を見つけたとウキウキしていた。
仮交際はデートをしながらお互いを知るお友達の期間で、お互い3人まで同時に交際出来るのだが、その段階でここまでやってしまった。
そして相手女性は他の男性から真剣交際を申し込まれOKし、真剣交際は一対一で付き合わなければならないので彼はお断りされた。
彼は転職までしたのにふざけんなよと嘆いた。
しかも訪問介護に向かう途中で事故り顔がボコボコになり踏んだり蹴ったりで終わった。
番組を見た男達が怒り、ネットで相手女性叩きが巻き起こり、相手女性は普通に婚活やっただけ、仮交際で転職までするのは怖いと、女からの反論も起こり落ち着いた所に、スリムクラブがまた油を注いだ感じだ。
男性は素直で気の毒なので、テレビ見た人から申し込み来るかもだし、幸せになればいいねーとは思ったが、なんで相手女性にここまでヘイトが向くのか意味がわからない。
スリムクラブはこれが男女逆ならというが、年収三百万円台でヘロヘロ黒ティーシャツでデートに来る小太り料理下手女が、仮交際中に相手の家近くに転職して、年収二千万の男にふられ、転職までしたのにふざけんなと嘆いたら、モンスターとしてネットのおもちゃになるだけだ。
https://x.com/_moria_moria_/status/2025133716478329101?s=46
4枚目の写真、バイト先で困るからうわー......と思ってしまったし、引用があるあるだらけで頭を抱えてしまった。
子ども向けに教える習い事の教室で働いているけど、汚れる可能が高い内容なのにドレスで来ちゃう子が本当にいる。
好きな色の服を着ても良いけど外に行くからドレスはやめようとか、ぬいぐるみは連れて行かないよとか、親が荷物持つ持たない以前に外に行く前に止めるんだよ。引用に幼稚園行くのにぬいぐるみ持って〜と書いている人もいるが、ほぼ毎日のことなのになぜ阻止しないのだろうか?
ディズニーのような特別なお出かけの場合、ドレス姿で親が荷物持ちになるのも微笑ましいが、日常でTPOをわきまえない服と関係のない持ち物を許可する親は何を考えているのだろうか?
どこでもドレス×おしゃべりが得意な社交的タイプの子は全て自分の思い通りになると思っている場合が多く指導が難しい。これは今日はできないよ、これは危ないからやらないよと話しても永遠に駄々をこね繰り返しまくる傾向にある。幼稚園〜低学年向けなので最後まで見届けることはできないが、こういう子たちはいつTPOを学ぶのだろうかといつも疑問に思っている。
後々トラブルになるのでドレスは来てこない、長い髪は結ぶ(子どもがハサミを扱う)、習い事に関係ないものを持っていかない、どうしても持って行きたい場合は小さいものにしてバックから出さないと徹底してほしい。付き添いのぬいぐるみを我慢してお教室に来た子が「ママがおもちゃは持っていかないよって言ってたよ。」と呟く時、「あなたのママが合ってるよ、我慢できたね」と言いたい気持ちを必死で抑えている。いまだになんと言ったら良いかわからない。万年赤字の小規模教室ではどんな親もお客様だし、私は所詮バイトなので。
丹念に丹念にdorawiiに出て行けと言葉でも言外でも伝え続ける
本当に居なくなるまでずっと続ける
それが俺のやりたいこと
別に出て行かなくてもかまわない
それはそれでおもちゃが壊れていく様を見届けるだけなので
丹念に丹念にdorawiiに出て行けと言葉でも言外でも伝え続ける
本当に居なくなるまでずっと続ける
それが俺のやりたいこと
別に出て行かなくてもかまわない
それはそれでおもちゃが壊れていく様を見届けるだけなので