はてなキーワード: 予定調和とは
もちろん、「」の中に入るアニメは何でも良いと思うし、人によっては色々出てくると思う。
スヌーピーといえば大半の人は「それはそうかも…」って言ってくれる気がする
数十年アニメを見てきて生きてきたけど、なんだかんだいって一番飽きが来ない
多分、もっと良いところあげられるけどキリがない位
生物の仕組みって怖いくらいに出来すぎてる。偶然の積み重ねというにはあまりにも秩序立っていて何らかの意思を感じずにはいられなくなる。
でもそれって生命や生存という現象を特別視しているからこそそう感じるのかもしれない。
世界は在るように在るだけで、我々が生命と呼ぶような連鎖反応もまたその辺に石が転がっていることと等価でしかない。
それだけの事なのに、生きて何かをしたり感じたりする事をある種の目的と捉えてしまう。
それを実現している、細胞がなんやかんやするような動きに対して遡及的に手段という位置づけを付与してしまうから、ただ在るだけのものが人間の叡智を越えた精緻な手法に見えてしまう。のかもしれない。
所与の万物の流れにある動きをスゴい、美しいと感じるような感覚を持たされているのも、それはそれでなんか出来過ぎてるなって思うけど。
そんな考えすらもまた生まれた瞬間から、いや神がブレイクショットを打った瞬間から決まって予定調和なんじゃない?と無限にメタを展開出来てしまう。
決定論的世界観なんてあまりに味気ないし、積極的に支持したいもんでもないけれど。理屈として考えたらやっぱり、自然法則から独立した自由意志なる聖域がどこにあるんだって話だし。
ジョジョの6部(と5部)の世界観は未だによう分からんけど、最近になって決定論的な世界観と意志の両立にあまり矛盾を感じなくなってきたな。
所与のルールに基づいて必然の連鎖に身を委ねるしかないのかもしれん。自分という存在をそれたらしめる、真に自由な意志なんてものはないかもしれん。けども、操られてるとかそうじゃないとかはどうでも良くて実感というものがあればまあ……って感じだな。
とか考えるのもやっぱり決まり切ったことで……とやはり無限にメタを取られてしまうし、忘却で蓋をするに限る。
というのもまた決まり切ったことで……とか永遠に繰り返してしまうな。
思考停止というのは絶対的な何かを定める時ばかりでなく、こういう場面でも訳に立つんだな。やはりブッディズムなのか。欲を捨てる気にはなれないけどな。
知らない人にコモンピープルが…ファイアレーベルで…イエモン吉井が…なんて言っても仕方ないので、分かるように言えばハリポタの炎のゴブレットで魔法使いのバンド出てきたじゃん。あれのボーカル役がパルプのフロントマンでさぁ。JKローリングもこのバンドのファンなんだよ…って、虎の衣を借るみたいでアレだけども。さくらももこもたまを映画に抜擢してたし、サブカルクソ女って音楽のセンスいいよなぁ…
で、1月6日、フェスのついでの単独公演。仕事初めなので絶対に休めないが…4・5に東京のフェスに行くのは絶対無理なんで、正月の連勤で埋め合わせて有休取得。
スタンディングは辛いので二階席。
当日券もあるとのこと、あぁ予約埋まらなかったか、オッサンばっかだろうな、と思いながらも。
こういうのっていい意味で期待を裏切られたく、ガッカリするのも嫌なので期待しないようにしてるんだけど
風呂での鼻唄が無意識にdisco2000になってたり、フェスの感想チラ見して、へー声出てるんだ。結構好評じゃん、なんてそこそこ楽しみにしちゃってたり
で今日、大阪へ。雨でガッカリしてたが夕方には止んでいい感じに。
時間どう潰そうか、と考えるが映画も微妙に時間があわず、でもなんばで適当に観光してたらいい時間になって。
開始30分前に現着。…あれ?混んでるぞ??外人さんが多いのは分かるが……老若男女つーか、若いチャンネーがいる!むしろ多い!pulpがなんか大人気バンドみたいじゃん…
物販も並ぶ!階段まで並ぶ!パルプだぞ?オアシスと勘違いしてんのか?
で、二階から見たらフロアギチギチで。パルプでこんな熱気ムンムンってある??
正直、これだけでスゲーもん見たという満足感があり、うわっ隣の女性のスマホの壁紙がジャービス(パルプのフロントマン)だ!でもそんなやべー女がここには何十人、下手したら100人位いる。異常…
で、待ってたら変な映像と変なノイズが流れて、歓声が上がる。変な映像と音が流れ続ける。トラブルか…?と思ったら日本語字幕付きのメッセージが出る。これが俺たちのアンコールだぜ。562回目(だったと思う、コロニーで語呂合わせした)のライブだぜ。忘れられない夜にしようぜ、みたいなメッセージ。
うーん、かっこいい…で満月の映像をバックにジャービス登場!うわーかっこいい!そしてディスイズハードコア!初っぱなで!?渋い!いや違う!なんだこの曲!?
顔はよく見えないが、箱がふたつ置いてあり、そこに足をのせてジャンプしたりクネクネ踊る。声も出ている。30年前から変わってるけど変わってねぇ!遅咲きで、90年代のブレイク時には30くらいだったはずなんだが…10年くらい前かな、ソロのビジュアル見た時はヒゲと白髪でもうおじいちゃんだなーって感じだったのに。若々しいんだけど、それだけじゃなくジジイなのにセクシーなんだ。うーん、俺は数十年後の自分を考えるとジジイか死んで消滅してるわけで、そうなると根源的恐怖を感じたりするんだが、こんなジジイになれるならいいじゃないか、と考えたり。ヘルプジエイジド。知らん曲はウィラブライフ産か?このアルバムでパルプは完全に終わったな、ジャービズの才能も枯れたなと思ったわけだが…しかし、後から感想漁ると新曲もやってたと知る(MCはよくわからんのよ)
disco2000が一番もりあがった気がする。後追いだから、再結成してさー、来日してさー、合唱できるなんて思わんじゃん?サムシングチェンジド、好きだった曲だけど何だっけこの曲??ってなったり。ベイビーズもリップグロスと勘違いして勝手に盛り上がったり。ドラムがいい仕事してる。ベースは昔イケメンだったんだよなー。映像とか演出とか凝りまくってて、令和の現役バンドって感じだ。アンコールのコモンピープル、いつやるかいつやるか、ソワソワしすぎて期待の方が大きかったかも。スマホの電源切ってたけどアンコールやしええやろ!でビデオ撮ったが、画面で見るとステージ遠すぎ、しかも容量不足で撮影停止。でもそれはそれで。コモンピープルでメンバー紹介するのもいい。その後のアンコール、コモンピープルやっちゃったらもう蛇足にしかならんよね、といいつつ映像も用意してるから予定調和よな。太陽の塔行ったらジャービスいたんかな。ラズマタズやってくれたのはよかった、doyouremember1sttime も。キラキラ手袋は仕込みを疑いながらアドリブと思いたい。
ミスシェイプスで〆たらカッコいいのになぁと思ったが、後から東京公演のセトリではそうだったことを知ってうれしくなったり(フェスの話かと思ったが、解散する前の来日?)
初めて見にいったライブが再結成スウェードでポールマッカートニーが風邪引いたりコロナがあったりで、人生2回目のライブ。そっちはファンサービスが完璧でプロを感じたけど、こっちはカリスマ性で殴ってくる感じ。しかし、スウェードのブレットとパルプのジャービスはこの世にこんなにかっこよくて変態な男がいたのかと衝撃を受けた二人なので、生で見れたのは良かった。全盛期は生では見れなかったけど、老いてなお盛んなとこが見れたんで却って良かったのかもしれん。
翌日追記。
感想漁ってたら、ニッキーがいないことだけが残念、と言われてて、そうそうミッキーみたいな名前のイケメンベーシスト…いなかったんだ?脱退したとかかな…で調べたら一昨年亡くなっててえぇー!って。遠くからはギターかベースかもよく分からず、どっちかがベースなんだろうけどすっかり別人だな~と思ってたら別人だったのだが、不在とさえ思っていなかった。大抵、ギタリストが相棒的ポジションにいるんだが、パルプではベースのニッキーが結構前に出てきていて。若い頃の映像流す演出でやっぱイケメンだなーと嬉しくなってたんだが。いまさら追悼。
俺は唯物論者だから、天国で見守ってくれてるみたいな考えはできないし、不在の悲しさはある。でももしタイムマシンか何かで、生前のニッキーに来日公演の盛り上がりを伝えることができたら、彼は喜んでくれるだろう。だから、これでいいのだ
色々意見ありがとう。ブクマやトラバを読みつつ昨日の午後夫とデートのやり直しをしたよ。
その中で年末年始にされて(夫に言う時はしてもらって)自分がどのように感じたか・夫が私の目にどのように映っていたかを話した。
同僚と飲み入ったりするときもそんな感じなのかというとそうではなく、
私が相手だとスイッチが入って空回りすることがあると、それは自覚した風だった。
便利さ重視の私には使うシーンは限られているが、使えるお出かけシーンをひねり出して少しでも使って行こうと思う。
このバッグが似合う妻でいてほしいという夫の願いがこのプレゼントに込められているのだろうから。
話したところ、年に一度私に高価な贈り物をすることは夫が自分で決めたことだという。
私にとっては普段から清潔に過ごしてくれて、開けられないペットボトルのフタをいつも開けてくれて、
散歩のときには手をつないでくれて、冬の散歩のときにはダウンジャケットのポッケに手を入れさせてくれて、
毒親の実家から守ってくれている今でももう充分だというのにな。
とはいえ、高価な贈り物攻撃や予定調和からハズレたデートで雰囲気が悪くなる問題とはなんとか折り合わなくてはいけない。
来年からはその時の買い物には私も連れて行ってほしいとお願いした。
デートが上手くいかないと雰囲気が悪くなる問題については、今後の課題とする。
この課題をクリアできなければ、一生夫婦水入らずの一泊旅行もかなわないのだから。
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以下元の投稿
夫は私を大切にし愛しているのか愛する妻に良いことをしてやる俺が好きなのかわからないが、
私が「これをしてほしくない」といったことを覚えておらず、妻に俺がしてやりたい事をとにかくやる。
思い通りの展開にならないとイライラしたりあからさまに落ち込んだりする。
これが大変に嫌。
年末、「デートに誘いたい・前から見たかった映画にも付き合ってほしいから」と言われて都会へ連れ出された。
それ自体は嬉しいのだが、映画のあとどこのお店も年末に浮かれた酔っぱらいや観光客でいっぱいで良い感じのお店をスッと選んで入れなかった。
段々早歩きになって、商店街の人波をグイグイ押し分けて進んでいく。
以前同僚と行って美味しかったラーメン屋に私を連れて行きたかったらしいのだが、その店も上手く見つけられないで
あの暖簾でもないこの看板でもないとブツブツ言いながらどんどん歩いていく。
「連れて行ってあげたかったけど、見つからないからもうここにしようか?なんかごめんね」
と足を止めた店は関西では有名なかすうどんやさん。あのな、ここホームタウンでもどこにでもあるやん(美味しいことは知っている)
インフルエンザ無茶苦茶流行ってるのにこんな人ごみの中長時間歩かされたくない。
映画の前にも食べたじゃん(餃子屋)、なんでその時にもっとしっかり食べないのさこっちはラーメン入るほどお腹空いてないよ。
ていうか餃子屋のあとラーメン屋ってダウンに臭いが付くものばっかりじゃん。
夫にとって美味しいお店に妻を連れて行って食べさせる俺に酔いたいのだろう。
妻を俺の活躍のための書割としてしまっていることに気付いていない。
最終的にその日のデートはインバウンド価格のハズレのたこ焼き屋でたこ焼きと飲み物頼んで、
高くてまずいたこ焼きに夫は悪態を吐きながらさっさと店を出た。
私は「そんな風にイライラするなら二度とデートに誘わないで。明日の大晦日、お義父さんも来て団らんする予定なのにこんな気持ちであなたと一晩過ごしたあとでは明日に差し支える」と言って解散した。
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年が明けて今日、いきなりブランドのカバンをプレゼントだといって持ってきた。
夫は年に1回くらいいきなり高価な買い物を私のためにしてくる。
到底使えないようなものをチョイスしてくるわけじゃないので、夫をがっかりさせないために一応感謝して使う。
私は去年も「あなたからはたくさんもらっていて、使い切れないからこういう事はしないで」と頼んだのだが多分覚えてない。
妻にいっぱしのブランドカバンを買って贈る俺に酔いたい気持ちの方が強いのだろう。
妻を喜ばせる俺になりたいために、そんなもの別に欲しがってもいない有難迷惑だと思っている妻を自分の中から排除している。
あーマジでどうすりゃ伝わるんだこれ。
最後の最後でデビューシングル「始まりは君の空」(アニメではここまで未登場)が流れるのは非常に良かった。
卒業=始まり、という解釈もベタではあろうが、ベタだけに感動してちょっと泣いてしまった。
ただ、その綺麗なゴールへ向けて3期のストーリーが収束していたか、というとだいぶ微妙。
一期目の(新設校の)廃校阻止、二期目のVSマルガレーテ、にしたってそこまで強いドラマではなかったが、それに比べても三期の、リエラ分裂?(一校に二つのスクールアイドル)は軸として弱かった。予定調和というか、あまりにも茶番すぎる。
1期目:今回は全員同学年の5人か
2期目:なるほど!新入生加入で9人に!
という流れは、意外性・イベント性の面ではよかったものの、どうしても主人公含めた初期メンの存在感が強すぎて、2期生以降には「後から来た連中」の印象が最後まで抜けなかった。
新メンバー加入!はアイドルグループとしては盛り上がるイベントなんだろうし、リアルアイドルの方のリエラでは二期生以降もしっかり馴染んでたりするのかもしれないが(そっちは全然見てない)、純粋にアニメとして見ると、ちょっと活かしきれなかったように見える。
・多少無理やりでも一話から9人全員を顔見せしておく
・先輩後輩の垣根が低い
20年以上アニメオタクとして生きてきたが、最近のアニメは本当につまらない。
テーマがあっても世界観の大きさに比べてしょうもないスケールの作品。
既に過去のアニメ作品がやった通過点を劣化版の焼き直しした作品。
ライブ感で視聴者を繋ぎとめることやバズれば勝ちだと叫んでるかのような作品。
そんなのばかりで、もういい加減ウンザリしてきた。
日本という国自体が活気があったころは、アニメも実験的な作品や文学寄りの作品に溢れていたと思う。
今、新しくアニメを作ろう、となると何をするにしてもとにかく売れることが目的。
世間を驚かせよう、作品を作ろう、という情熱が働き甲斐搾取で消費尽くされて、
人手不足になった現代では、自爆覚悟のような異形な作品も出て来なくなってしまった。
既に何が売れるのか過去のデータで分かるようになってしまうものの、
売ることばかりが目的になってしまっているせいで、王道すら使いこなせずに墜落していく滑りアニメたち。
売れるのはあくまで結果であることは、原作に多用しがちな漫画から学ぶことはいくらでもできるはずなのに、
過去作の続編で中年たちの財布に頼ったり、別のコンテンツや有名監督に頼るばかり。
完全なる腑抜け業界になってしまったのが日本のアニメ業界だと思った。
腑抜けになるだけならまだマシだがスポンサーたちが失敗から学ばないせいで、
製作側も諦めて金だけもらって金の分だけ仕事するような作品だらけになった。
そのバカみたいな循環に付き合うことをやめない視聴者たちのせいで更に悪化していく。
死ぬのが怖い(痛そう)
死ぬのが怖い(地獄とかあったら嫌じゃね?/「無」って怖くね?)
死ぬのが怖い(自分の存在や生きた痕跡が忘れられるって恐ろしくね?)
意識とは何なのか?死とは?知りたい
自分の満足と納得を追求したい、この気持ちだけは本物だと信じてみよう
サウナ気持ち良すぎワロタ 夜中のお出かけ楽しすぎワロタ 暇を持て余して抽象的な事ばっか考えてる人、バカですw
ゴチャゴチャと理屈を捏ねるまでもなく、人生とは何らかの熱狂的な情熱を放てるか否かが全てではないか?
生きるのが怖い、腰抜けには死ぬことすらままならないのが心底恐ろしい
自分が何を悩もうとも運命が存在するのならそれもまた予定調和に過ぎないが、もし人の意志に聖域があるのだとしたら?その源が神なのか自然の摂理の偶然性にあるのかは分からないが、今まで確信や納得だと思っていたものよりもより純度の高い信仰がそこにはあるのではないか?
それを実証的に明らかに出来そうな気はしないし、無根拠に信じるというのは蓋をするのと同義でもあるかもしれない
記憶にある限り、こんな感じで興味関心が移ろいでるな。マジで他人が登場しない。
般教の思想史でも似たようなトピックと似たような理屈が出てきたりして面白い。やっぱ人の考える事って似通うんだな。人類、歴史を伝って思春期やってるじゃん。
というよりその歴史が何らかの形で自分の考えに影響を与えたのかも分からんけど。思想史的に時代が進んだり戻ったりしてるような気がする。
車輪の再発明というやつか。自分で捏ねくり回して得たからこその納得というやつが人生に対する実感をもたらすと思えてならねえ。
本でも読めば近道出来たかもしれない事から目を逸らすような自己弁護なのかもしれないけども、まあ別にいいや。長い人生始まったばっかだし。
当たり前だけど全て主観です。
戦後から現代に至る女性向けのハイファッションのベースを作ったと言っても過言ではないと思う。
ココ・シャネル以降、ハイファッションが多様化しドレス服に限らない仕事や遊びにも使える自由でモダンな服が広がっていった。
彼女がいなかったらモードの世界も欧州に閉じたローカルで予定調和な文化に留まっていたかもしれない。
シャネルのショーウィンドウ見るたびに思うけど分かりやすい流行を取り入れようとしない。
一見するとコンサバに見えるんだけど一方でちゃんと新しさを感じる。
ハイファッションというか上流階級のファッション。ドレスの再定義をした人かな。
実際現役時代の写真を見ると素材使いと仕立てのバランスがめちゃくちゃいい。男目線でもドレスの膨らみと丈のバランスとか神がかったセンスだと思う。
と思ったがサンローランがデザインしてた時代かもしれん。古すぎてよく分からん。
のちにエディ・スリマンのディオール・オムで再ブレイクしたのはもう別物と思ったほうがいい。
あれは元のクリスチャン・ディオールとはほとんど連続するものがない。
80年代から90年代にいたるモード不毛の時代に数々のレガシーブランドを若返らせることに成功したらしいがあんまり知らない。
初代デザイナー引退後にブランドを畳まず再構築するために外部からデザイナーを雇うことは今では当たり前だがこの人がそのテンプレートを作ったんだと思う。
彼がいなかったら業界全体がオワコンになり昨今のラグジュアリーブランド全盛時代(最近中国の不況でまた陰ってきてるみたいけど)はなかったかもしれない。
素っ気ない服でも素材や仕立てによってラグジュアリー足りうることを示した。
「アンコン(ストラクテッド)ジャケット」といって肩パッドが入ってないジャケットを作ったのもこの人。
一度ジャケットを試着したことがあるが軽くて仕立てがきれいで買おうかと思ったけど想像の2倍近い値段で諦めた。
ボロファッション、左右非対称、切り替え、脱色、縮絨、製品染め、ジェンダーレスなどあらゆる手法を使って既存のファッションを脱構築してきた。
パリコレデビューから40年以上経つのに未だ健在。コムデギャルソンのフォロワーも出身デザイナーも多い。
一時期ハマったがジェンダーレス風味が強くなってきて手を出さなくなった。
ハイファッション史上ということでアントワープ勢から一人は選ばないといけないんだけど自分はマルタン・マルジェラでもラフ・シモンズでもなくドリス・ヴァン・ノッテン。
革新性という意味では他の5人と比べると穏やかで分かりにくいが、彼も伝統服やワークウェアの様式を持ち込んでハイファッションとして昇華するという重要な役割を担ってきた。
少しひねりがあるがいわゆる「着れる服」でハイファッションのリアルクローズ化を進めた。
グッチの起用で大ブレイク。80年代完全に死んでいたグッチを蘇らせた。
本人の見た目通り男性向けにはマッチョな服、女性向けにはセクシーな服で現在のジェンダーレスな世界とは一線を画すが、ハイファッションらしく仕立てがよく品が漂うのはやはりセンスの賜物だろうと思う。
日本人の平板な体型には最も似合わないであろうデカいピークトラペルのジャケットには憧れた。
あのラペル見ただけでトム・フォードって分かる。
ハイファッション史上というとちょっと役不足な感もあるが、2000年代のタイトファッションの潮流を作った人で当時抜群の人気を誇ったので挙げざるを得ないか。
オーバーサイズ全盛の今では信じられないが、当時スキニーじゃないジーンズなんてアメカジ好きなコンサバおじさん以外は見かけなかった。
それくらい人気が高くハイファッション内外への影響力が絶大で、セレクトショップオリジナルでコピー商品をよく見かけた。
ディオール評でも触れたがブランド再構築というよりブランドクラッシャーだと思う。
今はセリーヌでフィービー・ファイロ後の後始末をやってて残念な感じ。
ここ10年のモードとストリートファッションのクロスオーバーはキム・ジョーンズがきっかけだったと思う。
単にストリートの形式を流し込むだけのパイプ役に留まらず、非常に有能なデザイナーでもあり固有の世界観とセンスを持っている。
ブランドイメージを壊さないギリギリのところで着地させるセンスはとても現代的でブランドからも使い勝手が良いのだと思う。
マーク・ジェイコブスと似てる。というかルイ・ヴィトンがそういうデザイナーをうまく見つけてるのかな。
今はディオールをリブランディング中でちょっと落ち着いてしまった印象。
もう1人誰だろう?
大阪地裁、久しぶり。
北浜からLuupで地裁まで、ライド料金は200円ちょい。ビミョー
大阪は昔から公共交通機関が脆弱で橋下がトドメを刺し市内交通インフラは壊滅状態
陸の孤島エリアが幾つも存在し電車バスでの移動が困難な公共施設が多い
一つに、大阪人を歩かせようという政策的な優しさだと思っている。
半チャンラーメン、炊き込みご飯うどん定食、お好み焼きをおかずにゴハン、
為政者の優しさがボロボロの交通インフラではなかろうか、とか思いつつ
だが、俺は歩かない、電キ最高
ちなみに早い時間は民間業者と思われる女性がパソコンを持ち込みテーブルを占有し開廷表を全て手入力している。
小一時間してもまだ打ってることがあった。恐らく二時間程度はかかるんじゃないか
打ち子のバイト代は千円程度だろうから諸経費合わせても4000円程度で一日の開廷表が電子化できるわけだが、なるほど採算取れるだろう。
そのワキに開廷表の写真撮影、スマホの使用は禁止と張り紙がされている。
そもそも開廷表を電子公開すりゃいいだけなのに頭の悪い日本の司法はそんな事に気が付かない
なぜそんなもんを隠したがるのか。意味不明だ。
だが一方でテーブルを長時間占有し手入力する事を咎める法的根拠も無いから黙認するしかない。
この内の1冊を打ち込み屋が占有するので鬱陶しい。
ワンセット増やせば良いのに裁判所はそういう配慮も無い、実に鬱陶しい。バカだ、愚かだ。
ともかく面白そうな裁判があったのでこいつを見に行くことに、俺クラスになると開廷表を見れば概ねアタリが判る。
今日のは大当たりだった。傍聴歴長いが初めてのシチュエーションが見られた
被告人来ねぇwwwww
ええ根性してるなぁwwww
おばちゃんなんだけど、普通のおばちゃんなの、刑事裁判だから間違いなく弁護士なハズなんだが、弁護士バッチなし、普通にスーパーに買い物に行くような格好、ダラっとしたシャツ、雰囲気全てが弁護士の身分を隠蔽している。カバンも実はお高いのかもしれんが花がらの安っぽいお出かけ仕様。
弁護士答える「電話しても出ないんですよ、いつも折り返しで、電話すると鬱陶しがられるし、てか私電話持ってないのよね」wwwww
いやいやいや、そういう状況じゃ無いでしょwwww
つか電話持たないってwwwww
出る、書記官、可愛い女性だった、被告人にどこにいるのか?なぜ来ないのか?
恐らく「え?今日行かないとダメなんすか」みたいな、クッソナメててワロタ、国家権力ナメナメwwww
今すぐ来るように説得するが
恐らく「このあと仕事なんすっよね」wwwww
いやいやいや、そういうレベルの話じゃないでしょ、刑事裁判っすよwwww
こーゆーセリフが聞けるとは思わなかった。
で、おばちゃん弁護士は裁判官に「仕事だから来られないって」wwwwww
困るってよwwwwww
裁判官が困ったらなんなんだ?
要約すると「今すぐ来いやごるぁ、仕事がナンボのもんじゃ、こっちが最優先だろ、身柄拘束すんぞぼげぇ、タクシーに飛び乗れ、タクシーに乗ったらすぐに電話かけろ、わーたな」
ここで休廷
全員が来ねぇだろうと思ってただろうが、来たのよwwwww
しかも超絶ぜぇぜぇ言いながら、走って来たんか?wwww
わざとらしくゼェゼェハァハァやってんのwwww
たぶん二日酔いwwww
金髪長身細身であまり頭が良さそうには見えない不健康そうな30手前のおにいちゃん
電話も持ってないwwwww
どーすんの、裁判官、検察官、被告人全員揃ってるのに弁護人いねぇwwwww
検察官、怒っているのか耳が赤い、そりゃねぇ、普通にブチギレ案件だわw
書記官走り回って探す
10分ほどして登場
一時間遅れでようやく開廷、刑事裁判は被告人がいなければ開廷できないルールなのだ。
ともかく開廷したんだが、検察官論告、どうも元職場の同僚女性を名誉毀損したらしい。
退職後に元勤務先の新卒採用担当者に女性を侮辱するメールを送りつけた。
メール送信が公然性に該当するか、文面が名誉毀損に相当するかが争点のよう。
次に弁護人側の弁論、
おばちゃん弁護士にワクワク、たまにアホが間違えて司法試験受かっちゃって弁護士になっちゃたボソボソ喋る頭の中グッチャグチャな弁護士もいるが。
たぶんすげぇ優秀な人だわ。
ところが、読み方、雰囲気、文章からしてデキる弁護士。たぶんすげぇ優秀な人なんだろうなぁ。
ともかく、メールは公然ではない、名誉毀損ではなく侮辱程度だから無罪主張。
どうせ実刑はアリエナイんだからなんでもいいわね。ワンチャン無罪主張だろう。
次に被告人の最終陳述
要約すると「遅れてゴメンナサイ、日にち間違えてました、グダグダグダ、名誉毀損するつもりはなく元職場がより良い環境になって欲しく(この職場は全然別の横領事件が起きておりその事を指しているよう)叱咤激励で送っただけ、さーせん」
ちなみに被告人の名前でググると簡単に特定できてしかも名誉毀損メールと恐らくはほぼ同じ文面では無かろうかと推測される文章も出てくる。消せよwww国家権力ナメすぎだろw
次回は判決
来るかなぁw
執行猶予確定案件だからね、来なきゃ判決出せないけど、来なかったどうするんだろうw
勾引、身柄拘束して執行猶予の判決を読み上げて身柄開放するんだろうかw
それはそれで見てみたい
彼は民事裁判も食らってるようで、SNSを見ると人生ボロボロみたい。
楽しかった
普通ならこの程度の名誉毀損だと刑事裁判にはならないよね。普通は民事で済ます
・今年のキャンペーンに引っかかった
説明まず1つ目
例えば道路標示のペイントをくっきり塗り直そうとか、生活保護の受給者を10%増とか減とか
行政機関ってのはこういう仕組みが動いてる。
今年の刑事政策で「ネットの誹謗中傷を取り扱え」ってのが警察と検察に通達されてるんじゃないかと。社会問題として話題だから。
2つ目
高校時代に同級生を恐喝して40万円豪遊した武勇伝などが書かれてる。
警察は被疑者を徹底的に調べる、告訴された事件以外の別件もあぶり出そうとする。
そういう素行調査で余罪がボロボロ出てきた御仁では無かろうかと。
検察は親心で起訴したんではなかろうか、つまり大きな事件を起こす前に司法の洗礼、国家権力の威力を見せといてやろうと。きつくお仕置きしてあげよう。更生の機会。
ところが逆効果で、平然とバックレwwwwww
たぶん国家権力ナメナメが進行する
自分の欲望を貪り食って心を底から震わせてる時は自由意志を感じる。人生この一点さえを見失わなければ生きるに値すると思える。
生活に追われて何をしてても「こんな事してる場合だろうか」って気分になる時はあらゆる物事が無感動に思えて、まあ結局自然法則の操り人形だしなって感じる。
この反復横跳びを繰り返してると、本当に、心底大事だと思っていたものすら結局気分に踊らされてるに過ぎないんだろうかって気持ちになってくる。
全体的に後者へ傾いていって、生の実感を蝕んでいく。こういう事考えてると意識の現実感が薄れて、起きながら夢見てるような感覚に陥る。
そのメタメタ思考も。そのメタメタメタ思考も。そのメタメタメタメタ……
頭おかしなるで。
元ネタは知らん、ニコ動でバッドマンと殴り合ってるシーンを見たことあるくらい
一応ちょっと調べた、2019のはシン=ジョーカーみたいなもんか
元々ほとんど持たざる者から一個ずつ丁寧に奪っていってゼロになって覚醒
ストーリーとしてはいうてシンプルだよね、しょうがないけど、意外性も特ににない
この程度の絶望なんてそこら中にあるだろうっていうのも感じた
ただ演出とか演技とか雰囲気は非常に洗練されてた、王道ものを丁寧にやるとウケるよねみたいな
「こんなことあったら狂うよね」ではなく、「この人はこの事実に耐えられないだろうな」を説明するのを頑張ってたように感じた
主役がそもそも悪役であるっていうのはプラスに働いたのかマイナスに働いたのかがわからん
BAD ENDまっしぐらな作品だけど、それは予定調和なんだよね
てかこれの2作ったの正気を疑うな、完全に完結してる
明日見に行くけど、別物だと思って見たほうが良さそう
別にテキストに起こしても絶対的に面白いトークのやりとりしたいわけじゃないと思うんだけどなー。
話者によって面白数値の変動がないような強度あるエピ(ネタ)ぶつけ合いはそらコミュニティ内ではバトル!って感じで男女問わず行われてて、そのコミュニティ内で評価されやすいエピの傾向は違うよねたしかに。
ただ親密な間柄、あるいは親密になろうとしてるという場で元増田が"おもんない"って評価になったのって、ってそっちは自己開示するきないじゃーんていうつまんなさなに見えた。予定調和な話の中に話者の感情があったらそこに奥行きでるくない?
いっつもこういう時に対女のときは共感ベースで!とかいう方向に行くのわからんではないのだが、それはそれで取りこぼし多くない?という気がしてしまう。どんな間柄でもすり合わせが必要なのはそうなんだけどさー。
結婚のために苗字も変えて新居もあれもこれも大変なプレ花嫁!みたいなキャラ付けとか、
うちの旦那ってばこんなんで!みたいな「旦那の文句を言いつつも上手に手のひらで転がして頑張る賢い肝っ玉母ちゃん!」みたいなキャラ付けとか、
面白くて個性的だった友人たちがそういうテンプレを踏んで無個性化し、
明らかに尊重されてないことでさえ「ママ(嫁)は大変!笑」みたいな苦労自慢、不幸自慢して既婚者間で予定調和の会話をしてるのとか
そういうの見てモヤモヤしていたので、わ、わかるわ〜〜!ってなった。
置いていかれる、会いにくくなる寂しさよりも、大事な友だちが大切にされていないことと、それを受け入れるのを良しとしているのが嫌なんだよね。
なるほど、男の言う面白いが全く面白くない訳が分かった気がする
脱構築的発想って要は論理性や首尾一貫性がなく、破綻していてその場しのぎのインパクト勝負だって事だよね
それって女からしたらただただ意味が分からなくてつまらないだけ
一方、女の言う面白さは予定調和って、それはすなわち論理性や知的好奇心の充足に重点を置いてるって事なので
例えばミステリーで真相が判明して事前にきちんと伏線が置かれていた事が分かった時なんかに最高の面白さを感じる
伏線もなく唐突に意外なだけの真相を出されても、面白いと思える女は少ないだろう
エピソード(ちょっとした愚痴や自慢、感動)とか、聞いてもらえるなら聞いてもらうし、聞かせてもらうし
相手がつまらなさそうにしないように、話したい欲溜まってないか、無理に話題を振ってないか、気にするし
2人ならわりと簡単だけど、複数人になったら格段に難易度が上がって、
ずっとつまらない(他の人が興味を持っていない、笑わない、スマホいじりだす)長い話をする人や、
突然突拍子もない話(本人は繋がっているつもり。関連性の認識がおかしいか、エピソードとかが少なく無理に手繰り寄せて違和る)をする人が居たりで
せっかくの時間がもったいなくなって悲しい
そこそこみんな楽しめているのなら、主導権の奪い合いや切り返し狙いとか自分の個性で存在感をアピールするそれはそれで楽しい場なのだけど
もちろん3~4人ぐらいで真面目な話をすることもあるし、なんでもかんでもウケようとしてるわけじゃないです
誰かと話すのって、
マウントしたい
知って驚いたことを共有したい
みたいな、前の二つとか(三つめもちょっとマウント系か)の、愚直に伝えればよくない系の欲求のためが含まれてないか?
それは相手もしんどい、自分も恥ずかしいから、話術(ネタのチョイスや組み立て、間合い)が必要で、
関西人だから、距離感近すぎて、他地域だと、ただその場を穏やかに保つためや、相手に危害を与えないですよという安心挨拶の社交辞令だけなのか?
関西人だから着地が笑いになりがちでそのパターンを多種知ったから、予定調和で笑えたり、ツッコミで終了するけど、
他地域だと、怪談とかいい話オチとか落語の人情噺とか、世にも奇妙な物語のタモさんみたいな別系統の落としがあって、そこわからんのかな我ら
そもそも「面白さ」に対する考え方には結構性差があって、増田が例示したエピソードは男さん基準ではそもそもオモロの俎上にすら上がらないことは認識した方がいいと思う
定義はウケるウケないは別として、絶対に関心を引くような話です。
(私の場合は、マチアプで出会い2年半付き合ったモラハラ男が出会ったときから既婚者子持ちだった)
「ウケるウケないは別として」とか予防線張ってるけど大概の男さんはこれらのエピソードに関心すら持たないと思う
だって内容がすべて予定調和的というか、「まあそんなこともあるよね」の範疇にしか収まってない
3つのエピソードとも、現実世界で起こりうる事象の中で可能性が低いものがたまたま発生し、そこに増田がたまたま居合わせたという事実でしかないわけ
認知の枠外から意外性のある切り口を提示することがないから「へーそんなことがあったんだ」以上の感想は出てこない
男さんの面白さって、会話の脱臼というか、気の利いた切り口での「脱構築」的なメタ認知能力の高さ勝負みたいなところある
つまりその場にいる人間の思考フレームワークの外側から、自分しか持ちえない視点を提示しないと男さんからはオモロとはみなされない
男さんのオモロは目の前のテーマをいったん抽象化して大喜利に変換することから生まれる、と換言できるかもしれない。増田の提示した例で言えば
というお題に対する気の利いた回答を提示する必要があって、ここで「実は既婚者子持ちだった」「プリンターがエラーで写真が出なかった」とか回答してもオモロにはなりえないということは感覚的に分かってもらえると思う
ではなぜ女さんはそんな予定調和的なエピソードトークを好むのかと言えば、答えは簡単で、女さんの会話の目的が「感情の共有とそれに伴う自身の存在価値の確認」だからだ
女さんは、トーク自体を面白くしたいわけではなく、このトーク面白いよね?という感情を目の前の相手と共有することで自分と相手が共通の価値観を持つ仲間であることを確認したいのだ
つまりトークの面白さそのものではなく、このトークを面白いと思ってもらえる関係性の方に価値を見出している。手段と目的が男さん目線では転倒しているのだ
女さんにとってエピソードトークとは、自分が任意の感情に至るまでの前提条件や結果に至るまでの文脈などを共有する手段でしかない。極端な話一切笑ってくれなくても共感さえしてくれれば目的は達成される
要は増田の真の不満は「彼氏のオモロなさ」ではなく「彼氏が自分の感情に共感を示さない」というところにあるので、仮に彼氏がスーパーオモロ人間だったとしても解決はしないと思う
■追記
男さん的面白さの具体例を挙げると、滑舌の悪いプロレスラーのインタビューを聞いて何言ってるか当ててみようっていうクイズで、天龍の声を聞いた麒麟川島が「エスプレッソマシンのモノマネをしてらっしゃる」とツッコんだやつ(無断転載ではあるが動画を見てみるとニュアンスが伝わると思う)
https://youtu.be/QeSXpiKtj0A?si=i2EaM603ERPrugo-
多分女さんがこの場に居合わせたら天龍の声がガサガサすぎて聞き取れない状況をそのままオモロとして認識してしまってそこ止まりになる人が大半だと思う
ここで面白さのキモになるのは人間の声がエスプレッソマシンとリンクする世界観を一瞬で思いつく脱構築的発想であって、男さん目線では天龍の声質そのものに面白さが宿っているわけではないということを分かってほしい