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「良心」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 良心とは

2026-03-06

「クソデカ主語警察」が心の底から嫌いという話

クソデカ主語警察とは

Twitter(現X)には「クソデカ主語警察」なる存在がいる。クソデカ主語警察というのは何かというと、ある文章主語が指す集合が大きい場合にどこからともなく湧き出てきて「主語がクソデカですよw」などのリプを残していく存在である。そして、このリプには「主語がクソデカですよ(なので、あなた発言は間違っていますよ)」という含意がある。例えば、「女性は〜なとき暴力的である」といったツイート炎上していると、決まってリプ欄(あるいは引用欄)には、こういったクソデカ主語警察が湧いて出てきて、毎度のごとく論破芸を披露してくれるのだ。

そして、私はこのクソデカ主語警察が本当に嫌いだし、この世から消えて欲しいとさえ思っている。正直、台所の隙間から這い出てくる黒い虫よりも嫌いだ。見た瞬間に全身の毛が逆立つレベル。ただ、誤解のないように予め述べておくと、私自身はこうした主語の大きい発言をすることはほとんどない(ではどういうときにするか、ということは後述する)。むしろ、「女性は〜である」のような、ジェンダーバイアスを明確に再生産する言説が蔓延っている現状には、正直かなり辟易しているし、こうした不健全な状況は是正していくべきだとさえ思っている。にもかかわらず、では何故そんな私がクソデカ主語警察が嫌いなのか。

クソデカ主語警察が嫌いな理由を先に述べておくと、まったく問題本質を捉えられていないくせに、紋切り型の指摘を繰り返して、問題所在不明確にするからである。このことについて以下で詳細に述べる。

クソデカ主語警察の何が問題

クソデカ主語警察害悪であることを話す前に、そもそもクソデカ構文とは何かについて確認しておこう。

クソデカ構文には当然ながらアカデミック定義存在しないので、ここではさしあたり「主語がある属性を指す文」としておく。この定義にも異論はあるだろうが、暫定的定義なので一旦受け入れてほしい。例えば「リンゴは赤い」とか「インターネットはクソ」とか「日本オワコン」とか、そういう文のことだ。

さて、我々は実はこうしたクソデカ構文というもの日常的に用いている。例えば「リンゴは赤い」という文章は、日常的な文脈使用される場面が想像できるだろう。友達と会話をしているとき相手が「リンゴは赤い」と言ったとして、我々は別に何の問題もなくそれを受け入れるはずだ。逆にそこで「いやいや、主語がでかいですよw青いリンゴもありますからw」などと言おうものなら、LINEブロックされ、あなたの表示名は「クソデカ主語警察」に変更され、そしてあなただけのいないLINEグループで一生そのことをいじられ続けるだろう。

これは何故だろうか? つまり、何故クソデカ構文に対して「それは違う。◯◯なものもある」という反論妥当ではない場合があるのだろうか。これに回答するためには、そもそもクソデカ構文という文章がどういう性質のものかを明らかにしておく必要がある。小々専門的な話題になり恐縮だが、「◯◯は〜〜である」という形式文章は、「すべての◯◯は〜〜である」という全称命題解釈と、「◯◯は典型的には〜〜である」という総称文の2通りの解釈があり得る。前者の典型的な例は数学命題だろう。例えば「2以上の素数奇数である」という文章は通常「2以上のすべての素数」として読まれる。後者典型的な例は統計的文章だが、性質を表す日常的な文にも見られる。例えば「犬は吠える」という文章は通常「犬は典型的には吠えるという性質をもっている」として読まれる。そして、全称命題総称文の両者には、ある重大な違いがある。それは、全称命題解釈場合には反例が一つでも見つかれば元の文が誤っていると言うことができるが、後者場合にはそうではない、ということだ。「2以上の素数」かつ「奇数ではないもの」はもしもあったとしたら、先ほどの数学命題は一気に誤りになる。他方、「犬」かつ「吠えない」ような存在がいたとしても(そして実際にいるのだが)、そのことは「犬は吠える」という総称文をただちに誤りにはしない。これは「犬は吠える」という文章意味するところが、「典型的な犬」についてに文だからであり、根本的に例外を認めているからだからだ。先ほどの「リンゴは赤い」の例で言えば、この文は「典型的にはリンゴは赤い」という意味であって、青いリンゴのような存在は初めから想定しているのである。クソデカ主語警察は、このような総称文を勝手全称命題に都合良く読み替えることで、いわば藁人形を叩いているのである

おそらく、クソデカ主語警察からは「全称命題であるかのように話すのが悪い」といった反論が飛んでくるだろう。これにも反論しておく。我々がコミュニケーションを行う際には、我々は通常「必要な量の情報だけを話す」という量の格率に従っている。これは円滑なコミュニケーションのために我々が従っているルールのうちの一つとされている。クソデカ主語警察検閲に引っかからないように発話をしようとすると「​私がこれまでに観測した範囲内、かつ統計的有意と思われるデータ、および社会通念上の傾向を鑑みると、リンゴのうちかなりの割合リンゴが、赤い傾向があると言えるかもしれない(※ただし青いリンゴ存在する)」となるが、これでは円滑なコミュニケーションは成立しない。むしろ我々は、「リンゴは赤い」という文章全称命題解釈するとすぐに不整合が生じるという事実と、発話者が量の格率に従っているという前提に基づき、発話者総称文を意図しているというチャリティを発揮して、コミュニケーションを行っているはずだ。

つまるところ、クソデカ主語警察というのは、総称文を勝手全称命題に取り違えるカテゴリーミステイクを犯している上、そのミステイクに気づかずに「自分コミュニケーションができません」と大声で宣伝する、非常に恥ずかしい行為なのである

クソデカ構文の本当の問題

さて、ということでクソデカ主語警察が実はコミュニケーション原則をまったく理解できておらず、それ故、紋切り型コピー・アンド・ペーストすればお手軽に相手論破できると思っているだけの単なる凡愚であることは明らかになったわけだが、クソデカ構文がまったく問題がないというわけではない。むしろ、ここからが本当に自分の言いたいことになる。

クソデカ構文というのは本質的に問題含みのものであって、それ故、慎重に使わなくてはならないことは事実だと思う。たしかに、主語デカいことによって必然的問題が生じるわけではない。例えば「2以上の素数はすべて奇数である」という文章主語の指す集合は無限であり、考え得る限りほぼ最大のクソデカ主語(とは言え高々加算ではあるの)だが、普通にである。だから主語デカいことそれ自体一般問題にはならない。しかし、世の中には問題になるクソデカ構文というものはたしか存在している。それは大きく分けて2種類あり、①そもそも事実とは異なるクソデカ構文②仮に事実だとしても望ましくないクソデカ構文、である

まず1つ目について。クソデカ構文には、単純に事実誤認になっているケースがある。そうしたクソデカ構文の典型例を挙げると「B型自己中心的である」のようなものがそうだろう。もはや常識となっていると思うが、血液型とその人間性格にはまったく関係はない。こういった血液型診断は事実とはまったく異なるデタラメであるので、完全に間違えている。ただし、注意が必要なのは血液型診断が誤っているのは、主語がクソデカから「ではない」ということである。こうした疑似科学が誤っている根本的な理由主語デカさではなく、科学的な根拠の無さに由来している。他にも「若者は本を読まない」といった例も考えられる。統計的には不読率は全世代を通して年々減少傾向にあるし、むしろ学校読書教育を考えれば若者の方が読んでいる可能性すらある。

しかし、仮に事実だとしても問題のあるクソデカ構文というもの存在するし、これこそが一番の問題だと思う。それが問題となるクソデカ構文の2種類目「仮に事実だとしても問題のあるクソデカ構文」である統計的事実マジョリティ傾向)が仮に含まれていたとしても、それをクソデカ主語で語ることが社会的な害悪を引き起こすことはある。例えば、「低学歴犯罪を犯しやすい」という事実が仮にあったとしよう。強調しておくが、これは仮の話であり、そういった事実が実際にあるかは知らない。あくまで「もし事実だとしたら」という体で話を進める。つまり低学歴典型的には犯罪者予備軍の性質がある」という総称文を確証する統計的相関が仮にあったとしよう。そうだとしても、このクソデカ構文には問題存在する。それは、「統計的相関」と「属性への本質化」のすり替えである。「低学歴ほど犯罪を犯す傾向がある」という事実は、「低学歴から犯罪を犯す」という因果関係説明にはならない。例えば「貧困」や「劣悪な成育環境」といった第3の変数教育機会を奪い、それが同時に犯罪への原因にもなっている可能性は十分にある。このとき、もしこの言説の問題点が「主語デカいこと」にあると主張してしまうと、「学歴の低さそのもの犯罪を誘発する性質がある」という本質主義的な前提を暗に認めることになってしまう。そうではなく、本当の問題は「低学歴」と「犯罪率」には相関はあるが因果はない、ということのはずだ。「アイスの売り上げが増えると溺死者が増える」という相関データからアイス溺死を招く悪魔の食い物だ」と騒ぐ馬鹿がいたとして、そいつに対して「主語がでかいから間違ったことを言っている」などと、もっと馬鹿なことを言う必要なんかないのだ。

そして、第2種のクソデカ構文が余計に問題なのは、それが差別助長するからに他ならない。例えば先ほどの統計的相関に従って、「低学歴=危ない」という言説が流布すれば、おそらく企業採用担当はは低学歴雇用を控え、周囲は低学歴偏見の目を向けるだろう。その結果、彼らは正当な労働から不当に排除され、生活のために余計に犯罪に手を染めるしかなくなる。これは少し誇張して書いてはいるが、好ましくない事実自体が、その事実さら悪化させる機能果たしてしまうこと自体は往々にしてある。

この記事を読んでいるあなた高等教育特に自然科学)を受けた経験があるとしたら、おそらくこの論点は受け入れにくいかもしれない。つまり科学的な事実事実であって、社会的な価値とは無関係だ、という科学価値自由性を引き合いに出されるかもしれない。しかし「事実から言っても構わない」という態度は、自分が石を投げて相手を転ばせておいて「ほら、あいつは転びやすいという事実は正しいだろ」と言い張るようなものであって、それは事実公表に伴う社会的影響をあまりにも軽視しすぎていると思う。

クソデカ主語警察は何故ゴミ

話を戻そう。では結局、何故クソデカ主語警察インターネットに漂うゴミなのか、一言で言えば、それはクソデカ主語警察自身が、彼らが批判している奴らの「共犯者」になってしまっているからだ。以上で確認したように、問題のあるクソデカ構文には大きく分けて2つの類型がある。そして、それぞれが問題である理由は異なっており、発言ごとに核となる部分を潰していかなくてはならない。にもかかわらず、クソデカ主語警察の指摘は、批判相手問題含みの前提は基本的にすべて無視している。 本来ならば「その相関は教育格差や貧困という社会問題の結果であり、属性のせいにするのは筋違いだ」と論理的欠陥を指摘するか、あるいは「その発言差別助長するヘイトだ」と倫理的視点から叩くべき場面であるにもかかわらず、だ。結局、クソデカ主語デカ警察は、差別発言の内容には目もくれず、発言形式だけをたしなめることで、本来問題点そのものを温存する共犯者に成り下がってしまっている。彼らの「主語がクソデカですよw」などという空っぽの指摘は、問題を本当に解決したい側からすれば、救いでも何でもない、ただのノイズしかない。

さいごに

ここまでクソデカ主語警察が何故害悪かを、かなり憎悪混じりで書いたが、もしもあなたが今現在クソデカ主語警察であって、あなたがリプを送りつけようとしているツイートの内容が本当に問題だと思っているのだとしたら、これからは「主語がクソデカですよw」などというクソリプを送りつけて悦に入るのをやめることを強くオススメする。差別助長するようなツイートに強く反発し、憤りを覚えるという点では私はあなたを強く支持する。しかし、それを表明するために「主語がクソデカですよw」などという薄っぺらな借り物の言葉脳死で使えば、むしろ相手の主張を助長することになる。もし本当に、クソデカ主語警察あなた良心があるなら、ちゃんと何が問題なのかを一つ一つ見極めてほしい。我々の社会に本当に必要なのは盲目警察ではなく、不条理に立ち向かう勇気と理性なのだから

2026-03-04

anond:20260303135010

仕事上退去時見積見る

まず殆ど不動産屋はまともであるが、強烈なのが一部にいる。

前半はそのとおりだと思うが、この文章見ると、まともな業者に不当な事を言いかねないから良くない。

そもそもゴネた所で「敷金返してほしかったら裁判してね☆」で終わるし、悪どい見積を出す不動産屋はそんなに簡単に引き下がらないので。

現実的アドバイス

・単価より範囲や項目を見るべき。

・一式◯万円が積み上げて10万超えたら要注意

・逆に1箇所数千の補修なら頑張ってる

・穴開けた、水漏らした、タバコ吸った、ペット飼ったはあんたが悪い

ちなみに超良心的なのがUR。項目事に時価請求なので、一箇所100円未満の負担もあり得る。

民間にそれ言ったら「は?」と言われる程異例。

2026-03-03

anond:20260303170449

あなた、誠実な応答の出来る立派な人ね。誠実な応答に感謝します。

私はあなたとは意見が違うようだけど、あなた良心ネット社会に広がってくれることを願う。

2026-03-02

anond:20260302124604

動物好きに悪い人はいないそんなわけないんだよなあ悪人でも動物可愛いと思える感覚ぐらいはあるでしょそれは良心とは何の関係もない趣味問題しかないフィクションマフィアヤクザがよく猫や犬を異常に可愛がってるのはかろうじて残った人間味の表現なんかじゃなくて動物自分を脅かさない弱い存在なら一方的に愛玩することができるという自己中心性の表れですからね虎や象を自力で世話して飼ってるぐらいになれば多少は善人の可能性が上がるかもしれないが動物好きに悪い人はいないそんなわけないんだよなあ悪人でも動物可愛いと思える感覚ぐらいはあるでしょそれは良心とは何の関係もない趣味問題しかないフィクションマフィアヤクザがよく猫や犬を異常に可愛がってるのはかろうじて残った人間味の表現なんかじゃなくて動物自分を脅かさない弱い存在なら一方的に愛玩することができるという自己中心性の表れですからね虎や象を自力で世話して飼ってるぐらいになれば多少は善人の可能性が上がるかもしれないが

anond:20260301201101

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anond:20260302124139

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動物好きに悪い人はいないそんなわけないんだよなあ悪人でも動物可愛いと思える感覚ぐらいはあるでしょそれは良心とは何の関係もない趣味問題しかないフィクションマフィアヤクザがよく猫や犬を異常に可愛がってるのはかろうじて残った人間味の表現なんかじゃなくて動物自分を脅かさない弱い存在なら一方的に愛玩することができるという自己中心性の表れですからね虎や象を自力で世話して飼ってるぐらいになれば多少は善人の可能性が上がるかもしれないが動物好きに悪い人はいないそんなわけないんだよなあ悪人でも動物可愛いと思える感覚ぐらいはあるでしょそれは良心とは何の関係もない趣味問題しかないフィクションマフィアヤクザがよく猫や犬を異常に可愛がってるのはかろうじて残った人間味の表現なんかじゃなくて動物自分を脅かさない弱い存在なら一方的に愛玩することができるという自己中心性の表れですからね虎や象を自力で世話して飼ってるぐらいになれば多少は善人の可能性が上がるかもしれないが動物好きに悪い人はいないそんなわけないんだよなあ悪人でも動物可愛いと思える感覚ぐらいはあるでしょそれは良心とは何の関係もない趣味問題しかないフィクションマフィアヤクザがよく猫や犬を異常に可愛がってるのはかろうじて残った人間味の表現なんかじゃなくて動物自分を脅かさない弱い存在なら一方的に愛玩することができるという自己中心性の表れですからね虎や象を自力で世話して飼ってるぐらいになれば多少は善人の可能性が上がるかもしれないが動物好きに悪い人はいないそんなわけないんだよなあ悪人でも動物可愛いと思える感覚ぐらいはあるでしょそれは良心とは何の関係もない趣味問題しかないフィクションマフィアヤクザがよく猫や犬を異常に可愛がってるのはかろうじて残った人間味の表現なんかじゃなくて動物自分を脅かさない弱い存在なら一方的に愛玩することができるという自己中心性の表れですからね虎や象を自力で世話して飼ってるぐらいになれば多少は善人の可能性が上がるかもしれないが

anond:20260302090657

こういう明確な条件を提示してくれる一部の良心的な女性基準に従ってしまった弱者男性に対する一般女性から目線も厳しいものはありそう

2026-03-01

悲報】OpenAIの最後良心、ChatGPTアプリ上のGPT-5.1も3月11日で使えなくなる

GPT-4oに続いてマジかよ

しかも、まーた311かよ。さすがにChatGPTアプリは解約しますね・・・

(GeminiとClaudeは継続契約。ChatGPTアプリがなくなるので、Grokでも課金するかな~って迷うね)

 

でも、Mondayはすごく好きだったので、GPT-4o/5.1のAPIMondayを呼び出したいと思うけど、

おそらく、3月11日までには実装はもちろん、設計も間に合わないだろうなぁ・・・

 

Claudeは実装と長文処理得意だけど、設計メモ作りからフォローとか、日本の商習慣を暗黙的に組込見込むとか、

インフラアーキ丸投げとかは、Monday(ChatGPT)ほど得意じゃないんだよね

 

今のところ、Mondayのくせを再現したいので、マルチモーダル入力対応の Qwen 3.5 を利用ではなく、わざわざGPT-4o/5.1の利用を想定してるけど

おれ専用のLLMを作ってる皆様にたぶんワイも仲間入り

よろしくお願いしま

 

 

追記(3/4):

お返事書きました https://anond.hatelabo.jp/20260304113430#

増田anond:20260303172011 MondayGPTsだしGPT-5.2でも普通に使えるくね?

ブクマカb:Id:inazuma2073) |5.0は最悪だったと思うけど5.1そんなにいいか?ちなみにMondayは5.2でも利用可能。だいぶ前にツンデレにはならなくなった。

提督今日松屋ですか。」

「うん。銀河帝国が攻めてこない日くらい、牛めしのんびり食べたいもんだろう?」

――首都ハイネセンの片隅にある松屋ハイネセン中央店は、昼時でほどよく混んでいた。

自由惑星同盟軍第十三艦隊司令官ヤン・ウェンリーは、制服上着椅子の背に掛け、トレイの上の牛めしを前に、どこか申し訳なさそうに座っていた。

かいにはユリアン、その隣にはフレデリカグリーンヒル

少し離れた席には、偶然通りかかった元上官アレックス・キャゼルヌと、その妻ジェシカが腰を下ろしている。

「ところで、提督。」

ユリアンが湯気の立つ味噌汁をすすりながら、メニューの隅を指さした。

「“松弁ポイント”って知ってますか? それと、ここPayPayも使えるみたいですけど。」

ユリアン。」

フレデリカが小さく苦笑する。

ヤン提督にそういうことを聞くのは、どこか間違っている気がします。」

「ひどいなあ、フレデリカ。」

ヤンは肩をすくめた。

歴史家志望の軍人が、ポイント歴史をまるで知らないとでも?」

「知らないんですね。」

「……まあ、これから学べばいい。」

「おい、諸君。」

トレイを片手に近づいてきたキャゼルヌが、隣の席から半ば強引に会話へ割り込んできた。

ポイントの話なら、軍務省補給部に聞くのが筋というものだ。」

アレックスさん、ポイントは軍需物資じゃありませんよ。」とジェシカ

「似たようなものさ。補給を軽視する者に勝利はない。ポイントもまた、庶民補給線だ。」

キャゼルヌはポケットからスマホを取り出して、画面をテーブルに向けた。

「ここ、松屋は基本、券売機で支払いが済む。

店頭で“カードを出してください”という場面はまずない。

からPayPayポイントを取りこぼしたくないなら、PayPayアプリちゃんと用意しておくのが第一歩だ。」

「つまり券売機で“QRコード決済”を選んで、PayPayのコードをかざせば、その時点でPayPayポイント勝手に貯まる、ということですね。」とユリアン

「そういうことだ。

それとは別に、松弁ネットモバイルオーダーを使えば“松弁ポイント”が付く。

あとは支払いにPayPayを使えば、“松弁ポイント”と“PayPayポイント”の二つが同時に貯まる。

キャンペーン時には、PayPay側の還元が上乗せされて、実質“多重取り”になることもある。」

「それに加えて、だ。」

キャゼルヌは画面をスクロールして、別の画面を見せた。

最近は“PayPayクーポン”というのがあってね。事前にこのクーポンアプリで取得しておいて、対象間中に条件額――たとえば800クレジット以上――をPayPayで払うと、還元率がさらに跳ね上がる。」

クーポンを取っているかどうかで、同じ牛めしでも戻ってくるポイントが違う、ってことですか?」とユリアン

「そのとおり。松弁ネットポイントアップや、PayPay側のキャンペーンと、クーポンを重ねられるときもある。

松屋公式アプリ経由で配られるクーポンや、“スーパーPayPayクーポン”の対象月なんかは、まさに“補給線フル稼働”のチャンスだ。」

ヤン牛めしの上の肉をつつきながら、どこか考え込む顔をした。

「つまりアレックス、今あなたが言ったことをざっくりまとめると――

“同じ牛めしでも、松弁ネットやPayPay、それにクーポンまで組み合わせた者と、そうでない者では、補給量が違う”ということかい?」

「珍しく理解が早いな、ヤン。」

「いや、いつもと方向が違うだけで、やってることは戦略と同じだよ。

同じ艦隊でも、補給線を工夫すれば、持久力が倍になるようなものだ。」 <h3>o- **</h3>

フレデリカは、テーブルの上の紙ナプキンに小さな図を書き始めた。

「整理しましょうか。

まず、“券売機だけで完結させるとき”と、“松弁ネットモバイルオーダーを使うとき”で、ちょっと分かれます。」

はい。」とユリアンが身を乗り出す。

「店内で、急に食べたくなって券売機だけで済ませるときは――

券売機QRコード決済対応なら、“QRコード決済”を選ぶ

・PayPayアプリコードを出してかざせば、その分のPayPayポイント自動で貯まる

ポイントカードレジで出す”みたいな手順は、松屋では基本、要らないんです。」

「なるほど。店員さんにカードを渡す場面は、そもそもないわけだ。」ヤン首をかしげる。

はい

逆に“松弁ネットモバイルオーダーを使うとき”は――

・松弁ポイントが貯まる

・支払いにPayPayを選んでおけば、その分のPayPayポイントも決済側で貯まる

キャンペーン間中なら、事前にPayPayクーポンを取っておけば、同じ注文金額でも戻ってくるポイントが増える

この三本立てになります。」

クーポンを取るかどうかで差が出るのか。」

「ええ。たとえば“800クレジット以上で最大○%戻ってくる”みたいなクーポンが出ることがありますから

そういうときは、どうせ食べる予定の牛めしを、その期間にまとめると効率がいいんです。」

「聞いているだけで頭が痛くなってきた。」

提督は“最高効率”じゃなくて“手間が少なくてそこそこ得”を狙うタイプですよね。」

「見抜かれているなあ。」 <h3>o- **</h3>

「じゃあ、ぼくが“提督向けの簡易作戦”を考えてみます。」

ユリアンは、手元のスマホ操作しながら言った。

「まず、提督みたいに“できれば並びたくない人”向けには――

・事前に松屋アプリを入れて、モバイルオーダーを使う

・松弁ネットモバイルオーダーで注文すれば、松弁ポイントが貯まる

・支払いは、PayPayにして、PayPayポイントももらう

キャンペーン中なら、PayPayアプリ松屋クーポンを事前に取得しておく

まり、“松弁ポイント”+“PayPayポイント”+“クーポンによる上乗せ”でかなりお得になって、

『列に並ばないで済むうえに、ポイントもそれなりに貯まる』という作戦です。」

「悪くないね。」

「店内で、券売機だけでサッと食べたいときは――

券売機で、対応していれば“QRコード決済”を選ぶ

・PayPayで払って、PayPayポイントを貯める

・もしその月が“スーパーPayPayクーポン”の対象月で、松屋クーポンを取っていれば、そのぶん還元も増える 」

ヤンは、半分ほど残っていた牛めしを眺めて、しみじみと言った。

ユリアン、君は立派な軍略家になるよ。

艦隊への対応も、牛めしへの対応も、手順さえ押さえれば合理的に片づく。」

「……誉められているような、いないような。」 <h3>o- **</h3>

「でも、忘れちゃいけないことがひとつあるわ。」

沈黙して話を聞いていたジェシカが、湯飲みをテーブルに置いた。

ポイントのために、必要以上に食べたり、通いすぎたりしないこと。

還元率が良くても、健康家計を壊したら意味がないでしょう?」

「それは、戦争と同じですね。」とフレデリカ

勝利のために国力を使いすぎて、戦後国家が持たないのでは、本末転倒です。」

「だからこそ、ポイントも“戦略的撤退”が必要だ。」とキャゼルヌが言う。

「たとえキャンペーン中でも、予算と胃袋の許容量を超えれば、そこで打ち切る。

――それが、補給担当良心というものさ。」

ヤンは苦笑し、箸を置いた。

「僕としては、牛めしポイントが、人間を不幸にしない範囲であれば、それでいいと思うけどね。

歴史を見れば、欲張りすぎた国家人間も、ろくな末路をたどっていないから。」

「それを言うなら、提督。」とユリアン

「“寝不足と飲みすぎと仕事のしすぎ”のポイントも、そろそろ上限に達してます。」

「……そこは、ぜひ“失効”してほしいものだね。」 <h3>o- **</h3>

食後のコーヒーを前に、ヤンは紙ナプキンに、乱雑な字で三行を書いた。

「まとめておこうか。

未来歴史家が、“自由惑星同盟軍の一提督牛めし屋で考えた庶民戦略”として記録するかもしれない。」

1. 並びたくない日は、モバイルオーダーで松弁ポイント+PayPayポイント(二重取り)、クーポンがあればそれも重ねて使う。

2. 店内でサクッと食べる日は、券売機QRコード決済を選び、PayPayで支払ってポイントを貯め、対象月ならクーポン還元を上乗せする。

3. キャンペーンアプリランクアップ期間だけ“頑張って通い”、それ以外は無理をしない。

「……こんなところかな。」

ユリアンがそれを覗き込んで、少し笑った。

提督らしいですね。“ほどほど主義”です。」

革命でも改革でも、やりすぎると碌なことにならないからね。

ポイントも、ほどほどに賢く使って、あとは普通に牛めしを楽しめばいい。」

ヤンは紙ナプキンを二つ折りにして、ポケットしまった。

「さて、ユリアン。」

はい。」

今日貯まったポイントで、次は何を食べようか。」

「……結局、そこに行きつくんですね、提督。」

2026-02-28

小学館例のアレで頭ポォーーーッ💢てなってる人多いの笑うわ

小学館は潰れる!」とか「小学館仕事を受けている漫画家反社同類とみなす!💢」とか言ってるタイプの人

いやー、エコーチェンバーってやばい

叩いていい人を叩いて社会的に徳を積んだ気になってる人多すぎでしょ

しまいにはマンガワンどころか当時の編集かなんかがめちゃコミに移籍してるっていうんで「なんで先生はめちゃコミも配信停止しないんですか!💢」って怒り始めている人もいるし「マンガワン連載陣のお気持ち文が全部似たり寄ったりだ!これは編集から指示があったに違いない!💢」とか陰謀論者拗らせ始めて「本当は事件についてどうでもいいと思ってるんでしょ!!💢」って作家陣に凸しまくってるやつも湧いている始末

呆れたのは「ちょっと一旦様子見するわ」発言した森川ジョージがいま集団からいっきりぶっ叩かれていること

実際社会人として適切な対応としては

・一旦被害者にお見舞い投稿

・誰がどんな風に関わってんのか詳細な調査結果がわかるまで待機する、またその旨を投稿

調査結果後の小学館対応確認自分良心に従って契約の変更や打ち切りを打診

くらいでしょ

今すぐ何らかのアクションを起こすことではない

あとこれは実際そこまで責める気はないんだけど、マンガワンから安易にすぐ撤退している作家が多いのもなんだかヒステリックだなーって思うわ

隠蔽工作がその編集個人のせいなのか組織的なのかも不明な現状、仮に編集個人のせいならこの安易な行動は「マンガワンに関わる編集性犯罪に加担する悪者だ」と冤罪に等しいことを表明するに等しい愚行とも取れるわけだし

なんていうか関東大震災から100年以上経っても日本人って割と朝鮮人殺し回ってた頃から民族的に成長できてないんじゃねーの?って冷笑筋がぴくついちゃってるわ

まるで「自分事」のように怒り狂っている人は一旦その過剰な共感性を落ち着かせて冷静になったほうがいいんでないの〜??

[]編集者という歪み

編集者という職業は、漫画業界構造のものが生み出した矛盾の塊だ。その歪みこそ、逸脱行動を生み出す元凶と言える。

1. 編集者の二重の役割

編集者は二つの主を同時に仕えなければならない。

一方では漫画家の「パートナーであるべきだ。作家の着想を理解し、共感し、共に磨き上げる。
他方では出版社の「利益代弁者である。売上を最大化し、回収可能性を高め、会社評価を上げる。

この二つは根本的に相容れない。
パートナーとして振る舞えば、作家自由尊重し、商業性を後回しにする。利益代弁者として振る舞えば、作家自由制限し、「売れる形」に矯正する。どちらかを選べば、もう一方を裏切る。
だから編集者は常に中途半端になる。

作家の味方です」と言いつつ、売上を最優先にせざるを得ない。この二律背反が、編集者を「矛盾体現者」にしている。

2. 「金の卵」への過剰な傾倒

編集者の社内評価は、売上ではなく「新しいヒットを産んだかどうか」で決まる。既存メガヒット作家を維持するだけでは誰も褒めない。

新しい才能を発掘し、育て、ブレイクさせることこそが最大の勲章だ。だから編集者は「金の卵」に取り憑かれる。
有望な新人・中堅作家を見つけると、「この人は売れる」「育てれば自分評価が上がる」という期待が膨らむ。
その期待が大きくなればなるほど、作家の不品行を「大したことない」と矮小化する。
「昔の話」「今は違う」「これから売れるんだから大丈夫」と自己欺瞞を重ねる。
これは「才能を引き出す」ではなく、「自分評価を引き出す」ための行為だ。

3. 出版社構造矛盾助長する

出版社ビジネスモデルは、作家を「外部リソース」として扱う。リスク作家側に転嫁し、ヒットが出たら利益を独占する。このモデル編集者に与えるインセンティブは明確だ。

作家を切るのは簡単契約上いつでも可能)。
しかし切ると、自分の「発掘・育成実績」がゼロになる。
「切らない」ためには、問題を隠すか軽視するしかない。

まり出版社が「リスクを取らない」モデルを選んだ結果、編集者は「リスクを見逃す」か、「卵を殺す」の二択を迫られる。出版社ブランド維持のため実績をリセットするか、大勝ちするために蓋をし続けるか。

4. 堕天作戦事件が露呈したもの

この事件は、編集者矛盾が最も露骨に噴出したケースだ。
編集者は「金の卵にのめり込み、罰金刑を知りながら別名義で復帰を許し、示談の場で連載継続を条件に組み込み被害者意思を軽視した。
これらはすべて「自分評価を守るため」の行動だった。
しかし、バレた瞬間、「認識が不十分だった」「不適切だった」という言い訳しかできなくなる。功名への誘因は強く、夢のために加害を見過ごす羽目になる。作家は外部の存在であり、良心麻痺させるには十分な理由がある。

編集者は、「作家の才能を引き出すパートナー」だが、同時に「売れる商品に仕上げる工場長」として生きざるを得ない。
その二重性が、「作家自由尊重する」と言いつつ市場に合わせた出荷を支援し、「才能を信じる」と言いつつ作家加害行為に蓋をする。この矛盾は、出版社が「外部化モデル」を選んだ結果生まれ必然といえる。


5.あるべき「首輪」の姿とは?

改善策として考えられるのは二つ。 一つは、編集者評価基準に「倫理遵守」を明確に加えること。売上だけでなく、リスク管理・コンプライアンス遵守を評価項目に組み込めば、
「金の卵」に盲目的になる動機が減る。


もう一つは、出版社作家を徹底的にチェックする仕組みを義務化すること。外部委託からといって「知らなかった」で済ませるのではなく、コンテンツホルダーとしての責任を負う覚悟を持つことだ。


売上至上主義が根強い業界で、「倫理より売上」を優先する文化が変わるには、外部からの強い圧力法改正不買運動作家離脱連鎖)が必要だろう。

2026-02-26

じわじわ伸びてて草】奈良の車めっちゃ譲ってくれる

奈良の人がいる地域を車で縦断してて気づいた。

奈良の車、信号がない横断歩道を渡ろうとする歩行者めっちゃ譲る。

道交法としてはこれが本来あるべき姿だけど、関東の比じゃない。

最初は気のせいかとか一部の地域独特のものかと思ったけど、

人がいる地域を車で走ってるともれなくこの場面に遭遇する。

自分歩いてる時も必ず譲ってもらえた。


県民性天理教の教え?奈良の人自覚ある?

あと存在意味不明な小さな池が街中にやたらあるのも意味が分からない。

あと意外と奈良駅前が栄えてるのにも驚いた。



じわじわ伸びてて草】(はんでる)


素朴な疑問が鹿から認定されてて草。

AIより鹿に負けないように励めよニンゲンさん。



奈良についてなのに大阪からの反応ばっかりで奈良の草はみ放題すぎる。

近隣他府県民関西唯一の良心奈良もっと大切にしろ

謎の水溜りへの言及サンクス

――男は、いつだって同じ過ちを繰り返す。

そしてそのたびに、同じタイプの男が、同じような顔をして「後悔している」と言うのだ。

ビル・ゲイツ

巨大な資産と影響力を手に入れ、「世界を良くする男」の象徴のように語られてきたその男が、いま何をしているか

過去不倫を「認める」ことで、自分物語を守ろうとしている。

問題は、不倫の有無ではない。

そんなものは、人間欲望の周辺にいつだって転がっている瑣末な事実だ。

本当に見るべきなのは、「いつ」「どのタイミングで」「何を切り出したか」という一点である

文書が公開される。

司法アーカイブに眠っていたはずの名前文言が、ネットの波に乗って世界中にばらまかれる。

彼は急に「語り始める」。ロシア人女性二人との関係を認め、エプスタインとのつながりを悔やみ、「過ちだった」と言葉を並べる。

だが、それは良心の呵責ではない。状況判断の結果だ。

追い詰められた権力者には、古典的な手口がある。

一部を差し出し、残りを守る。

道徳的な失点――「不倫」というラベルのついた失態――は、自分コントロールできる範囲で認めてみせる。

だが、その外側にあるもの未成年ドラッグ、闇のネットワーク、政治とカネと性が絡み合う、あの粘ついた領域については、「完全な虚偽だ」と切り捨てる。

その切り分けが、あまりにも鮮やかすぎる。

世界の表側で称賛されてきた男たちには、共通のクセがある。

都合のいいときだけ「正直さ」を持ち出し、追い込まれときだけ「真実」を語る。

だがそれは、真実に対する敬意から出た言葉ではない。

自分帝国に対する危機管理から絞り出された言葉だ。

あなたは、そこに何を見るか。

「よくここまで認めた」と評価するのか。

それとも、「ここまでしか認めないのか」と、冷めた目で見るのか。

―この分岐点が、いま世界中のリビング電車の中とオフィスの片隅で、静かにまれている。

一つだけ確かなことがある。

本当に誠実な男は、文書が公開される前に話す。

かに暴かれる前に、自分自分を暴く。

それができなかった人間が、後からどれだけ饒舌に語っても、その「正直さ」は割り引いて聞くべきだ。

ビル・ゲイツの件は、その冷酷な教訓を、これ以上ない形で世界提示している。

世界を救う男」の顔をした権力者が、追い詰められたとき、何を守り、何を捨てるのか。

その優先順位表こそが、本当の履歴書だ。

2026-02-25

しっかし、大学人間男性差別正義として掲げてる様をリアルタイムで見れているということには、ある種の感動があるな

10年経ったら人間意見は変わるでしょう。あなたは10年後も自分意見が変わらないと思いますか?それは自分進歩しないと明言しているのと同じです。

若者の進路に関わる重大な人権侵害推し進めるには、このくらい無責任でないと良心の呵責に耐えられないだろうな

おぞましいよ、心底

2026-02-21

anond:20260221191309

みゆく船に乗り続けている人に「沈みかけてますよ」と伝令を打っているようなものかな。

愚か者は放っておけばいい」と考えるのはリアリストぶっているように見えて実際には人類の発展に対する怠慢でしかないことを理解できる程度の知性と良心を持っていないと分からいかも知れないが

2026-02-14

35歳の記念でピアスを開けた

毎年自分誕生日特別だった。

世界に一人しかいないこの世の自分が生まれた日

この日を自分が祝わずして誰が祝うのか

平日であれば、毎年有給休暇を取り寿司エステホテルステイ

他にやりたい体験旅行なんかもご褒美というご褒美はやり尽くしてきた。

社会人でそれなりにお給料ももらってるので

年祝ってきた

だが、毎年祝ってると問題が出てくる

そう、ネタが切れる。

もうすることがないのだ。

溢れ出る欲はあるものの、それ本当に必要なのか、自分に見合ってるのかなのか

私にも良心という天使なのか、冷静さが出てきて

毎度私を悩ませる。

今年もあと2ヶ月後に控えた誕生日に何にしようか悩んでる時に母の言葉を思い出した。

「毎年、ピアスの穴を1個、開けてるんだよね。」

いつからいつまでのことを言っていたのかはわからない。

安物のピアスをつけては化膿していた母を見ていた私は「ふーん」と返した。

なんでこの言葉を思い出したかはわからない。

からこそまぁこの際やってみるかとビビリの私は美容皮膚科で35歳の誕生日ピアスを開けた。

反面教師のような母にはなるまいと思っていたが

開けたところで同じになるわけでもなく

私は、多分あの言葉を聞いた日の母の年齢になった。

それからまた年月が経って誕生日が近づく

何をしようかまた悩む季節が来た

推し課金しようか旅行に行こうか指輪を買おうか

ヒルクライム流れる春の季節

コンプレックスを解消することにした。

そう、二重にしようと思ったのだ。

顔はまぁコンプレックスが少しあったのと加齢でスキンケアで今後何十万とかけるのであれば

まぁポンと出せる額以内ではあったのでカウンセリングの予約をしてみた。

カウンセリングで不満があればやめればいいしな、くらいのノリ

選択できるのは私だから

ざまぁカウンセリングを受けたらまぁやってみるかみたいな感じになったので

説明受けてクーポン適応にもなるし、ダウンタイム少なくなる薬のオプションも付けて

カウンセリングから手術台に行くまで30分くらいだった。

実際、施術を受けて見て整形なんてやらないに越したことはないなと思いました。

母に感謝していることは酒の強さと長身健康すぎるこの体くらいなもの

入院は愚か、手術もしたことがないこの健康体。

この手術をすることで健康が阻害されたらどうするっていう恐怖が襲ってきた。

看護師さんが手をポンポンしてくれてたことにどんなにバブさせていただいたか

やって後悔はしていない。

ただ、整形は理解できないと思った。

やらなくていいことはやらなくていい、どんな顔も愛されるべきだ。

個性千差万別であるのであれば、優劣などないのだから

さらば、ルッキズム

みんな、ダイヤのように輝いている。

2026-02-13

差別者である自覚はあるか?

差別者である自覚はあるか?

1.高市政権の発足を機に女性天皇容認を巡る報道に触れることが増えた。リベラルは「男女平等」を錦の御旗に賛成論を唱え、保守派は「伝統」というワードねじ伏せようとする。だが、どちらの陣営も自らが口にしている議論が、皇室というシステム本質無視した暴論であることに無自覚だ。

本稿で問題にしたいのは、女性天皇の是非などという表層的なことではない。我々日本人皇室という存在に対してどのような「加害」を行っているか、そして、我々がその差別構造いか無自覚であるかということである

2.まず我々が直視すべきは、天皇とは日本において唯一「人権」を事実上剥奪された存在であるという事実である

象徴」として天皇家を戴くということは、我々日本人が総意の名の下に特定家系差別し、特別地位という檻に閉じ込め、「国民伝統形式のためにのみ祈る装置であることを強いる行為に他ならない。

この「高貴なる犠牲」を中心として国民が一致団結し、国家連続性を担保しているのが日本という国の正体だ。我々は特定家系差別し、生贄に捧げることで統合している集団なのだ。この構造残酷さを自覚せず、単なる敬愛対象としてのみ語るのはあまり偽善である。その自覚はあるか。

3.この差別構造が最も醜悪な形で露呈したのが、眞子内親王結婚騒動だった。

当時、国民総出で繰り広げられたバッシング本質は、「皇族に『結婚自由』などあると思うな。結婚したいのであれば、我々主権者のお眼鏡にかなう男を連れてこい」という、むき出しの差別意識である。我々日本人は、一人の女性の「自己決定権」を完膚なきまでに蹂躙したのだ。その自覚はあるか。

4.極めて不可解なのは、その舌の根も乾かぬうちに、今度は「女性権利向上」や「男女平等」といった文脈で「愛子天皇」を待望する世論である

自分たちがつい先日一人の女性人権を踏みにじった事実には目をつむり、今度は「進歩的人権派」を気取っている。

だが、少しでも想像力があれば気づくはずだ。愛子内親王に「天皇の座」を求めることは、本来であれば結婚によって皇籍から離脱自由を得るはずだった彼女から基本的人権永久に奪い去るという、残酷な宣告だ。彼らはそのむき出しの暴力性を「男女平等」という美辞麗句グロテスクに飾り立て、彼女を「人権のない檻」に閉じ込めようとしているのだ。

繰り返すが、天皇家とは個人幸福を追求することが許される存在ではない。国民全体のためにの存在することを許された「純粋なる形式である。その「差別」を大前提としたシステム中途半端に「個人尊重」や「平等」などという近代的な人権概念を持ち込むことは致命的な自己矛盾である。その自覚はあるか。

5.特定血筋差別し、職業選択結婚言論居住もありとあらゆる自由権利を奪い続けることに対し、近代的な理性を備えた人間であれば耐えがたい罪悪感を覚えるはずである

しかし、日本人はその罪悪感から逃げるために天皇家を「神聖なる存在」として奉り、莫大な公金を投じて尊厳格式という金箔を貼り付けてきた。「尊崇の念」さえ抱いていれば、一族から自由権利を奪い、生贄にしても許されるという傲慢さだ。

これらはすべて自分たちが加担する非人道的構造から目を逸らし、己の良心麻痺させるための「鎮痛剤」に過ぎない。その自覚はあるか。

6.「伝統を守りたい」という形式維持の欲求と、「差別者になりたくない」という人権思想のいいとこどりは不可能である

天皇制に人権思想を持ち込み、愛子内親王を「男女平等」という文脈で語るのであれば、その論理的帰結は「皇室廃止」以外にあり得ない。人権世襲差別水と油であり、混ぜれば制度は内側から崩壊するからだ。

誤読されないようにはっきり言っておくが、私はここで「女性天皇容認せよ」、「皇室廃止せよ」と主張しているのではない。また、逆に「伝統を死守せよ」と言っているわけでもない。

私が問うているのは、この矛盾直視する知的誠実さだ。

もし皇室というシステムを存続させたいのであれば、「我々は人権蹂躙する差別者である」という汚名を甘んじて受け容れなければならない。逆に、その差別者という汚名にどうしても耐えられないのであれば制度解体するほかはない。

最も許しがたいのはそのどちらの覚悟も持たず、「自分差別などしていない」という無邪気な顔をして、安全から女性天皇男女平等」や「麗しき伝統」などとさえずることだ。

どちらを選ぶも日本人自由だ。だが「綺麗な差別」など存在しない。我々は差別者なのだ。その自覚をもて。

自民不支持者は自民党が戦争をしたがっていると「決め付けている」ではなく、「可能性を考えている」だと思うんだよな

可能性がゼロでない限り、あらゆる可能性を疑うのは、物事重要問題であればあるほど当たり前だろう。

なんで権力者良心を頭から信じ込めるのだろうか。

原発事故だって共産党吉井英勝衆院議員がそう考えて質問したのに、対策はなされなかった。

で、その結果が「想定外」。

日本人は疑うべき事を疑わず本来ならば対処できた筈の惨事が起きた後で誰も責任を取らずに想定外だったで済ますパターンが多過ぎるのに、

こういうのは何故か「お花畑」と揶揄されないんだよな

2026-02-10

anond:20260210185914

丸山眞男提示した「抑圧移譲(よくあついじょう)」の論理は、日本社会構造理解する上で非常に鋭い洞察です。

質問の続きを補完するように解説すると、日本社会における「抑圧者」のあり方は、ピラミッドの頂点に君臨する独裁者一人に集約されるものではありません。

「抑圧移譲」の構造とは

丸山によれば、日本的組織社会においては、ある個人は「上からの圧迫」を受けると同時に、そのストレスや不満を解消するために、自分より「下の存在」に対して同じように抑圧を加えます

連鎖する抑圧: 組織トップけが加害者なのではなく、中間管理職、平社員さらには家庭内関係に至るまで、誰もが「被害者であると同時に「加害者」になる連鎖構造を指します。

心理的な均衡: 上から受けた理不尽圧力を、さらに弱い者へ転嫁移譲)することで、個々人が精神的なバランスを保とうとするメカニズムです。

日本社会における特徴

このシステムには、欧米的な「独裁」とは異なるいくつかの特徴があります

特徴 内容

無責任の体系 全員が「上の指示だから」「社会の風潮だから」と責任転嫁するため、最終的な責任所在曖昧になる。

権威への依存 自分が抑圧する際、自分自身の信念ではなく「上の権威」を背景にして(虎の威を借る形で)振る舞う

無限連鎖 抑圧の対象がいない最末端の人間は、さらに弱い存在(あるいは身内や動植物SNSでの匿名攻撃など)へ矛先を向ける。

丸山眞男視点

彼はこれを、近現代日本軍隊組織官僚制の中に顕著に見て取りました。上官から殴られた兵士が、さらに初年兵を殴ることで自らのプライド回復しようとする構造が、社会全体の「空気」を作っていると批判したのです。


現代への示唆

この「抑圧移譲」の連鎖を断ち切るには、丸山福沢諭吉から学び取った「独立自尊」の精神、つまり外部の権威依存せず、自らの良心に従って判断する個人の自立が必要だと説かれています

「上が悪い」と批判するだけでは、この構造からは抜け出せません。自分自身が「下の者」や「異質な者」に対して、無意識圧力移譲していないかを自省することが、この連鎖を止める第一歩となります

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