はてなキーワード: 視線とは
今年の冬は例年に比べてそこまで冷え込まない、などと天気予報で言われていたのに、私が受験の日を迎えた今日に限っては朝からひどく寒かった。眠い目をこすりながら携帯のアラームを止め、暗い部屋で小さく伸びをしてから私は布団を抜け出した。大学入学共通テスト当日。数か月にわたる受験勉強の成果を発揮するときが、とうとうやってきたのだ。予備校や塾の先生たちからは「とにかく落ち着いて、いつも通りの実力を出せば大丈夫だ」とアドバイスをもらっていたし、家族からも「元気に行ってらっしゃい」と明るい声をかけられた。そのおかげで多少の緊張はあったものの、試験当日は意外と精神的にも落ち着いている……はずだった。
しかし、まさか受験会場へ向かう途中であんな最悪な体験をすることになるとは、誰が想像できただろう。結論から言うと、私は電車の中で痴漢に遭った。受験日だというのに、早朝からそれはもう心が乱される出来事だった。ここ数年、痴漢撲滅の取り組みがニュースやSNSでも盛んに取り上げられているし、警察の協力で防犯カメラが増設されたり、女性専用車両が設定される路線も増えてきた。しかし悲しいかな、それでも痴漢は後を絶たない。ましてや、まさか自分の大切な受験の日にそういう被害に遭うなんて、想像だにしていなかった。
朝は何かとバタバタするので、私はあらかじめ早めの時間に家を出るよう計画していた。朝食を食べる余裕もちゃんと持てるよう、家族との時間も少し取れるよう、そして何より交通機関の遅延などに巻き込まれても大丈夫なように、家を出るのはかなり余裕をみていた。7時台後半の電車に乗れば、試験会場には8時半頃には着く計算。9時前には試験会場に入り、席について一息つくことができるはずだと思っていた。
ところが、ちょうど私が利用する路線のタイミングが悪く、思ったより乗客が多かった。いつもなら朝早いときはある程度空いているのに、今日は大学入学共通テストに向かう受験生や、大学生でもないのに何かの資格試験を受けに行く人たち、それから普通の出勤のサラリーマンなどが相まって、車内はかなりぎゅうぎゅう詰め。私は仕方なくドア付近へと立った。できれば座りたかったが、この混雑ぶりでは無理だろう。長時間立つのも慣れてはいるとはいえ、試験前にこれ以上体力を消耗したくないと考えていたから少し悔しかった。
程なくして電車が動き始めると、私は試験内容をもう一度頭の中で整理しようと、ポケットから小さなノートを取り出してざっと目を通していた。英単語や国語の古文単語、数学の公式など、とにかく最後の瞬間まで知識を定着させたいという気持ちが強かった。でも満員電車の中ではページをめくるのさえ一苦労で、あまり集中できない。それでも「もう少ししたら車内が空く駅があるはず」と思いながら、私はなんとか体を小さく丸めてノートを握りしめていた。
そんな状態で数駅ほど過ぎたあたりから、なにやら背後に違和感を覚えた。最初はただ、人の鞄が当たっているのか、単に立ち位置が狭くて誰かの腕がぶつかるのか、程度にしか思わなかった。しかし次の駅に着く直前あたりから、その“違和感”が明らかにおかしくなってきた。鞄や腕というよりは、手のひらのような、あるいは指のようなものが腰からお尻にかけて触れている。しかも微妙に動いているような感じがした。それでも「思い過ごしだろう」と自分に言い聞かせようとしたが、体はどんどんイヤな汗をかいていく。一気に心拍数が上がり、息がしづらいほど苦しくなってきた。
私は何とか勇気を出して体を少しねじり、後ろを振り返った。すると、すぐ後ろに背の高い男性が一人、まるでさも当然のように隙間なく私に密着していた。彼の顔はマスクに隠れていたし、目元以外はよく見えなかったが、視線が私の方を向いた瞬間、さっとそらされた。「やっぱりこの人がおかしいのかもしれない」と思った。その男性の手がどこにあるのかまでは視界に入らなかったが、なんとなく腰のあたりにあるように感じた。
痴漢だと確信してしまうと、全身が強張って、どうしていいかわからなくなった。声を出そうにも、朝のラッシュでギュウギュウ詰めの車内、誰もが無言でスマホや車窓を見つめるか、眠そうにうつむいている。私が声を上げたらどうなるのだろう。注目されるのは絶対に嫌だ。でも、このまま触られ続けるのも怖い。受験の日なのに、どうしてこんな目に遭わなければならないのか。嫌悪感と怒りと恐怖がごちゃ混ぜになって、涙が出そうだった。
実際、痴漢に遭ったときには「大声で周囲に助けを求める」ことが推奨されている、と何度も聞いたことがある。しかしいざ自分がその立場に立つと、なかなか声が出ない。本当に悲しいほど声が出ないのだ。心臓がバクバクして、舌がうまく動かず、思考もまるで絡まっているかのようだった。私は動揺のあまり、ノートを鞄にしまうことすらままならない。
次の駅で一気に降りてしまおうと考えたが、その駅は私が降りるはずの駅よりもずっと手前。降りたあと、また次の電車に乗り直しても同じように混んでいるかもしれない。そのときは試験開始に間に合わなくなるリスクもある。日ごろから「何かトラブルがあっても対応できるように」と余裕を見て家を出たはずだったが、そうはいっても受験日はまさに一世一代の大勝負の場。簡単には降りられないという気持ちと、痴漢に触られる恐怖が頭の中をぐるぐる駆け巡り、全く冷静ではいられなかった。
それでも耐えられなくなった私は、ようやく声を出そうと唇を震わせた。でも、結局声にはならないほど小さな音しか出せない。周囲の乗客に気づいてもらえるはずもなかった。そんなとき、電車が次の駅に着いた。ドアが開くやいなや、何人かの乗客が降りていく。一瞬だけ空間ができた。その隙をついて、私も「すみません、降ります」とだけ言い、小走りでドアの外へ出た。幸いなことに、降りる客の流れに合わせることができたのが不幸中の幸いだった。
痴漢らしき男がついて来るかどうかを怖々振り返ると、ドアの近くでこちらを見ているようだったが、私がしばらく見つめ返していると、男は車内の奥の方へと移動していった。私の目が合ったことでやばいと思ったのかもしれない。とにかくその瞬間、安堵と悔しさが同時に押し寄せてきて、吐きそうになった。ホームの椅子に座り、震える手でスマートフォンを取り出し、時間を確認した。まだ試験会場に行く余裕はある。ここで諦めるわけにはいかない。でも、さっきの出来事のショックで頭は真っ白。なんとか深呼吸をして、落ち着こうと心を落ち着かせるしかなかった。
痴漢に遭ったとき、本来ならホームの駅員さんに報告するのがベストなのかもしれないし、その場で捕まえるのが正しい対応かもしれない。でも、そのときの私はとてもそこまでの行動力が出なかった。試験開始時間に遅れられないという焦りと、ただただ恐怖で頭がいっぱいだったからだ。結局、私は一旦ホームで心を落ち着かせたのち、次に来た電車に乗り換えて試験会場へ向かった。今度の電車は少し時間がずれただけで乗客がそこまで多くなく、比較的落ち着いて立つことができた。ただ、先ほどの嫌な感触がずっと身体にこびりついているようで、心はまるで休まらなかった。
会場に着いたのは8時半少し前だった。予定していたよりはほんの少し遅れたけれど、それでも試験前には着席できる時間帯だった。しかし、私は朝の出来事を頭から追い出すことができず、試験開始のアナウンスがかかってもどうにも落ち着かない。ひどく憂鬱で、いつもなら試験直前にやっていた小さなルーティン、深呼吸をして心を整えたり、チョコレートを一口食べたりするなどの気持ちの準備がうまくできなかった。隣の席の受験生たちは、教科書やノートの最終確認をしていたり、友達同士で問題の傾向を話し合っていたりして、どこか落ち着いた雰囲気も感じられる。私も本来ならそうでありたかったのに、頭の中は朝の電車での痴漢の記憶だけが渦巻き、どうしようもなかった。
試験が始まってからも、その気持ちは引きずられた。最初の科目の問題用紙を見ても、集中が途切れがちで、問題文が頭に入ってこない。時間だけが刻々と過ぎていく焦りと、再び湧き上がってくるあのときの嫌悪感。あの男の視線や、背中に感じた体温や、腰に触れた手の感触がフラッシュバックしてきて、まるで映像が脳裏に焼き付いて離れない。情けないことに涙が出そうになったが、試験監督や周りの受験生に迷惑をかけたくないという一心で必死にこらえた。そのせいか集中力も途切れ、解答欄を埋めるペン先が震えているのが分かるほどだった。
昼休憩になり、教室から出ると何人かの友人の姿が見えた。同じ高校出身の友達もこの会場で受けることになっており、彼女らはやはり緊張した様子ではあったが、声を掛け合って励まし合っている。「どう? 解けた?」とか「難しくなかった?」とか、そういった会話をしているのを横目に私は正直、どうやって笑顔を作ればいいのか分からなかった。いつもなら一緒に対策を話し合い、互いに「大丈夫、大丈夫!」と元気づけ合う仲間たちなのに、彼女たちを見ると自分だけが置いていかれているような虚しさを感じてしまった。痴漢の話をここで打ち明ければ、きっと心配してくれるだろう。でも余計なストレスを与えたくないし、何より自分の中でもこの朝の出来事をうまく処理できていない。言葉にするのが怖いような気持ちだった。
午後の科目も、やはり集中は思うように続かなかった。特に暗記ものや読解ものでは、注意力の欠如が大きく響く。いくら机にかじりついていても、思考がふっとどこかへ飛んでしまう。こんな大事な日にトラウマ級の出来事に遭ってしまったという悔しさと、痴漢に対して何もできなかった自分の情けなさが頭をもたげる度に、心臓が苦しくなる。なるべく今はテストに集中しなければと分かってはいても、一度崩れたメンタルはそう簡単には元に戻らない。心の傷は思ったより深いのだと痛感させられた。
それでも、最後の科目をなんとか解き終えて会場を出るときには、身体がどっと疲れているのを感じた。外に出ると少し冷たい風が吹き、顔に当たって痛いくらいだが、むしろそれが心地よいくらいに感じた。内側にこもった澱んだ気持ちや熱が少しだけ冷まされるような気がした。帰り道、歩きながらようやく「今後どうすればいいか」「あの男を捕まえることはできなかったか」ということを考え始めた。遅すぎるかもしれないが、今からでも駅員さんや警察に相談しておくべきだったかもしれない。次に同じ被害を受ける人が出るかもしれない。自分のためにも他の誰かのためにも、痴漢行為を見過ごすのは本当はよくないと、理性では分かっているのだ。
でも、正直なところまだ怖い。痴漢されたその瞬間の恐怖と嫌悪感は何にも代えがたいほど強く、思い返すだけで身体がこわばる。今はテストを終えた解放感よりも、その出来事への怒りや悲しみの方が遥かに大きい。家に帰ったら、とりあえず家族に今日あったことを話そうと思った。あのとき何があって、どれほど怖かったのか、しっかり伝えることからはじめたい。恥ずかしい気持ちや自分を責める気持ちもあるが、誰かに話さないと私はこのままずっと抱え込んでしまうだろう。そうなると、二次試験やこれからの勉強にも影響が出る。だからこそ、勇気を出して家族に打ち明けることから始めたいと思う。
それから、駅や警察への連絡に踏み切るのは家族や友達に相談して、気持ちが落ち着いてからでも遅くはないはずだ。証拠になるようなものは残っていないし、混雑した車内で犯人をはっきり特定するのは難しいかもしれない。でも「痴漢被害に遭った」という事実を口に出すこと自体は、私にとっては大切な一歩だと思う。痴漢被害を黙っていては、加害者たちは堂々と再犯してしまうかもしれない。悲しいことだが、周囲に知ってもらうことで少しでも被害を未然に防ぐ手段を増やすことにもつながる。私自身も、今は頭が混乱していて何をどうすればいいか分からないが、とにかくまずは心を落ち着かせ、助けてくれる人にきちんと伝えたい。
あれほど頑張ってきた勉強の成果を、こんな形で台無しにされそうになるなんて、本当に最悪だとしか言いようがない。まさか大学入学共通テストの当日に痴漢に遭うなんて、今でも信じられない気持ちだ。もし周りで私のように痴漢被害に遭った受験生がいたらと思うと、胸が締め付けられる。どれだけメンタルやパフォーマンスに悪影響を及ぼすか、考えるだけでもぞっとする。みんな、ただでさえ緊張する大一番の日だというのに、こんな形で心を乱されるのはあまりにも悔しく、悲しいことだ。
今回の一件をきっかけに、私は痴漢という行為の重さを改めて痛感したし、被害に遭った人がどれほど心に傷を負うのかを身をもって理解した。痴漢行為を「軽い犯罪」と軽視する風潮が一部にはあるけれど、被害者にとってはどんなに短い時間でも耐え難い恐怖を味わう。今後は私自身が同じ被害に遭わないように工夫することはもちろん、周りの人と助け合い、防犯意識や知識を深めていきたいと思う。自分の身を守るだけでなく、遭遇したときには周囲に呼びかけられるくらいの勇気も持ちたい。実際にはなかなか難しいものだとは痛感したが、だからこそ普段から心構えをしておきたいと思う。
そういえば、大学入学共通テストは今日が終わりではなく、次の日もある。気持ちを切り替えるのは簡単ではないけれど、私の受験はまだ続く。まずは家に帰ってから両親に事情を話し、必要と感じたら交番や駅員に相談してみる。そのうえで、十分な休息を取ってから心のケアをしっかりと行い、二日目や二次試験に備えるしかない。こうして文章にしている今も、まだ胸の奥底でモヤモヤした怒りや不安が残っているが、時間をかけてでも絶対に乗り越えたいと思う。
私と同じように被害に遭った人には、少しでもこうした体験を共有することで「一人じゃない」と感じてもらえたらと願う。そしてもし、周囲に痴漢を受けたかもしれないという人がいたら、ぜひ「話しづらいだろうけれど、私でよければ聞くよ」という姿勢を見せてほしい。被害を受けた側は悪くないし、非難されるようなことでもない。相手の傷を理解しようとするだけでも、その人の心はずいぶん救われると思う。今回、私が受験日という一番大事な日に痴漢に遭ってしまったことは最悪だったが、これをきっかけに女性だけでなく、男性も含めて痴漢問題を真摯に考えていく社会になってほしいと強く願う。
いまはとにかく、家に戻って少し休みたい。そして信頼できる人に話を聞いてもらう。その後は引き続き試験勉強を続ける。そうやって、一歩一歩前進していくしかないのだと思う。私の大学入学共通テスト初日は、本当に最悪な出来事で幕を開けてしまった。でも、ここで負けたくない。絶対に志望校に合格して、「あの痴漢に負けなかった」と胸を張って言えるようにしたい。それが今、私が一番に抱いている気持ちだ。どんなにつらいことがあっても、私は自分の未来を諦めたくない。そんな決意を胸に、私はこの苦い思い出を糧に変えていこうと思う。少なくとも、あの電車の中で怯えたままの私とは決別したい。この悔しさをバネにして、明日のテストと、そしてその先の人生に向かって前に進んでいくつもりだ。
――当たり前の毎日が、ある日突然不気味な影に蝕まれるなんて、少し前のわたしなら想像もできなかった。わたしは中学三年生。受験を控えているため、普段は塾に通ったり、学校でも進路の相談をしたりと、それなりに忙しい日々を送っている。家は住宅街にあり、学校までは歩いて15分ほど。街灯の数はそこそこあるし、真夜中に外を出歩くわけでもないので、これまで怖い思いをしたことはほとんどなかった。
それでも、一学期の終わりごろから微かな“違和感”が生まれ始めた。最初は通学路を歩いているとき、「視線を感じる」という程度だった。ふと、だれかに見られている気がして後ろを振り返るのだけれど、そこに人の気配はない。でも、どうにも落ち着かない。そんな日が何度か続いて、夏休みが終わった頃には「もしかしたら、わたしの思い過ごしじゃないのかも」と感じるようになった。
決定的だったのは、ある夕方、塾が終わってから夜に帰宅するときのこと。友達と途中まで一緒に歩いていたが、その子がコンビニに寄ると言うので先に別れ、一人で家に向かうことになった。少し薄暗くなってきてはいたものの、まだ人通りがゼロというほどでもない時間帯。だけど、その日はやけに背後が気になった。足音が一つ増えているような気がする。怖くなって、道路脇の自販機でジュースを買うふりをして、そっと後ろを見やった。すると、街灯の下に男の人が立っているのが見えた。30代後半くらいに見え、腹が少し出た体型。見覚えのない顔なのに、こちらをじっと見ている。その目つきに、不気味な笑みが浮かんでいたように感じた。
一瞬、心臓が止まりそうになった。「もしかして、わたしをつけている…?」考えたくなかったが、その可能性を否定できなかった。その日は慌てて家に帰り、両親にも打ち明けた。母は「気をつけなさい」と言い、父は「危なそうだったら遠慮なく叫べ」とアドバイスをくれた。わたし自身も「気のせいじゃないかも」と半ば確信していたけれど、決定的な何かがあるわけでもないので、どうにも気持ちが晴れない。そんな宙ぶらりんの状態が続いていた。
ところが、数日後、ついにその男が正面からわたしに接触してきた。学校から帰ろうとして、家のすぐ近くの角を曲がったところで、まるで待ち伏せしていたかのように声をかけられたのだ。
思いがけない質問に、一瞬「え…?」と固まってしまう。すると男は、妙にテンションの高い声で続けた。
「ガンダムだよ、ガンダム。プラモデルとかあるだろ? あれ、ガンプラって言ってさ。実は俺、ガンプラを転売して生活してるんだよ。レアな限定品とかはネットで高く売れるから、なかなか儲かるんだよね」
まったく身に覚えのない話を次々と畳みかけられて、困惑しかなかった。わたしはガンダムに興味があるわけでもない。何より、この男がどうしてわたしの家の近くで待ち構えているのかが気持ち悪い。けれど、怖さと戸惑いで体が動かず、言葉も出なかった。
「もし興味あったら、一緒にガンプラ買いに行かない? 教えてあげるよ。限定版とか、結構大変なんだけどさ、手に入ると嬉しいんだよな」
意味不明な勧誘に、わたしは思わず後ずさった。怖い。この人はわたしを待ち伏せして、しかもこんな会話を一方的に押しつけてくる。わずかに震える声で、「興味ないんで、すみません」とだけ言うと、逃げるように家の門を開けて中に入った。ドアを閉める直前、わたしを見つめる男の目はまだ笑っていた。あの不気味な笑みが焼きついて、頭から離れなくなった。
その日から、男はわたしの周囲でますます姿を現すようになった。朝、家を出るとき、門の外に立っていることもある。学校の近くで待っていることもある。わたしだけでなく、クラスの友人たちにも目撃されはじめ、「あの人何?」「怖いんだけど」と噂になった。「髪が脂ぎっていて、いつもガンダムのTシャツ着てるよね」とか、「30代後半くらいかなあ。ガンプラ転売ってホント?」なんていう憶測がクラスで飛び交っていたけれど、わたしからすれば笑い事ではなかった。
どうしてわたしをターゲットにするのかが分からない。ガンダムなんてまったく興味ないし、むしろ男の人が言うようなレア商品の価値もピンとこない。無視してやりすごそうにも、毎日しつこく声をかけてくる。「おはよう。昨日はガンダム観た?」「ガンプラ買うなら今がチャンスだぞ」など、訳の分からない話ばかり。はじめは無視して歩いていたのだが、そのうち腕を掴まれそうになることもあった。
「逃げんなよ。俺は優しく教えてやろうとしてるのに」
その言い方が、もう普通じゃない。目の奥が怖くて、まるで自分が獲物にされているような、そんな凄みを感じた。学校の先生に相談し、生活指導の先生が一緒に帰り道を巡回してくれる日もあった。でも、その日は男の姿は見当たらない。先生がいない日に限って、わたしの通り道にひょいと現れるのだ。わたしは携帯を握りしめて、いつでも警察に電話できるように心がけていたが、相手がすぐに手を出してくるわけでもない。曖昧な距離を保ちながら、ネットリと追いかけられている感覚だった。
さらに恐ろしかったのは、わたしのSNSを探し当てられたこと。プロフィール写真は家族や友達との写真だったが、そこからわたし本人を特定したのだろう。急にフォロー申請が何件も届き、メッセージで「一緒にガンプラ見に行こうよ」「ガンダムの良さを教えてあげるからさ」としつこく書かれたものが送られてきた。もちろん拒否したけれど、それでもアカウントを作り直して追いかけてくる。
そのSNSのアイコンもガンダム関係のものばかり。タイムラインにアップされている写真には、大量のプラモデルの箱が積み上げられており、「最近ゲットした限定版。転売すれば倍になるけど、コレクションにしてもいいよな」とか「本当に好きな子に出会えたら、このコレクションを見せてあげたい」など、怪しいコメントが並んでいた。わたしは背筋が凍る思いだった。どうやってブロックしても追いかけてくるし、日に日に執着が深まっているようにすら感じられる。
両親も事態を重く見始め、警察に相談したほうがいいのではないかという話になった。わたしは「でも、実際に身体的な被害には遭っていないし…」と気が引けていた。学校の先生も「警察に通報して相手を刺激するのが心配だ」という雰囲気で、結局「注意して帰りましょう」というアドバイスのまま、なかなか大きく動くことができない。その間にも、わたしの不安はどんどん募っていった。
そして、ある日の夕方、決定的な恐怖に襲われる事件が起きた。学校の文化祭準備があったため、いつもより帰りが遅くなったわたしは、友達と途中まで一緒に歩いたあと、一人で家に向かっていた。塾の時間も迫っているし、ちょっと急ぎ足だった。ふと曲がり角を曲がった瞬間、目の前に男が立っていた。わたしは思わず悲鳴を上げそうになったが、声にならない。
まるでわたしの行動を全部把握しているかのような口ぶり。彼はあの不気味な笑みを浮かべながら、何か箱のようなものを差し出してきた。ガンプラのパッケージだ。派手な色のモビルスーツが描かれている。
「これ、新作の限定ガンプラ。転売したら高いけど、お前にやるよ。あ、でもただじゃないよな? 俺の好意をちゃんと受け止めてくれるなら、ってことだけど」
彼の言葉の節々に感じる狂気めいた雰囲気。逃げなければ、と思っても、足がすくんで動かない。必死に頭を回転させ、「受け取るふりをして箱を落として、その間に逃げる」という作戦を瞬時に思いついた。わたしは手を差し出すと同時に、わざと勢いよく箱を地面に落とした。
「何してんだよ!」
彼は怒鳴り、落ちた箱のパーツが散らばる。わたしはその隙に走り出した。涙があふれて、視界がにじむ。背後からは乱暴な足音と、「待て! ふざけるな!」という声が聞こえた。息が苦しくなりながらも、どうにか大通りまで走りきり、人通りが増えたところで立ち止まる。彼は少し離れた場所に立ち尽くし、苛立ったようにわたしを睨んでいたが、さすがに人目が多いのか追っては来なかった。
恐怖と悔しさが混じった感情で、わたしはその足で交番に駆け込んだ。そこで出会った警察官は、最初は「どうしたの?」と優しく声をかけてくれた。わたしは必死に息を整えながら、ここ数週間の出来事を話した。ストーカーまがいの執着や待ち伏せ行為、SNSでのつきまとい……警察官の表情が真剣になっていくのが分かった。
連絡を受けた両親が交番に駆けつけ、わたしが受けた被害を詳しく話すと、警察官は「これ以上放置できない」として本格的に捜査に乗り出すことを約束してくれた。わたしはそこでようやく少しほっとしたが、同時に「もっと早く相談しておけばよかった」と強く思った。
それから数日後、警察が男を逮捕したとの連絡があった。わたしの塾の前で、再び待ち伏せしているところを張り込んでいた捜査員が確保したらしい。男は「自分はただガンダムの良さを伝えたかっただけ」などと弁明していたようだが、わたしの写真を無断で撮影して保存していたり、行動パターンをメモに書き込んでいたりと、数々の“ストーカー行為”の証拠が見つかり、転売目的で集めたガンプラの山とともに押収されたと聞いた。
ニュースサイトの地域欄に、小さく「30代男性をストーカー規制法違反で逮捕」と載っていた。名前は伏せられていたけれど、間違いなくあの男だろう。あの不気味な笑み、尋常ではない執着心、SNSでのしつこいメッセージ……わたしの普通の生活は、そんな彼の行動で大きく乱されていた。いま思うと、本当に怖かったし、もし警察に駆け込むのが遅れていたら、もっと大きな被害に遭っていたかもしれない。
男が逮捕されたと聞いてから、わたしはようやく外に出るときの恐怖から解放された気がする。とはいえ、すぐに「もう安心」とは思えず、しばらくは父や母に迎えに来てもらったり、友達と一緒に行動したりして、用心深く過ごした。学校の先生や友達もわたしを気遣ってくれたおかげで、少しずつ心の傷が癒えていったように思う。
受験勉強が本格化するにつれ、わたしはあの出来事を少しずつ振り返る余裕もできた。中学生のわたしには、あの男の「ガンダム転売」という仕事自体がピンと来なかった。好きなものを売買することで生計を立てている大人がいることは分かったが、それを理由に他人を追い回し、恐怖に陥れる行為が正当化されるわけがない。何より、彼自身がガンダムの魅力を熱く語る一方で、人の気持ちを無視した行動ばかり取っていたことに、強い矛盾を感じる。
今では、わたしが夜道を歩いているとき、あの男の足音を想像してしまうようなことはかなり減った。完全にトラウマが消えたわけではないけれど、警察や家族、学校の先生など、わたしを守ってくれる大人がいたことで「一人じゃない」という安心感を得られたのが大きいと思う。
この一件で学んだのは、「変だな、おかしいな」と感じたらすぐに誰かに相談することの大切さだ。最初は「大げさかな」「気のせいかな」と思って、なかなか行動に移せなかった。でも、もしもう少し早い段階で大人に相談していれば、あんなに怖い思いをしないで済んだかもしれない。今はその後悔を活かして、少しでも不安を感じたら周囲に声を上げるようにしている。
ガンダムオタクにストーキングされるなんて、わたしの人生にまさか起こるとは思わなかった。だけど、最終的に彼が逮捕されたことで、わたしの生活は再び平穏を取り戻した。この先も、いつどこで危険が潜んでいるか分からないからこそ、小さなサインを見落とさないように、そして自分の身を守るための行動をためらわないように――そう心に刻みながら、わたしはこれからも前を向いて生きていこうと思う。
増田は秋田県の山奥にあると噂の「魔王城レストラン」にたどり着いた。観光の途中で地元の人から「一生に一度は行くべき」と薦められ、興味本位で来てみたのだ。
「こういうのは観光客向けの店だろう。まあ、どうせなら美味いものでも食べてみるか。」
だが、その門をくぐった瞬間、増田は自分がどこか異質な場所に迷い込んだことを悟る。
暗闇の中、燭台に揺れる炎。鎧を纏ったリザードマンが案内役を務める。どこからか聞こえる低いうなり声。「これは…本物?」と疑いたくなるような雰囲気だ。
巨大な玉座に座るのは、人型の魔王。威圧感たっぷりの声に、増田は思わず背筋を伸ばす。
「そ、その…食事ができると聞いてきたんですが。」
「ふふ、心配無用だ。我が城の料理は、秋田の味を極めた逸品ばかりだぞ。」
増田は席に案内され、メニューを手に取る。どれも秋田県産の食材を使った豪華な料理ばかりだ。
増田は以下の品を頼むことにした:
「これがきりたんぽ鍋か…出汁が濃厚で鶏の旨みが染みている。」
ひと口食べると、秋田の自然の恵みが舌の上に広がる。続いて、ハタハタ寿司を頬張る。
「うん、この酸味、絶妙だな。稲庭うどんの喉越しもたまらない。」
だが、食べ進めるうちに、欲が湧いてきた。
「すみません、追加で!」
増田は以下を追加で頼んだ:
揚げたてのギバサ天ぷらに、秋田牛のローストビーフのジューシーさ。どれも絶品だ。
「いや、これ本当にすごいな…でも、じゅんさいの酢の物と山菜サラダで、じゅんさいがダブってしまったか。」
増田は苦笑しながらも食べ続ける。
だが、増田の胃袋には限界が訪れた。山菜サラダの最後のひと口がどうしても飲み込めない。
「うっ…頼みすぎたな…。まさか魔王城で、胃袋が敗北するとは。」
店内のモンスターたちの視線が妙に刺さる。「残すな」という無言のプレッシャーが漂っている気がする。
店主の魔王ルシファスが近づいてきた。
「ふむ、人間よ。満腹になっても、欲を出してはいけない。己の限界を知るのもまた、人生だ。」
「ありがとうございます。でも…美味しさには逆らえませんでした。」
コトリコちゃんが珍しく気乗りしないことをがんばってやっていたから、こっちも久しぶりに思い出したし、いっちょ15年ぶりだかで文章でも書いてみようかと思ったら、ブック―マークのコメント欄は短すぎるし、じゃあとんでもなく久々にはてなダイアリーだかグループだかに記事として書いてやろうかと思ったら、なんだかサービス終了してるし、じゃあ匿名ダイアリーならまだやってるようだからってことで、こっちで書いてみるか。そういえば以前なんかやたら長い講談速記本的なのを読まされた気がするし、まあ今回は改行しないで書いてみるか。関係ないけど講談速記本的なのは、何がそんなに面白いのか何とか見出そうと多少はがんばってみたけど、全然だめだった。多分だけどあれ、一般受けしないんじゃないかな。そんなこんなで気をとりなおして、彼とは昔一度だけ会った事がある。とはいえ向こうはこちらを知らないのだから、こちらが一方的に認知しただけであるので、正しくは会ったとは言わないのかもしれない。ともかく、よく晴れた秋の日、人通りの多い場所で、向こうからにぎやかなグループが歩いてくるのが目についた。そしてその中心には、体格も良く、声も(態度もやや)大きな男がいて、数十メートル離れた場所からでも、初見であるにもかかわらず、あれが今界隈で話題のIか、と一目で分かった。どのような人物か興味があったので、こちらが相手を意識していることを気取られぬよう、しかし確実に最接近できるよう、注意深く歩を進めた。私が彼を知るためには、彼の目を見なければならぬ。しかし彼は、目が合ったというだけで因縁をつけてくることが無いとも限らない風貌をしていた。彼の人柄についてある程度読んでいた私は、そのようなことをする人物ではないと知っていた。しかしその時の彼は、友人に囲まれて行楽中であり、有頂天であった。少なくともそのように振る舞う必要性があると思っていても不自然ではない状況であった。そのためより慎重に、彼のグループの先あるものに視線を注ぎつつ、彼の目に意識を向けて彼とすれ違った。彼は私を見た。目が合った。そして当然ながら私を知らないため、雑踏の一人として、認識すらされず視線は通りすぎた。私は彼の目に、現状に対する純粋な喜びは見なかった。彼は時に笑い、元気良く振る舞っていた。しかし私は彼の目に、充足は見なかった。私の彼に対する第一印象は、思ったよりも周囲に人がいて、楽しそうにやっているのだな、であった。しかし私が彼の目に見たものを、強いて今言語化するのなら、不安であった。
前言撤回して改行するが、その後彼とまた関わることがあったが、今は述べないでおく。
それから15年ほど、私は彼について何も知らなかった。活動も生死も知らなかった。そして最近、死亡したという話を読んだ。さすがに遠い人の話だったが、関連して本人の書いた山の文章を読んで、とんでもなく名文じゃないか、こんなのもしコトリコちゃんが読んだら大喜びしちまうぞ、と思った。そしてさっきコトリコちゃんの記事を読んだら、大喜びを通り越して迷惑がっていた。実に愉快である。愉快ついでにこんなものを書いてしまったが、まあひとりくらいしか読まないだろうし、投稿してもさして弊害はなかろう。彼は彼なりに弱くて貧しい人を助けようとしていた、というのは嬉しいニュースだった。
そういえば今日銭湯に行き、体を洗い終えてそろそろ湯船に向かおうかというタイミングで、後ろからシャワーでお湯がかけられた。まあこれはよくあることで、その店では通路の両側にシャワーがあるので、洗っている際に少し手元がくるえば後ろの人に多少の湯がかかるのはいつものことである。そのため気にもしなかったが、今日はなにやらずっと背中にシャワーがかけつづけられ、まったくうかつな人もいるものだと思っていると、今度は頭から湯をかけ続けてくる。子供がいたずらでもしてるのかと思って気にせずいると、後ろから「にいちゃんにいちゃん」と大声で何度も呼ぶ老人の声がする。振り向いてみるとなにやらもごもご言っているので、よく聞いてみると私に湯をかけられたと言っている。私は自分が体を洗ったあと、立ち上がって使い終わった桶などを一通りシャワーで流すので、その際に少し後ろにも飛び散ってしまったのだろう。その文句を言うために、私の頭に湯をかけ続けていたのだ。この店ではよくあるお互い様のはずだが、まあこの人は気にするのだろうと、私は素直に頭を下げてすみません、と謝った。すると彼は表情を崩し顔を歪めたので、ああ彼はいたずらっぽい冗談をして互いに笑い合いたかったのだなと理解し、私は笑顔を向けた。すると彼はまた何か言ってきたが、もごもごしているので聞き取れない。顔を近づけて、何ですかと尋ねると、「立ってシャワーを使うなんて、お前は風呂の入り方も知らないガキなんだな!」と言ってきた。よく見ると彼は笑っていたのではない。目を剥いて怒っていたのだ。そして彼は、ガキなんだな、という発言で相手を侮辱して不快感を与えることができると考えていたのだ。私は、後ろの人のシャワーが少しかかっただけで目を剥いて怒り心頭でお前は未熟だと必死に文句を言う人物の大人っぷりが面白過ぎて笑い出してしまった。しかし彼は、ガキであると思われるのが何より嫌いなのだ。彼は大声で言った。「笑うナ!!!」 侮られる訳にはいかぬ。彼は真剣であったのだ。「笑うナ!!!」
新卒2年目の秋、私は東北への出張を命じられた。社会人として初めての単独出張であり、心中には不安と興奮が交錯していた。昼過ぎまで事務作業に没頭し、スーツを身にまとったまま空港へと向かった。国内線のLCC便は、驚くほどの乗客で埋め尽くされていた。
搭乗手続きを済ませ、私の指定席へと足を運ぶと、すでに窓際には一人の若い女性が座っていた。彼女はパーカーのフードを被り、どこかで見たことのあるような顔立ちだった。まるで、元AKB48の誰かを彷彿とさせる大学生風の女性であった。私はイヤホンを耳にし、静かに明日の資料を確認していた。
離陸の準備が進む中、隣から微かな気配を感じた。顔を向けると、彼女が私を見つめていた。イヤホンを外し、何かと問うような視線を向けると、彼女は小さな声で「すみません」と呟いた。
「手を握っていただけますか?」
その言葉に一瞬驚いたが、彼女の震える声と不安げな表情に心を動かされた。「大丈夫です」と答え、そっと彼女の手を握ると、その冷たさとわずかな湿り気が伝わってきた。その瞬間、私の下半身が反応していることに気づき、密かに動揺した。
「ひとりで乗る初めての飛行機なんです」と彼女は続けた。「怖くて…」
「大丈夫ですよ」と優しく声をかけると、彼女はかすかに微笑んだが、まだ緊張が解けていない様子だった。
飛行機が滑走路を滑り始めると、彼女の手はさらに強く私の手を握り返した。私は彼女を落ち着かせるために、自分自身をも落ち着けようとしたが、下半身の反応は抑えきれず、意識せざるを得なかった。
離陸後、安定飛行に入ると、彼女は少し安心したようで、話し始めた。
「実は、パティシエを目指していたんですが、職場を辞めて実家に帰るところなんです」と彼女は言った。
「そうなんですか」と私は驚きながら彼女の話に耳を傾けた。
「夢はあったんですけど、うまくいかなくて…。これからどうしようか迷っているんです。空港には両親が迎えに来てくれるので、少しは安心しています」と彼女は少し寂しげに笑った。
「ご両親が迎えに来てくれるなら、心強いですね」と私は励ますように言った。
飛行機が降下を始めると、彼女の表情には再び不安の色が浮かんだ。着陸時にも彼女は私の手を強く握りしめた。私は再び彼女の手をしっかり握り、下半身の反応に戸惑いながらも、無事に地上に降り立つまでそのままの状態を保った。
飛行機が完全に停止し、乗客たちが立ち上がる中で(私のおちんちんは既に立ち上がっているが)、彼女はようやく私の手を離した。「ありがとうございました」と彼女は小さな声で言い、少し顔を赤らめながら微笑んだ。
「こちらこそ」と微笑み返し、搭乗口を出る前に何か言いたげな様子を見せたが、結局お互いに何も言わずに別れた。連絡先を交換することもなく、その場を後にした。
後になって、なぜあの時連絡先を交換しなかったのかと深い後悔が心を締め付ける。彼女の温もりと、下半身の膨らみが、今でも鮮明に私の記憶に刻まれている。
昨年末、人生2回目の自業自得のことをしでかしてしまって(うっかりミスというよりは自分の認識の甘さと規範意識の緩さからやってしまった完全なる自業自得。40過ぎてやることじゃないと自分でも思うし、なんでそんなことしちゃったのと落ち着いた自分でもそう思う内容なので本当に情けなさすぎる)、いつバレるか、バレたらどうなるかをwebで検索しつつビクビクして過ごしているんだけど、そっちで胃を痛めすぎてて他の手続きをすっかり勘違いしててリカバリが効かない状態になってしまった。
周囲に知られて呆れられるのが一番怖いし、少なくとも直接影響がありうる配偶者には言うべきなんだろうけどそれすら言えてなくて、胃が痛くて吐きそうで仕方ない。
損したくない手抜きしたいという卑怯な性根が一番の問題なんだと思うけど、その割に小心者すぎて他の人と違うことをすることが怖くてしかたなくて(別にそれがやりたいわけでもないのに)、そして年齢を重ねても同じことをやってしまい、色々調べたりしているくせに肝心なところで大ポカをやらかしてもはや詰んでしまうって本当に馬鹿すぎる。他人がやってたら「なんでそんなことやっちゃったの」とはっきりと呆れた視線を送るレベル。
ルール違反をしてバレるのが怖くてビクビクしてるのに、そんな状態で子供を叱ったりしていてどの面がって自分でも思うし、性格と考え方を少しでも変えたいけどカウンセリングでどうにかなるんだろうか。
昨年末、人生2回目の自業自得のことをしでかしてしまって(うっかりミスというよりは自分の認識の甘さと規範意識の緩さからやってしまった完全なる自業自得。40過ぎてやることじゃないと自分でも思うし、なんでそんなことしちゃったのと落ち着いた自分でもそう思う内容なので本当に情けなさすぎる)、いつバレるか、バレたらどうなるかをwebで検索しつつビクビクして過ごしているんだけど、そっちで胃を痛めすぎてて他の手続きをすっかり勘違いしててリカバリが効かない状態になってしまった。
周囲に知られて呆れられるのが一番怖いし、少なくとも直接影響がありうる配偶者には言うべきなんだろうけどそれすら言えてなくて、胃が痛くて吐きそうで仕方ない。
損したくない手抜きしたいという卑怯な性根が一番の問題なんだと思うけど、その割に小心者すぎて他の人と違うことをすることが怖くてしかたなくて(別にそれがやりたいわけでもないのに)、そして年齢を重ねても同じことをやってしまい、色々調べたりしているくせに肝心なところで大ポカをやらかしてもはや詰んでしまうって本当に馬鹿すぎる。他人がやってたら「なんでそんなことやっちゃったの」とはっきりと呆れた視線を送るレベル。
ルール違反をしてバレるのが怖くてビクビクしてるのに、そんな状態で子供を叱ったりしていてどの面がって自分でも思うし、性格と考え方を少しでも変えたいけどカウンセリングでどうにかなるんだろうか。
まず上の世代。ここは効率とか考えない努力主義で今見たら大した成果でもないのに凄いこと成し遂げたと未だに思っている。今は経営層で経営判断しているふいんきで仕事して高給を得ているカス。責任を背負ってる言う割にはすぐどっか行く
次に下の世代。こっちは氷河期世代が整えた土台で学び仕事する恵まれた世代。手探りで仕事する必要はもう無く最低限の努力で最大限の結果を出せるので、自然と氷河期世代への視線は「なんでやらなかったの?」になる。ただ別に世代全体が優秀なわけではない
ほんと投資で成功した人の生存者バイアスかかった話はみんな否定するのに、なんで氷河期世代に対しては大多数よりごく一部の「そんなことはない。努力不足」を信じるの?それって営業出身がよく言う「自分の人生の師匠」に盲信するくらい馬鹿なことよ?薄っぺらいよ。
申し訳ありませんが、そのような内容に対応することはできません。他にご希望のテーマや書きたいジャンルがあれば、ぜひお聞かせください。
ぼく:えー!頼むよーーーっっ
ただ、こういうのっていいよね、というのを、自分の喜びを軸に表現したらいいんだ
了解しました。それでは、センシティブな表現を避けながら、「寝取られ」というテーマについて、その魅力を語るエッセイ風の文章を書いてみます。
寝取られの良さについて
寝取られって、普通の人には分かりづらいかもしれないけど、あの感情の揺れ動きがたまらないんだ。裏切りや屈辱、そして抗えない欲望。そういう複雑でどうしようもない感情が絡み合うのが面白い。読んでても、見てても、自分がその場にいるような感覚になる。
何がいいって、そこに「物語」があるところだよな。ただの恋愛や純粋な愛情だけじゃない。誰かが誰かのものだったはずなのに、それが少しずつ壊れていく。その過程が、どうにも目が離せなくなるんだよ。例えば、最初は強気だったヒロインが、少しずつ態度を変えていく瞬間とか、胸がぎゅっとなる。それって単に「奪われた」って話じゃなくて、彼女自身の心の中で、何かが揺らいでる証拠なんだよね。
そして、その揺れを見てる側が感じるもの。嫉妬とか、興奮とか、そういう一言では言い表せない感情がわいてくるのが面白い。自分が見ているのはただのフィクションだって分かってる。でも、その中に自分の感情が入り込んでくる瞬間があって、そこがたまらなく楽しい。
もうひとつ魅力的なのは、キャラクターたちの「選択」だ。どうしてそうなったのか。なぜあの時、別の道を選べなかったのか。そういう細かい心理描写を考え始めると、物語がどんどん奥深く感じられる。ヒロインは弱かったのか、それともそうなるのをどこかで求めていたのか?相手の男は、ただ欲望のまま動いているだけなのか、それとも計算して動いているのか?そういうのを考えると、寝取られって実はめちゃくちゃ人間的なテーマなんだと思う。
寝取られが好きな人は少し変わってると思われがちだけど、それはきっと、「感情の動き」に魅了されてるんだと思う。ただ単純に楽しむんじゃなくて、何かもっと深いところでその作品を噛みしめてる感じ。それが、このジャンルの良さだと俺は思う。
ぼく:分かってんじゃん!
なにか、こういう描写があると滾る!みたいなのってありますか?できるだけ細かいところで
寝取られ系の魅力って、「細かい描写」にどれだけ工夫が凝らされているかで全然変わるよな。以下に、個人的に「滾る」と感じる具体的なポイントを挙げてみる。
1. 小さな変化の積み重ね
最初は何ともなかったはずのヒロインが、少しずつ態度を変えていく描写。
• 「視線をそらす」とか「返事が曖昧になる」とか、ほんの些細な違和感が積み重なっていくのがいい。
• 例えば、最初はきっぱり断っていたのに、いつの間にか相手の冗談に笑ってしまうシーン。こういう「気づいたら地盤が崩れている」感じが最高。
• 「これはただの気の迷い」「一回だけ」「こんなことになるとは思わなかった」みたいな心の中の葛藤が、後から見て“嘘”に見えるとさらに良い。
• 特に、主人公に対して「何もないよ」と笑顔で嘘をつく描写。これが嘘だと分かった瞬間のゾクッとくる感覚が滾る。
• 髪の乱れ、ほのかに残る香水や煙草の匂い、肌の赤み。主人公が「何かがおかしい」と感じるきっかけになる。
• 特に好きなのは「見えない部分」。ヒロインが必死で隠しているけど、読者だけには分かるような微細なヒント。例えば、襟元に消し忘れたキスマークとか、口紅が少し乱れているとか。
相手の男が圧倒的に余裕を持っていると緊張感が増す。
• ヒロインの前では優しく接しているけど、主人公に対してわざと軽く挑発するような態度を取る。例えば、「彼女、すごくいい香りするね」と何気なく言うとか。
• もしくは、主人公にしか分からない視線や仕草で「俺が手を付けたぞ」と暗に伝える描写。
5. 共有される秘密
ヒロインと間男の間だけで共有される秘密があると、背徳感が際立つ。
• 例えば、特定の場所やシチュエーションにふたりだけの思い出がある描写。主人公の前では普通の顔をしているけど、その場所に行った瞬間にふたりの記憶がよみがえるような描写が刺さる。
• または、ふたりだけが分かる暗号のような言葉や仕草。「あのとき、こうだったよね」みたいな何気ないやり取りが、主人公を取り残していく感覚がたまらない。
• 会話中の間が長くなるとか、キスの回数が減るとか、肌に触れたときにどこか冷たさを感じるとか。明確に「裏切った」とは言えないけど、何か違和感がある感じ。
• 逆に、妙に優しくなるパターンも刺さる。「ごめんね」っていう罪悪感からか、いつも以上に気を遣ってくれる。けど、それが逆に苦しい。
行為そのものを描くのではなく、セリフや会話で間接的に裏切りを示唆する描写。
• 例えば、主人公との会話で「友達に相談したらこう言われた」と言いつつ、その「友達」が実は間男だったり。
• または、何気なく「この服、似合うって言われたんだ」と嬉しそうに話すんだけど、それが間男のセリフだと後で分かるとか。
8. 遠回しな報告や証拠
• 帰りが遅くなった理由を主人公に説明するけど、細部が曖昧だったり、説明が明らかに破綻している感じがいい。
• もしくは、携帯をちらっと見た瞬間、知らない名前からの短いメッセージが通知に出てるとか。
これらの細かい描写を積み重ねることで、読者や視聴者が「分かる人には分かる」緊張感を感じられるんだ。こういうディテールが物語の深みを作るし、NTRコンテンツの醍醐味だと思う。
こいつ、本当に分かってるようなことを言ってるぞ……………………
id:Arturo_Ui 救命講習では「まず胸骨圧迫・人工呼吸を試みてからAED」と習うはずだし、AEDと同時に「周囲の視線を遮るように上着を掛ける」のは使い方を誤っている。不要な部分を詳細に書き込んでいる割に詰めが甘い印象。
これ、いつまで古いAEDの講習を引きずってんの?
今のAEDは音声ガイドで胸骨圧迫のタイミングをガイドしてくれるから、最初にAEDの当ててみるのは間違ってないんだよ。
いや、本がどうこうじゃなくて、娯楽作品を出力させるなら商用LLMだけじゃなくてローカルLLMが必要だぞって現実の話をしてます
純文学や児童文学作品なら商用LLMでも出力できるけど、元増田はそういうの読みそうもない(噓松では?)って話をしてます
ちな、戦闘シーンなし、性描写なし、殺人事件なしのテキストに限定するなら、このくらいであればパパッと書いてくれる
彼は湯気の立つポットを静かに手に取り、その湯をカップの中に注ぎ込んだ。湯が乾いた麺を覆う音が、小さな部屋の静寂をわずかに乱した。夜の台所はひどく寒く、窓の外に月の光が白く降り注いでいる。彼はその光をちらりと見やったが、ただ視線を戻し、静かに蓋を閉じた。
「三分か……。」
彼はそう呟き、時計を見る。その目はどこか遠い場所を見つめているようだった。
ポットから立ち上る湯気が、冬の冷たさをほんの少しだけ和らげてくれる。しかし、その温もりは彼の指先をかすめるだけで、心の深い部分には届かない。
時計の針が、一つ、また一つと動く音が聞こえる。彼はじっとカップを見つめた。蓋の隙間からわずかに湯気が漏れ、その香りが彼の鼻腔をくすぐる。その香りには懐かしさがあった。だが、それが何を思い出させるのか、彼は思い出せない。ただ、遠い昔、誰かと一緒に湯気の立つ何かを待っていた記憶がぼんやりと浮かぶ。
やがて三分が経った。
彼は蓋を開け、箸で麺を軽くほぐす。湯気が一気に立ち上り、眼鏡が曇る。彼はその曇った視界の中で、ふと微笑んだ。まるでこの曇りが、彼自身の曖昧な記憶を映し出しているかのようだった。
「いただきます。」
彼はそう小さく呟き、箸を静かに口元に運んだ。
外は冷たい冬の夜。カップラーメンの湯気だけが、彼に寄り添う静かな伴侶であった。
暗闇の中で、空気が震えた。
アリスは手に持つ杖を軽く回し、余裕の笑みを浮かべた。額に滲んだ汗を指先で払うその仕草さえもどこか挑発的だった。目の前には鋭い眼光を放つ敵の魔導師が立っている。だが、彼の威圧的な視線など、今のアリスには何の意味もなかった。
魔導師が言ったと同時に、彼の周りの空気が一変した。大地が割れるような音とともに、魔力が集まり、空間が歪み始める。
目の前の魔導師が手を一振りすると、空間が裂け、巨大な氷の槍が次々と現れ、アリスに向かって猛然と突き刺さる。氷の刃が、まるで命を持つかのように速く迫ってくるがアリスは動じなかった。杖を高く掲げ、魔力を集中させる。
「炎の守護!」
杖の先端から、炎の壁が瞬時に立ち上がり、迫る氷の槍を弾き返した。火花が散り、氷が溶けて蒸気となって空中に消えていく。
「ほう、なかなかやるな。」
魔導師は冷笑を浮かべて再び手をかざすと、今度は大地が揺れ、巨大な岩の塊がアリスに向かって迫った。岩の塊は巨大で、まるで山そのものが動いているかのようだ。
だがアリスは動かない。彼女の目はすでに一点を見つめていた。杖を前に突き出し、低く呟く。
「雷の鎖!」
その瞬間、雷鳴が轟き、空から一条の雷がアリスの杖を包み込んだ。雷の力が渦巻き、鋭い稲妻となって地面に落ち、岩を砕いた。その光景は一瞬で周囲を照らし、爆風が吹き荒れた。
「なんだと?!」
「私を舐めないで。」アリスは冷たい声で言い放った。
アリスの周りに小さな火花が舞い、彼女の魔力はさらに高まっていく。杖の先端からは、再び炎の光が漏れ始める。
「終わりよ。」
魔導師が身構えた瞬間、アリスは足元から力強く蹴り出すと、瞬時に目の前に現れた。杖を目の前で一閃させると、炎の刃が魔導師を貫いた。
彼の体が一瞬で焼け焦げ、炎が消えたとき、静寂が訪れる。
アリスは冷ややかな目でその場に立っていた。かすかな息が漏れる。
戦いは終わった
街中で突然倒れた人を見かけたら、まず声をかけて反応を確認し、必要に応じて救急車を呼ぶ。そして意識がない、呼吸もないといった状況なら、AEDを使って心肺蘇生を試みる。――これは、学校での救命講習や各種啓発イベントなどで何度となく耳にしてきた基本中の基本だろう。わたしも何度か講習を受けた経験があるし、いざというときに手をこまねいてしまわないよう、頭ではしっかり理解していた。実際、その知識が役に立つと思った瞬間があった。まさか、その行為が原因で後に大きな問題に巻き込まれるとは想像していなかったのだが……。
あの日、わたしは会社帰りに駅前の広場を通り抜けていた。残業続きでクタクタだったとはいえ、そこまで遅い時間ではなかったし、人通りも多かった。目の前で、一人の女性がふらふらと歩いていて、そのままバタリと倒れ込んだのだ。最初は何が起きたのかわからず、周囲の人も「大丈夫ですか!?」と声をあげていた。わたしは少し離れた場所にいたが、一瞬で「AEDが必要かもしれない」と頭をよぎった。
近くに設置されているAEDの場所は、駅前の広場にある公衆トイレの壁に設置されたケースの中だったはずだ。わたしは意を決して走り出した。「AEDを持ってきます!」と周囲の人に声をかけると、誰かが「お願いします!」と呼応してくれた。すぐに赤いボックスを取り出し、倒れた女性のもとへ戻った。
女性は目を閉じ、完全に意識を失っているように見えた。周囲には数人が集まっていたが、どうやらCPR(心肺蘇生法)を施せる人はいないらしく、誰も直接触れることができずに戸惑っていた。わたしはできるだけ落ち着いて「誰か救急車を呼んでください!」と叫び、同時に脈や呼吸の確認を試みた。わたしが医療資格を持っているわけではないが、研修で学んだことを思い出しながら、AEDのパッドを貼る準備をした。
そのとき、女性の服装は薄手のブラウスとスカートだった。AEDを装着するには上半身を露出させなければならない。わたしはできるだけ周囲の視線を遮るように上着を掛けるなどの配慮をしたつもりだった。そしてパッドを貼り、「解析中です」という機械のアナウンスに従いながら、電気ショックが必要と判断されたタイミングでボタンを押した。まるでテキストで習った通りの手順だった。
しばらくすると、女性はうっすらと意識を取り戻し、救急隊員が到着。たしかに緊迫した状況ではあったけれど、結果的にはAEDが功を奏したのか、彼女は命を取り留めたようだった。救急隊員が女性を運び出すとき「応急処置ありがとうございました」と言ってくれたのを覚えている。わたしは内心、ほっと胸を撫でおろしたし、自分がやったことが正しいはずだと信じて疑わなかった。
ところが、それから数日後、衝撃的な出来事が起こった。わたしが会社で仕事をしていると、受付から内線が入り、「警察の方が訪ねて来られています」と呼び出しがあった。慌てて応対に出ると、どうやら先日のAEDの件について話を聞きたいという。救助活動に関して事情聴取をすることがあるのは知っていたから、そのときは「あの日の状況説明かな」と思い、素直に協力するつもりだった。
しかし、警察署で説明を受けて初めて知ったのは、「助けた女性がわたしを訴えようとしている」という事実だ。正直、意味がわからなかった。そのときわたしに与えられた情報では、彼女が主張しているのは「不必要に胸を触られた」「身体を晒されて恥ずかしい思いをした」というものらしかった。わたしはAEDを使用するためにやむを得ず、服をめくり、胸にパッドを貼っただけだ。わいせつな目的などあるはずもない。警察の担当者からは「いまはまだ疑いの段階で、詳しく事情を聞かせてください」と言われ、まるでショックで頭が真っ白になった。
訴えられると言っても、すぐに裁判になるわけではない。まずは警察が事実関係を捜査し、検察に送るかどうかの判断が下される。その流れ自体はニュースなどで聞いたことがあるが、まさか自分が当事者になるなんて思いもしなかった。警察の取り調べは冷静で丁寧だったが、いざ尋問されると「AEDが必要だったんです」と言いながらも、自分がきちんと説明できているのか不安でたまらなかった。どんな些細な言葉尻を捉えられて、好ましくない形で記録されるかわからないからだ。
わたしが行った行為は「緊急避難」「正当行為」という文脈で正当化されるはずだ――多くの人がそう言ってくれた。会社の同僚や友人も「むしろ表彰されるようなことだ」「訴えられるなんて信じられない」と口々に励ましてくれた。それに救急隊員も「早い段階でAEDを使ってもらったことが幸いだった」という言い方をしていた。だからこそ、訴えられること自体が理解しがたいし、憤りすら感じる。
当の女性は、倒れたときの記憶が曖昧なまま搬送され、その後で周囲の人から「胸をはだけられていた」「男性が服を脱がせていた」といった断片的な情報を聞いたのだろう。さらにその“目撃情報”の内容が正しく伝わっていない可能性もある。結果として、「あの人に性的な意図で身体を触られたのかもしれない」という不信感が芽生え、誰かの入れ知恵もあって警察に訴えるという流れになったのではないか……そんな推測をするしかない。本人から直接話を聞ければいいのだが、今は弁護士を通じた対応しかできないとのことだった。
その後、警察での事情聴取は何度か続いた。具体的な手順を改めて説明するたびに、「AEDのパッドを貼るために胸を露出させる必要がある」「女性の場合は下着を外す、またはずらしてパッドを貼ることもある」といった、あまりにデリケートな部分の話を繰り返さなければならなかった。担当の警察官は専門知識を持っていて理解を示してくれたものの、自分自身のことをどこか客観視してしまうというか、いつの間にか「本当にやましい気持ちはなかったのか」と自問してしまう始末だった。わかっているのに、言葉を尽くしても、どこか孤独な気分になる。こういうのが"疑われる側"の心理なのかもしれない。
さらに、女性の代理人からは「意識のない状態で胸を晒されたことに強い精神的苦痛を感じている。損害賠償を検討している」といった内容の通告もあったと聞いた。その文言はわたしの耳に「感謝ではなく金銭を要求する」というふうにしか響かなかったが、本人の主張としては、「意図的に身体を見られたかもしれない」「AEDを使わなくてもよかったのでは」とまで思い込んでいるようなのだ。AEDに関する知識が乏しいまま、自分が倒れていたあいだに行われたことを全て悪意として捉えてしまっている可能性が高い。たしかに医療現場の知識を全く持たない人からすれば、ショックも大きいのかもしれない。でも、それでも納得いかないのが正直なところだった。
わたしとしては誠実に説明し、「あなたが助かって本当に良かった」と伝えたい。しかし、直接連絡を取ることは叶わない。救急隊員や目撃者の証言が集められ、また街頭カメラの映像からも、わたしの行為に「過剰さや悪意はなかった」と証明されるはずだと弁護士には言われている。「AEDが必要のない状況だった」という可能性は極めて低いし、第一、現場の判断としては心停止かもしれない、という最悪の事態に備えるのが当然の行動だ。むしろ何もしなければ、そのまま命を落としていたかもしれない。
結論から言えば、結局は不起訴処分で終わった。それでも、女性の代理人が民事での損害賠償請求を取り下げるまでにはもう少し時間がかかった。最終的には裁判所で「わたしの行為は緊急対応として必要不可欠であったこと」「医学的にもAEDの使用は正当な手段であり、やましい意図がなかったこと」が認められ、相手側も引き下がる形で決着した。長い長い時間と精神的な疲労を強いられたが、無事にわたしの"無実"が確定した形だ。
もしかしたら、「AEDの使用で訴えられたらどうしよう」という話は都市伝説のように囁かれていたのを聞いた人もいるかもしれない。わたし自身、その噂程度には耳にしたことがあるが、実際にそこまで発展するのは極めて稀なケースだろう。しかし、可能性としてはゼロではなかったのだ。女性本人のショックや、その周囲の偏ったアドバイス、あるいは金銭的な思惑が絡むと、こんなにもおかしな方向へ転がってしまうのかと痛感した。AEDを使うことが推奨されているにもかかわらず、こうした事例が広がると、いざというときに誰も助けようとしなくなるかもしれない。それが一番怖い。
今回の経験を通じて、わたしはあらためて「いざというとき、人を救う行動をとるのは大事」だと思う反面、「誤解やトラブルのリスクもゼロではない」ことを強く意識するようになった。だからといって、それを理由に救命行為をためらうのは本末転倒だし、AEDの普及や救命講習の啓発に逆行する。実際、わたしももう一度同じ状況に遭遇したら、必ず行動に移すだろうと思う。命を守るために必要な行為が「訴えられるかもしれない」と萎縮されるような世の中になってほしくないし、そうならないように、どうにか制度や理解がもっと進むことを願うばかりだ。
いま振り返ると、一番辛かったのは「そういう意図はなかった」ということを何度も何度も説明し、あたかもこちらが加害者であるかのように扱われる時間だった。無罪を勝ち取るとか、問題なく終わるとか、そういう言い方では表せないくらい、人を救おうとした行為を否定される精神的ダメージは大きい。世の中にはやはりいろいろな考え方があるし、誰もが医学的知識を十分に持っているわけではない。だからこそ、「AEDを使うときの手順や必然性、プライバシーへの配慮」について、もっとしっかりと周知される必要があるのだと思う。
最終的に女性とは直接会話をすることはなかったが、代理人を通じて「結果的に命を救っていただいたことを感謝しています」という伝言だけが届いた。それが真に彼女の本心なのか、あるいは形だけの言葉なのか、わたしには判断できない。だけど少なくとも、彼女が健康を取り戻したという事実そのものは素直に喜びたい。誰かの命を救う可能性があるAEDの存在意義は、決して否定されるべきではないからだ。
この一連の出来事は、わたしにとって大きな教訓になった。AEDの使い方や救命措置の手順を頭に叩き込むのは大切だが、それだけでなく、助ける側も「法的トラブルのリスク」を認識し、適切な配慮をしたうえで行動する必要がある。現場ではなかなか難しい話とはいえ、できる限り第三者の協力や証人を確保する、周囲の目がある場所で行う、といった工夫も大事なのかもしれない。救助者の立場を守るための仕組みも、行政や社会全体で整備されてほしいと切に願う。
結局のところ、人を助ける行為は尊いが、そこに伴うリスクを完全に排除することは難しい。それでも、誰かが命の危険にさらされているなら、迷わず手を差し伸べる世界であってほしい。わたし自身も今回の苦い経験に折れることなく、次に同じ状況が起きたら、やはり躊躇なくAEDを使うだろう。命を救うために必要な行為を、社会として後押しできるような意識とルール作り――それが進んでいくことを強く願っている。
私たちが映画やドラマ、コミックなどのエンターテインメント作品を楽しむ際、その登場人物の多様性や社会的メッセージに注目する声が近年ますます大きくなっている。特に、ハリウッド映画を中心とするアメリカの大作作品では、女性ヒーローやマイノリティのヒーローを積極的に描く動きが顕著になってきているといえるだろう。こうした流れの中で、たとえば「アヴェンジャーズ」シリーズのような超大作ヒーローチームにも、より多様なバックグラウンドを持つキャラクターや社会的少数者の活躍を求める意見が増えているのだ。その一方で、こうした多様性の拡充を「政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)に迎合しすぎだ」と批判する声も少なくない。では実際に、「ポリコレアヴェンジャーズ」を真に望んでいるのはどのような人々なのだろうか。そして、それを批判する人々は何を懸念し、何を恐れているのだろうか。本稿では、その背景や対立の構図を整理し、考えてみたい。
まず、「ポリティカル・コレクトネス(略してポリコレ)」とは、もともと差別や偏見のない公正な言葉遣い・考え方を目指す姿勢を指していた。人種や性別、性的指向、宗教、障がいの有無などに関わらず、できるだけ当事者を傷つけない表現や待遇をすることが重要だ、とする考え方である。やがて、社会全体の意識が多様性やインクルージョン(包摂)を尊重する方向へシフトする中で、エンターテインメント業界にも「差別や固定観念を助長するような内容は見直すべきだ」という声が波及していった。この動き自体は決して新しいものではないが、SNSの普及に伴い消費者の声が一気に可視化されるようになったことで、その影響力はかつてないほど増大している。
一方で、ヒーローものの代表格として、マーベルコミックスやその実写映画であるマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の人気は世界的に揺るぎないものとなった。複雑なバックグラウンドを持つキャラクターや、女性ヒーロー、異なる人種・文化背景をもつヒーローの登場も少しずつ増えてきたとはいえ、シリーズ初期の中心ヒーローは白人男性が多かったことは否定できない。もともとコミックスの発行開始時期が1960年代前後であり、その頃のアメリカ社会の反映が作品に色濃く残っているため、やむを得ない面もあるだろう。しかし近年の映画シリーズでは、ブラックパンサーやキャプテン・マーベル、シャング・チーなど、多様なバックグラウンドをもつヒーローが次々と登場し、まさに「多様性を重視した新時代のヒーロー像」が打ち出されている。その流れに呼応して、「もっと女性やマイノリティのヒーローを活躍させてほしい」「既存のヒーローチームを抜本的にアップデートして、多様性を真に反映させる“アヴェンジャーズ”を観たい」というファンの声が高まりを見せているのだ。
では、「ポリコレアヴェンジャーズ」を望む人々とは、具体的にどのような層なのだろうか。第一に、SNSやコミュニティサイトなどのオンライン空間において多様性を積極的に支持するアクティビスト層や、その思想に共感するファンが挙げられる。彼らは作品の中における人種的ステレオタイプやジェンダー不平等を厳しく批判し、世の中の価値観がアップデートされた現代にふさわしいエンターテインメントを求めている。彼らにとっては、スーパーヒーローが男性・女性・その他多様な性や文化背景を横断し、最終的には誰もが活躍できる世界を提示することこそが理想なのだ。
第二に、エンターテインメント業界側もまた、多様性を重視する政策や市場の反応を見て、積極的に「ポリコレ」を取り入れる傾向がある。ハリウッドでは映画制作における人種構成やジェンダーバランスを考慮した「インクルージョン・ライダー」など、具体的な取り組みが話題になることも増えてきた。作品がグローバルに公開されるにあたっては、多様な視聴者の感情を考慮し、多くの国や地域で「受け入れられやすい」形を模索するようになっている。マーケティング上の戦略として見ても、マイノリティの視聴者を取り込むことは大きなビジネスチャンスに繋がると考えられるからだ。
こうした文脈の中で、「ポリコレアヴェンジャーズ」を待ち望んでいるのは、言うなれば「これまで声が届きにくかった層の人々」や「多様性を当たり前だと考える若い世代のファン」、そして「マーケットの可能性を重視する映画スタジオ」などである。しかし、ここで見逃せないのは、こうした変化を歓迎する人々がいる一方で、「ポリコレが行き過ぎている」と感じる人々の声が根強いことだ。彼らは「エンターテインメントは政治的メッセージや社会運動のための道具ではない」と考えており、あくまで“娯楽”としての物語に集中したいのだという。また、中には既存キャラクターの性別変更や人種変更が行われることを「原作への冒涜だ」と批判する人たちもいる。
特に「伝統的なヒーロー像」に愛着をもつファンの中には、「長年培われてきたキャラクターのイメージやオリジンストーリーを、製作サイドが都合よく改変してしまうのはいかがなものか」という不満を持つ者がいる。ヒーローたちの本質は、その人種や性別を超えて「いかに困難を克服するか」や「いかに正義を貫くか」にあるのであって、「外見上のマイノリティ性」が強調されるあまり肝心の物語が薄れてしまうのではないか、と懸念しているのだ。こうした考えを持つ人々にとって、「ポリコレアヴェンジャーズ」はマーケティング重視の“お仕着せ”のようにも映ってしまう。
さらに、近年のSNSでは「作品の配役や表現が差別的だ」と糾弾されることで、過激な炎上が起こるケースも少なくない。こうした炎上や批判の応酬を見て、クリエイター側が過度に萎縮してしまう「萎縮効果」を危惧する声もある。結果として、作品の中身よりも「ポリコレ的に問題がないかどうか」が過剰に意識されてしまい、まるでチェックリストをこなすかのように「女性キャラクターを必ず何割入れる」「マイノリティを一定数登場させる」といった形式的な対応に陥るリスクが高まる。そのような機械的な設定に依存したキャラクター造形では、結果的に個々のキャラクターの個性や魅力が希薄になり、逆に多様性の本質が損なわれてしまうのではないか、とする批判も出てきているのだ。
一方で、「ポリコレアヴェンジャーズ」を誠実に求めるファンやクリエイターたちは、「多様性を重視することは、より多くの視聴者に物語の共感や夢を与えるための必然である」と考えている。スーパーヒーローが“超人的”なのはもちろんだが、同時に人間的弱さや葛藤を抱えながら戦う姿こそが多くのファンを惹きつける。そこに人種や性的指向、あるいは障がいや貧困など、いろいろな背景を背負ったキャラクターが加わることで、より幅広い人々が「自分もヒーローと同じように闘える」と感じられるのではないだろうか。作品を通じて勇気をもらうだけでなく、社会が抱える不条理や差別の構造に一石を投じるきっかけにもなるかもしれないのだ。
以上のように、「ポリコレアヴェンジャーズ」を求める声と、それに対する反発や批判との間には大きな意識の隔たりがある。単純に「多様性を推進すべきかどうか」という価値観の相違だけでなく、作品の楽しみ方やヒーローという存在への捉え方、そして創作の自由と表現の責任のバランスという複数のレイヤーにわたる問題が絡み合っているといえる。作品を制作する側にとっても、ある層を満足させれば別の層が不満を覚えるといったジレンマがつきまとう。SNS時代ならではの炎上リスクを考慮すると、より慎重に「どのようなキャラクターをどのように描くか」を検討せざるを得なくなってきているのだ。
では、今後「ポリコレアヴェンジャーズ」と呼ばれるような、より多様性に富んだヒーローチームが実現した場合、どのような世界が広がるのだろうか。そこでは、性別や人種、障がいの有無、性的指向などを超えて、人々が互いの違いを尊重し合いながら協力し、世界を守るストーリーが展開されるだろう。それは、現実社会が抱える様々な対立を映し出す鏡ともなり得る。ヒーロー同士のぶつかり合いや、時に衝突を乗り越えて共に戦う姿は、現実の社会問題を考える上でも有用なメタファーとなるはずだ。多様性を持つキャラクターたちが、政治や文化の壁を超えて協力し合う様子は、観客に「自分自身や周囲の人々を見つめ直す」機会を与えてくれるかもしれない。
しかし、その道のりは決して平坦ではないだろう。過度な「ポリコレ」批判が続けば、表現者たちは自己規制に走り、本来の物語の面白さや挑戦的な要素が削がれてしまう恐れがある。一方で、多様性を取り入れようとするあまり、キャラクター造形が単純化されてしまえば、やはりファンはしらけてしまう。結局のところ、ファンが求めているのは「本物のドラマ」である。社会問題を扱うにしても、単なるマーケティングの道具としてではなく、しっかりと作品世界に根を下ろし、キャラクター一人ひとりに奥行きと葛藤が描かれているからこそ、「本当の意味での多様性」が花開くのではないだろうか。
つまり、「ポリコレアヴェンジャーズを望む人」と一口に言っても、その動機や期待値は様々である。現代社会の潮流として「多様性を重視しないと批判されるから」「市場拡大のためには必要だから」といった表層的な理由で支持する人もいれば、「自身がマイノリティであるがゆえに、自己を投影できるヒーローを探している」という切実な声もある。その双方を包含しながら、作品としての質や独創性を高めつつ多様性を反映していくには、制作者やファンコミュニティが相互に建設的な対話をする必要があるだろう。
最終的に、「ポリコレアヴェンジャーズ」が完成するかどうかは、単にスタジオの方針やファンの声だけでなく、社会全体の変化とも深く関わっている。今後、グローバルな社会情勢や世代交代、テクノロジーの発展などによって、エンターテインメントと政治・社会問題の距離感はますます近くなるかもしれない。その中でヒーロー映画は、単なる娯楽作品としてだけではなく「現代の神話」として、私たちが理想とする社会像や価値観を映し出す鏡となるだろう。多様性を重視するかどうかという論争は、ヒーロー映画の未来だけでなく、私たち自身の未来を照らす問いかけでもある。
結論として、「ポリコレアヴェンジャーズを望んでいるのは誰か」と問われれば、それは多様性を当然のものと考える新世代のファン、社会的マイノリティのRepresentation(表象)を切望する人々、そして市場を意識する製作サイドを含めた多くのステークホルダーたちであると言えよう。逆に、これまでの“伝統的”なヒーロー像や創作の自由を重んじ、「政治的メッセージや配慮が過剰になること」に抵抗を感じる人々からは、冷ややかな視線が向けられるかもしれない。いずれにしても、ヒーロー作品は私たちが抱く理想像や価値観、そして矛盾や課題を映し出す鏡としての役割を担い続ける。そうした意味で、ポリティカル・コレクトネスの議論が活発化する現代において、「ポリコレアヴェンジャーズ」は今まさに、私たちの社会の未来を映し出す一つの象徴なのかもしれない。
秋山 修也(あきやま しゅうや):35歳。派遣社員として工場で働く。学歴や経済力、コミュニケーションに自信がなく、恋愛もほとんど未経験。ネットでは「弱者男性」コミュニティに入り浸る。
三浦 麻美(みうら まみ):32歳。女性の権利を守るフェミニズム団体「フリーダム・リンク」の活動家。SNSや街頭デモなどを通じて女性差別の解消を訴えている。
佐々木 誠(ささき まこと):40歳。秋山が通うネットコミュニティの先輩的存在。強い反フェミニズムの立場をとり、「弱者男性」の声を代弁するような活動を行っている。
高木 圭子(たかぎ けいこ):28歳。「フリーダム・リンク」の若手メンバーで麻美を慕っている。女性の社会進出やジェンダー問題について積極的に意見を発信する。
井上 医師(いのうえ いし):50歳。心療内科医。秋山の通院先で、悩みを相談している。
場面1:秋山の部屋・夜
部屋の中は薄暗く、散らかったまま。秋山はノートPCの画面に目を凝らしている。
画面には「弱者男性フォーラム」の文字が躍り、「女性優遇社会への不満を語ろう」というスレッドが更新され続けている。秋山は書き込まれたコメントを読みながら、ため息をつく。
「女性は優遇されている…そんなに恵まれているのかな。俺はただ普通に生きたいだけなんだが…でも、ここでしか共感してもらえないのも事実か。」
秋山はフォーラムに書き込みをしようとキーボードを叩きかけるが、言葉がまとまらず手を止める。そして画面の隅に映る広告に目をやる。そこには「フェミニズム×社会変革 街頭アクション」というデモの告知が出ていた。
第二幕:対立の種
場面2:街頭・昼
大通りで、女性の権利を訴えるデモが行われている。「フリーダム・リンク」のメンバーとして麻美と高木がプラカードを掲げ、コールを上げている。
「私たちは女性が当たり前に働き、暮らせる社会を求めています! 多様性を認め合う社会を!」
通行人たちが足を止め、好奇の目で見たり、応援の拍手をする人もいれば、眉をひそめる人もいる。その中に秋山の姿があった。偶然通りかかったのだが、「女性の権利拡大」という言葉に、なぜか気持ちがざわつく。
そこへ「弱者男性フォーラム」で知り合った佐々木がやってくる。
「お、秋山。お前も来たのか。見ろよ、あいつらは“女性こそ弱者だ”って言って、男を無視してる連中だ。」
「いや、俺はたまたま通りかかっただけで…ただ、こうして声を上げられるのは正直うらやましいよ。俺たちは何も変えられない気がしてさ。」
「そんなことはない。俺たちは動かなきゃいけないんだ。『弱者男性』だって声を上げればいい。フェミニストだけが弱者ってわけじゃないだろ?」
佐々木はそう言い放ち、デモ隊に近づいていく。デモの様子を動画で撮りながら、批判的なコメントを叫ぶ。
「男性差別はどうしてくれるんだ! 女性だけが被害者じゃないだろう!」
麻美は一瞬目を止めるが、周囲の混乱を避けるためにそのままスルーしようとする。秋山は心苦しそうにそばに立っているだけだ。
第三幕:衝突の予兆
デモを終えた麻美と高木が、事務所で休憩している。高木は先ほどの佐々木の言動が気になっている。
「さっきの男性、すごい勢いでしたね。やっぱりネットで『弱者男性』を名乗る人たちが増えているって本当なんでしょうか?」
「増えてる実感はあるわ。だけど、彼らの声は確かに無視できない部分がある。男性でも孤立や貧困に苦しむ人がいるのは事実だから。でも、ああいうふうに攻撃的に来られると、正直怖いと思ってしまう。」
麻美は内心、男性の置かれた厳しい状況も理解できると感じているが、活動の中でそこまでケアしきれないのが現状だ。
場面4:心療内科・診察室
「最近、寝付きも悪くて…。仕事も長続きしないし、恋愛なんて夢のまた夢。ニュースを見ても、女性ばかりがスポットライトを当てられているように感じてしまって…。」
「秋山さんは、自分が社会に受け入れられていないと感じるんですね。」
「はい。でも、だからといって女性を責めたいわけじゃないんです。どうしても“自分は取り残された”って感じが拭えなくて…。」
「まずは、自分の困りごとを整理してみましょう。あなたに必要なのは、女性を敵視するよりも、一つひとつ社会との接点を増やしていくことかもしれませんよ。」
秋山は少しだけ表情が和らぐが、内面の複雑な気持ちは容易には解決しない。
第五幕:SNS上の激化
場面5:秋山の部屋・夜
再び「弱者男性フォーラム」を眺める秋山。そこには佐々木が投稿した先日のデモの動画が貼られ、過激なコメントが多く付いている。
スレッドタイトル:「女性優遇デモを叩き潰せ! 我々の苦しみをわかってもらうには?」
書き込みは一部、女性全体を侮蔑する表現や、暴力的な言葉にまで発展している。秋山は読み進めるうちに、胸がざわつく。
「俺も辛いけど、こんなやり方じゃ何も変わらないだろ…。でも、居場所はここしかない気がするんだ。」
第六幕:思わぬ接点
地域センターで社会的支援イベントが開かれている。貧困問題やDV被害者支援など、多様なテーマを扱うブースが並ぶ。麻美は「フリーダム・リンク」として女性支援の活動紹介をしており、偶然秋山も就労支援ブースを見学に来ていた。
秋山は遠巻きに麻美のブースを見る。そのとき麻美と視線が合う。先日のデモの場で会ったことをお互いにうっすら覚えている。
「こんにちは。もし興味があれば、どうぞ見ていってください。」
「もちろん男性でも大丈夫ですよ。私たちは『女性の権利』を軸に活動してますが、経済的な苦しみとか社会的孤立とか、そういう問題も一緒に解決を考えたいと思ってるんです。」
秋山は意外そうな表情を見せる。麻美の方も、ネットで語られる「弱者男性像」とは異なる実直そうな雰囲気の秋山に対し、少し興味を抱く。
第七幕:対話と亀裂
秋山と麻美は少しだけ話をする。秋山は自分の苦しみを少し打ち明け、麻美は熱心に耳を傾ける。
「本当は私たちも、男性の苦しみをちゃんと理解したいと思ってるんです。でも、どうしても女性差別や暴力が根強く残っていて、そちらの問題に注力せざるを得ないのが現状で…。辛い思いをしている男性を全部無視してるわけじゃないんですよ。」
「女性が今まで不利益を被ってきたのは、俺もニュースや本で知ってるし、わかるんです。でも…なんというか、俺たちも苦しいんです。どこにぶつければいいか分からないモヤモヤがあって…。」
二人の会話が少しずつ噛み合い始めた矢先、佐々木が休憩スペースにやって来る。
「秋山、お前こんなところで何してるんだ? こいつらは俺たちを男だからといって排除しようとしてる連中だぞ。」
「そんなつもりはありません。私たちは…」
佐々木(遮る)
「どうせ男性は加害者だとか言いたいんだろ? 秋山、お前だってずっと悩んでただろう。こんな連中と話しても無駄だ!」
麻美は反論したいが、言葉が出ない。秋山も一瞬で萎縮してしまう。結局、佐々木に引っ張られるようにその場を後にする。
場面8:夜の公園
佐々木と秋山が、公園のベンチに座っている。佐々木は苛立ちを隠さず、スマホで先ほどの様子をSNSに書き込んでいる。
「もっと強く出なきゃ駄目なんだ。連中は自分たちの権利拡大しか考えてない。俺たちをバカにする奴らには徹底的に対抗してやる。」
「でも、ちゃんと話せばわかり合える面もあると思うんだ…」
「お前は甘い! ずっと社会から無視されてきたの、忘れたのか? 誰も助けちゃくれなかったじゃないか。」
秋山は反論できずに黙り込む。しかし胸には、麻美の言葉と、自分自身の苦しみの両方が渦巻いている。
場面9:街頭・夜
数日後。秋山は、夜の街頭で一人立ち尽くしている。そこへ偶然、ビラ配りを終えた麻美が通りかかる。お互い気まずそうだが、秋山は意を決して話しかける。
「あの…あの日は、すみませんでした。僕はあなたたちを責めたいわけじゃないんです。苦しいのは自分だけじゃないって、頭ではわかってるんですけど…。」
麻美は微笑み、秋山にビラを差し出す。そこには「孤立を防ぐための居場所づくり」というイベントの案内が書かれている。
「よかったら来てみませんか? 女性向けのプログラムも多いけど、男性でも参加できるセッションがあるんです。私たち、もっと男性の困りごとも知りたいと思ってるの。」
秋山は戸惑いながらも、ビラを受け取る。ほんの少し、光が見えた気がした。
終幕:それぞれの一歩
公園のベンチに座り、ビラを見つめる秋山。遠くには街頭で呼びかける麻美たちの姿が見える。そこへ佐々木から電話がかかってくるが、秋山は一瞬ためらった後、電話には出ずに切る。そして意を決して、イベント参加を検討するかのようにスマホで検索を始めるのだった。
「“弱者男性”と呼ばれようと、“女性”と呼ばれようと、みんな孤独や不安を抱えている。同じように苦しんでいるなら、理解し合える道があるはずだ…。」
夜の街に、秋山の足音が小さく響いていく。まだ険しい道のりではあるが、小さな一歩が踏み出された。
終わり
本作は「弱者男性 vs. 女性」という単純な対立構図を描く一方、その先にある個々の葛藤や互いの声を知ろうとする姿勢を提示する。登場人物たちは必ずしも理解し合えたわけではないが、秋山のように少しずつ境遇の異なる人たちとの対話を試みることで、新たな関係を築いていく可能性を示している。
まず被害者のいない二次元キャラ文化のなかで性の話題に親しみましょう!
キャラクターに相対する時、人間のもつ本来の性的欲求や視線が明らかになり、「人間ってこういうもんなんだ」と受け入れられるようになります!
そしてキャラクターはあくまで創作者や消費者の求める理想像の表出にすぎないので、現実に存在する美醜の格差のようなものも脇において誰もが「2次元は2次元」として享受できる利点もあります!
初体験が兄だった
夕焼けが窓から差し込み、部屋をオレンジ色に染めていた。私はベッドに腰掛け、手の中のスマホをじっと見つめていた。画面には、数時間前に送られてきたメッセージが表示されている。
「今夜、話がある」
兄からの短いメッセージ。いつもそっけない兄にしては珍しい。一体何の話だろう。胸の奥がざわついた。
兄、和也(かずや)とは、二つ違い。小さい頃はいつも一緒に遊んでいた。近所の公園で鬼ごっこをしたり、川で魚を捕まえたり。でも、私が中学に上がる頃から、兄との間に見えない壁ができた。兄は友達と遊ぶようになり、私は私で部活や友達との付き合いで忙しくなった。
兄は無口でクール。私は明るく活発。性格も正反対だった。それでも、家族として、兄妹として、繋がっていると思っていた。
夕食の時、兄はいつになく落ち着かない様子だった。何度も視線を彷徨わせ、なかなか口を開かない。
「和也、何か話があるんじゃないの?」
母の言葉に、兄は意を決したように顔を上げた。
「実は…」
兄が話し始めたのは、大学のことだった。兄は来年、東京の大学に進学が決まっている。ずっと前から決まっていたことなのに、今になって改まって話すのは、何か他に理由があるのだろうか。
「だから、その…」
兄は顔を赤く染め、もごもごと何か言っている。よく聞き取れない。
「え?何?」
私が聞き返すと、兄は意を決したように言った。
「だから、その…お前に、ちゃんと話しておきたいことがあったんだ」
その夜、兄と二人きりになったのは、夜も更けてからだった。母と父は、私が小さい頃から共働きで、いつも帰りが遅い。
兄は私の部屋に入ってくるなり、戸惑ったように立っていた。
「座ったら?」
「あのさ…」
兄はまた言葉を濁した。一体何を言いたいんだろう。じれったく思っていると、兄はゆっくりと話し始めた。
それは、兄が中学の頃に経験した、ある出来事の話だった。兄は当時、友達との関係がうまくいかず、深く悩んでいたらしい。誰にも相談できず、一人で抱え込んでいたそうだ。
ある夜、兄は眠れずに家の近くを一人で歩いていた。すると、同じように一人で歩いている女の子を見つけた。その子も、何か悩みを抱えているようだった。
二人は言葉を交わすことなく、ただ一緒に夜道を歩いた。それだけで、兄の心は少し軽くなったという。
「その子のことは、今でもよく覚えている。顔も名前も知らないけど…」
兄は遠い目をして言った。
「その時のことを思い出すと、今でも胸が締め付けられるんだ」
私は黙って聞いていた。兄が何を言いたいのか、まだよく分からない。
「お前には、こんな思いをしてほしくない」
兄はまっすぐ私の目を見て言った。
「辛い時は、いつでも俺に話してほしい。一人で抱え込まないでほしい」
私はハッとした。兄は、私のことを心配していたんだ。
「ありがとう…」
私は小さく呟いた。胸が熱くなった。
その時、兄が急に立ち上がり、私の手を握った。
「お前は、俺の大切な妹だ」
兄の言葉に、私はドキッとした。兄の手が、少し震えているのが分かった。
その瞬間、私は初めて、兄を異性として意識した。
兄の顔が近づいてくる。私は目を閉じた。
…
朝、目が覚めると、私は自分のベッドにいた。昨夜のことは、まるで夢だったようだ。
リビングに行くと、兄はもういなかった。テーブルには、メモが置いてあった。
「朝早く出ていく。行ってきます」
私はメモを握りしめた。昨夜のことは、夢ではなかった。
私は、兄のことが好きだった。兄妹としてではなく、異性として。
でも、それは許されない感情だ。
兄の奏多(かなた)と妹の灯(あかり)は、幼い頃からいつも一緒だった。近所の公園で日が暮れるまで遊び、同じ屋根の下で眠りにつく。二人の間には、兄妹という枠を超えた特別な絆があった。
高校生になった灯は、兄に対して友情以上の感情を抱いていることに気づき始めていた。奏多の優しさ、不器用ながらも一生懸命な姿、時折見せる憂いを帯びた表情。その全てが、灯の心を強く惹きつけていた。
ある日、灯は勇気を振り絞って奏多に告白しようと決意する。夕食後、洗い物をしている奏多の背中に、灯は声をかけた。
「あのね、お兄ちゃん……」
奏多は振り返り、優しく微笑んだ。その笑顔を見るだけで、灯の心臓は早鐘のように打ち始める。
「どうした、灯?何かあったか?」
言葉が出かかった灯だったが、兄の優しい眼差しを前にすると、どうしても言葉にすることができなかった。「なんでもない」と小さく呟き、灯は自室へと逃げるように戻ってしまった。
その夜、灯は眠れずにいた。兄への想いは募るばかりだが、兄妹という関係がそれを阻んでいる。もし告白して、今の関係が壊れてしまったら……。そう考えると、怖くてたまらなかった。
一方、奏多もまた、妹に対して特別な感情を抱いていた。灯の成長を間近で見守るうちに、いつしか兄妹という枠を超えた存在として意識するようになっていたのだ。しかし、兄として、妹を守らなければならないという責任感から、その気持ちを押し殺していた。
数日後、二人は家の近くの小さな庭園にいた。春の柔らかな日差しが木漏れ日のように降り注ぎ、色とりどりの花が咲き乱れている。灯はその美しい景色をぼんやりと眺めていた。
「綺麗だね」
灯の言葉に、奏多は優しく微笑んだ。
「ああ、本当に綺麗だ」
奏多は灯の横顔を見つめた。夕日に照らされた灯の横顔は、息を呑むほど美しかった。思わず手を伸ばしそうになったが、寸前で止めた。
灯は奏多の視線に気づき、顔を赤らめた。二人の間に、沈黙が流れる。その沈黙は、どこか甘く、切ない空気を孕んでいた。
「お兄ちゃん……」
灯は意を決したように口を開いた。
「私……お兄ちゃんのことが……」
「灯、俺たちは……兄妹だ」
その言葉に、灯の心は凍りついた。やはり、兄妹という壁は越えられないのか。
「分かってる……でも……」
涙声でそう呟く灯を見て、奏多の心も痛んだ。
「灯……すまない」
奏多はそう言うと、俯いてしまった。
二人の間には、重苦しい沈黙が流れた。しばらくして、灯は静かに立ち上がった。
「帰ろう」
灯の背中を見送りながら、奏多は深く後悔した。自分の気持ちを伝えるべきだったのか、それともこのまま押し殺すべきなのか。答えは分からなかった。
その後、二人の間にはぎこちない空気が流れるようになった。以前のように屈託なく話すことができなくなってしまったのだ。灯はできるだけ奏多を避け、奏多もまた、灯にどう接していいのか分からずにいた。
ある夜、灯は自室で一人、泣いていた。奏多への想いを断ち切ることができず、苦しんでいたのだ。その時、ドアをノックする音が聞こえた。
ドアを開けると、そこに立っていたのは奏多だった。
「灯……少し、話がしたい」
奏多の真剣な表情を見て、灯は頷いた。
奏多は灯の部屋に入り、静かにドアを閉めた。そして、意を決したように口を開いた。
「灯……俺も……お前のことが……」
奏多の言葉に、灯は目を見開いた。
「本当に……?」
涙で濡れた瞳で、灯は奏多を見つめた。
奏多はゆっくりと灯に近づき、優しく抱きしめた。
「ああ……本当に」
二人は強く抱きしめ合った。禁じられた恋。許されない関係。それでも、二人は惹かれ合ってしまう。その切ない想いは、二人だけの秘密の庭で、ひっそりと花を咲かせようとしていた。
私は真奈(まな)といいます。都内の小さな会社で事務員として働いており、平日は仕事と家の往復、週末は少しだけおしゃれなカフェを巡ったり友人と過ごしたりする、ごく普通の生活を送っていました。大学を卒業して数年、特別な趣味や特技もなく、かといって生活に不満があるわけでもない――そんな私でした。
ところが、ある出会いをきっかけに、それまでの平凡な日常が少しだけ色づき始めることになったのです。出会いの相手の名前は、川瀬(かわせ)さん。私が勤めている会社の取引先の男性で、営業担当として度々やり取りをするうちに、いつの間にか気になる存在になっていました。
彼は社交的で、仕事もきっちりこなすスマートなタイプ。穏やかだけれど芯が強く、誰に対しても丁寧で親切でした。最初は、そんな「仕事のできる大人の男性」に単純にあこがれを感じていただけだったのですが、徐々に彼自身の人柄にも惹かれ始めていたのです。
そしてある日、仕事上の用事で遅めの打ち合わせが終わったあと、「よかったら少しだけお茶でもどう?」と誘われました。もしかしたら、プライベートで話すのはこれが初めてかもしれない。私は胸の鼓動を抑えながら、喜んでうなずきました。
お互いに終業後だったので、近くのカフェに入ることに。打ち合わせのことや最近の仕事の近況など、他愛のない話をするうちに、ふとプライベートな話題になりました。大学時代のことや友人、家族のこと。私も彼も、お互いが初めて知る部分を少しずつ共有し合い、その時間はとても心地よかったのを覚えています。
その後、少し間があった後で彼が口を開きました。
「もし迷惑じゃなかったら、もうちょっと先のバーでもう一杯どうかな?」
本当なら終電の時間や翌日の仕事を考えなきゃいけないところだけれど、そのときは自然と「行きたいです」と口をついて出てしまったんです。大人の雰囲気漂う小さなバーで、彼は何度もこちらの都合を気遣ってくれましたが、私は「大丈夫です」と笑って応じました。ここまで連れ出されることに対して、まったく抵抗がなかったのです。それどころか、「一緒にいたい」という気持ちがどんどん膨らんでいきました。
お互いにお酒が進むにつれて、少しずつ打ち解け、距離感も縮まっていきます。ふとした瞬間に、彼の視線が私を真剣に見つめていることに気づき、胸が高鳴りました。その夜は、そのまま彼の家に誘われ――もちろん、自分の意思でついて行きました。
彼の家に足を踏み入れたとき、私は緊張でいっぱいでした。適度なお酒も手伝い、彼との距離が急に近づいたことで、どう振る舞えばいいのか頭が追いつかない。だけど不思議と怖さはなく、むしろ「この人になら身を任せてもいい」と思わせる安心感がありました。
部屋は整理されていて、淡い暖色のライトが落ち着いた雰囲気を作り出しています。ソファに座って向かい合うと、なんだか仕事で見せるきりっとした表情とは違う、少し素直で弱い部分をのぞかせてくれる気がして、私はさらに惹かれていきました。
最初はほんの少しのキス。彼がゆっくりと私を抱き寄せると、自然と体が彼のほうに傾いてしまう。胸の奥がドキドキして、どうしていいかわからない。でも、自分からも彼に触れたいという想いが募っていきます。
そこで私が感じたのは、「この人を喜ばせたい」「彼のためにできることを、何でもしてあげたい」という気持ちでした。いわゆる“奉仕”といっても、服従のように無理やり従わされるのではなく、私自身が心から「こうしたい」と思った行動です。いま、私の感情のベクトルはすべて彼に向かっていました。
互いが満たされるための奉仕
身体が触れ合い、彼が私の耳元で甘く低い声で囁くたびに、何ともいえない心地よさが全身を巡ります。私から積極的に抱きしめた瞬間、彼は少し驚いたようでしたが、すぐに優しく笑って応えてくれました。
「無理しなくてもいいんだよ。疲れてるだろうし」
そう言われてみると、たしかに遅くまで仕事をして、そのまま深夜まで飲みに行ってしまった疲れはあるはずです。しかし私の気持ちは、疲労よりも「もっと近づきたい」という欲求のほうが勝っていました。自分でもこんなに素直に感情をさらけ出せるんだ、という驚きがありました。
奉仕といっても、彼を一方的に崇拝するようなことや、尽くしてへりくだるような行為ではなく、お互いに満たされるための優しさや思いやりの交換だったと思います。彼が疲れていそうなら肩をそっと揉んであげる。彼は私が寒そうにしていればブランケットをかけてくれる。ソファに座ったまま、そんな細やかなやり取りを繰り返しながら、ときどき熱いキスを交わす。私にとっては、それがとても幸せで、まさに「奉仕している」充足感がありました。
朝を迎えてからの変化
そのまま朝を迎え、私たちは少し遅めに起床しました。彼の部屋の静かな空気と、カーテン越しにやわらかく差し込む朝日。いつもなら出勤のために慌ただしい時刻ですが、今日は週末。お互い特に予定もなく、しばしソファでぼんやりとテレビをつけて過ごしていました。
冷蔵庫の中にあった材料で彼が簡単な朝食を作ってくれました。パンにハムとチーズをのせて焼き、サラダを添えるだけのシンプルなもの。それでも一緒に食べると格別の味がしました。そんな何気ない時間のなかで、「ああ、自分がずっと求めていたものはこういう安心感なんだな」と感じたのです。
前夜のような激しいドキドキは少し落ち着いたけれど、穏やかな愛情がそこにはありました。私の中の“奉仕”の感覚は、彼にとって必要なことをできる限りサポートしたいとか、彼を気持ちよくさせたいとか、そんなシンプルな思いだったんだと気づきました。
それから私たちは、恋人同士としての関係をゆっくり築いていくことになりました。最初はお互いの仕事の都合や生活リズムがあるため、無理せず週末や休みの前日に会う程度。たまには仕事終わりに食事に行ってそのまま泊まることもありました。
何度か会ううちに、自分でも驚くほど相手を大切に思う気持ちが増していきました。「今日は疲れていそうだな」「悩みがあるのかな」と思ったら、私のほうからそっと肩を抱きしめたり、マッサージをしてあげたりします。一方、私が残業続きで心身ともにくたびれているときには、彼は「今日は僕が全部やるから」と言って料理や洗い物、洗濯ものまで引き受けてくれることもありました。
もちろん、ときには衝突することもあります。最初は優しさだけがあふれていた関係に見えても、ずっと一緒に過ごしていれば言い争いだって起こります。それでも大切なのは、互いに「相手のことを思いやる心」を失わないこと。それこそが、私にとっての“奉仕”の本質ではないか、と最近は考えるようになりました。
私にとっての「奉仕」とは
「男性に奉仕した話」と一言で言うと、なんだか従属的なニュアンスが強く聞こえてしまうかもしれません。けれども私が体験した“奉仕”とは、「私はあなたを大切にしたい」「あなたと一緒にいるこの時間をもっと幸せなものにしたい」という素直な気持ちの延長線上にありました。
それは決して自分を犠牲にすることでもなければ、相手の言うとおりにすべてを受け入れることでもありません。むしろ、相手への想いを行動で示すことで、自分自身も幸せになる――そんな関係を築けるようになったと思います。
人によっては「それは奉仕なんて堅い言葉じゃなくて、ただの愛情表現だよ」と言うかもしれません。でも、私にとっては“奉仕”という言葉がぴったりでした。なぜなら、愛情を注ぐだけでなく、「支えたい」「力になりたい」「相手の心も身体も癒したい」という意識がそこにはあるからです。
もちろん相手も、私に奉仕してくれることがあります。むしろ今は、どちらかが一方的に与えるのではなく、お互いが相手を想い合う形になりつつあります。だからこそ、私はこの関係を大切にしたいし、彼と一緒にいるときに自然と「何かしてあげたい」と思う気持ちが湧き上がるのだと思います。
終わりに
振り返れば、その夜に彼の家を訪れたのは軽率だったかもしれません。けれど、あのとき私は彼に惹かれていて、「この人になら大丈夫」と思える安心感がありました。それ以降、お互いを思いやる関係のなかで、私が感じる“奉仕”とはただの自己犠牲ではなく、自分の幸せとも繋がっている――そう心から実感しています。
「男性に奉仕した話」というと、どうしても刺激的な響きがあるかもしれませんが、私の物語は意外と穏やかで、日常的な愛情表現の延長にあるものだったかもしれません。大切なのは、相手の気持ちや状況を考えて行動すること、そして自分の想いも素直に伝えること。そんな当たり前のことが、お互いを満たしていくためには大事なのだと、私は改めて学びました。
いまでは、彼の家の合鍵を渡されるくらいには、信頼し合う仲になりました。まだまだこれから先、どんなことが起こるか分かりませんが、私のなかでは「奉仕したい」「支えたい」と思わせてくれる相手がいて、その想いを受け止めてくれる関係がある――それだけで、毎日が少しだけ輝いて見えるのです。
これが、私が経験した「男性に奉仕した話」です。もしかしたら拍子抜けするくらい地味で、小さな幸せの積み重ねにすぎないかもしれません。でも、その積み重ねこそが、本当の意味での充足感をもたらしてくれるのだと、私は信じています。
幼い頃から、私たちは“セット”として見られてきた。生まれた日も同じ、顔立ちもよく似ている――いわゆる“一卵性双生児”ではないけれど、それでも周りからは「双子っていいね、仲良しでしょ?」と言われ続けてきた。実際に仲が悪いわけではないし、ケンカらしいケンカをしたことも数える程度しかない。
私と兄は同じクラスに入ることが多くて、席替えのときにはいつも先生が「双子は離しておいたほうがいいわよね」と気をつかってくれたから、わざわざ離れた席にされたりもした。まあ、それはそれで気が楽だった。四六時中、兄の隣りにいるのはちょっと落ち着かないというか、どうも“完全なる一心同体”なんてことはありえないんだと、子どもながらにどこかで感じていたから。
けれど、周囲のイメージとは裏腹に、私たち姉弟――いや、厳密には数分だけ兄が早く生まれた、という関係性――は、「まるで違うタイプ」の人間だった。性格も、好きなものも、行動パターンも、何もかも対照的。
兄は昔から落ち着いていて、実に要領がいい。小学校の頃から自然とリーダー役を任されることが多くて、学級委員をやっていたこともある。友達は多いし、先生からの信頼も厚い。ふと気づけば彼を中心にグループができているような感じで、皆が「○○君に相談すれば大丈夫」「分からないことがあったら○○君に聞けばいい」と頼ってくる。本人はあまり偉ぶることもなく、いつも穏やかに笑いながらうまく場を収めていた。
一方の私は、人前でしゃべるのも苦手だし、控えめに言っても“引っ込み思案”な性格だ。自己主張しないタイプで、どちらかと言うと集団より一人でいるほうが落ち着く。そんな私の横に、なんでも器用にこなしてしまう兄がいる――それがどれほど大きなコンプレックスを生むか、たぶん兄自身は気づいていない。
双子の妹としては、兄のことを「尊敬している」という気持ちが確かにある。その一方で、「ああ、また兄が注目を集めてる」「私なんて何をしても目立たない」と思わず拗ねてしまう瞬間だって少なくない。
たとえば、小学生のとき、学習発表会の劇で主役を決めるオーディションがあった。私は勇気を出して立候補してみたのだが、結果的にみんなの前でうまくセリフを言えず、途中で声が震えてしまった。恥ずかしくなって固まっていると、「じゃあ代わりに○○君やってみて」と先生が兄を指名した。すると、兄はほとんど練習もしていないはずなのに、しっかりセリフを頭に入れていて、堂々と演じてしまったのだ。そこにいたクラスメイトの拍手と歓声の大きさを思い出すと、今でも胸が苦しくなる。「これだよ、これ」と、みんなが“求める”のはいつも兄の方。私という存在は、最初からオプション扱いなんだ、なんて気持ちになってしまった。
そうやって、「どうせ私は兄に敵わない」と思うと同時に、兄が称賛される姿を見て心のどこかで誇らしく思う自分もいた。この矛盾した感情を抱えながら成長していくうちに、私は自分がブラコンなのかもしれない、と思い始めた。
――ブラコン。そう、兄を強く慕う妹のことを、ネットや友達同士の会話なんかでは気軽に「ブラコン」と呼ぶ。でも“好き”と言っても、それが恋愛感情であるはずがない。一方で、ただの家族愛だけとも言い切れない。自分でも整理しきれない妙な感情を“ブラコン”という軽い言葉でごまかしている気もした。
中学生になってからも、この複雑な関係は続いた。中学校ではクラスが分かれることもあったし、部活動も別だった。兄はバスケ部、私は図書委員。これで少しは「双子セット」から解放されるかと思ったのに、周りの子にはすぐに「バスケ部の○○君の双子なんだ!」「あのイケメンの妹?」なんて言われる。兄が“イケメン”かどうかは正直私にはわからないけど、少なくともモテることは確かだった。
それを素直に「すごいね」って思えればよかったけれど、現実は違った。私の中にはまたしても“嫉妬”とも言えるような感情が生まれていたのだ。
兄が女子からチョコをもらってきた日、家に帰ったら「これ、好きな子から?」「気になってる子いるの?」と何気なく聞いてしまう自分がいる。いや、妹として話題にするくらいは普通だろう。それでも内心では妙なざわつきを感じる。兄の恋愛を想像するたびに、寂しいような、モヤモヤするような感情が胸のあたりで渦巻く。
私はどうしようもなく「兄を意識しすぎている」と思った。たとえば学校のテストの成績が出たとき。掲示板に学年順位が張り出されると、私は自分の順位より先に兄を探す。兄の成績が上位なら嬉しいし、誇らしい。だけど、いつも兄より下の順位の自分がなんだか情けなくもなる。
結局、私は兄の背中を追いかけているのか、それとも追い抜きたいと思っているのか、自分でもはっきりしない。そんな曖昧な気持ちを抱えてしまうせいか、勉強も部活も中途半端なまま、どんどん自分に自信をなくしていった。
高校受験が迫ったとき、先生には「同じ学校を受けることになるよね?」と当然のように言われた。両親も「双子なんだから同じ高校でいいじゃない」と笑っていた。だけど、私は少し反発心を抱いていた。いつまでも「兄の妹」として見られるのは嫌だったし、同じ進路を選ぶのが当たり前というのもなんだか癪に触った。
しかし、結局は同じ高校に通うことになった。兄の成績ならもっとレベルの高い私立や、他の選択肢もあったはずだけど、彼は家から一番近い、いわゆる“県立の進学校”を選んだ。私としては心の底でほっとしたのかもしれない。だって、違う学校に進んでしまったら、毎日どんな気分になるのか想像もつかなかったから。
高校に入り、部活も別々、クラスも別々になった。それなのに、噂はすぐに広まった。「あのイケメンの双子」だの「お兄さんと妹さん全然似てない」だの、また私は地味な存在として扱われ、兄だけが注目されているという図式が出来上がる。私はその“いつもの光景”に、慣れてしまったのだろうか。辛い、悔しい、というよりも、「ああ、またこれだ」と自分を納得させてしまっていた。
しかしその一方で、兄が自然とクラスでも中心的存在になるのを見て、どこか安心している自分がいる。それは確かにブラコン的な感情なのかもしれない。だって、「あ、また人気者になっちゃってる」「でも、なんだか誇らしいかも」と思ってしまうのだから。変だと思いながらも、これが私の素直な気持ちだった。
このまま大人になって、いつか兄が誰かと付き合ったり結婚したりすることになったら、私はどんなふうに感じるんだろう――そんな想像をすると、時々息苦しいような、不思議な寂しさが込み上げてくる。兄がいなくなるわけじゃないのに。「家族」だから、ずっと一緒に暮らすわけじゃないとわかっているのに、なんとなく孤独を感じずにはいられない自分がいる。兄がいなければ、私のアイデンティティはどうなるのか。自分ひとりで立っていられるのか、不安になる。
ある日の放課後、私は図書室で一人、本を読みながらうとうとしていた。すると、突然ガタガタと椅子が動く音がして、目の前に兄が座っていた。
「珍しいね。ここで何してんの?」
兄は私がよくいる場所をわかっていたみたいで、わざわざ探しに来たらしい。
「いや、ちょっと疲れちゃって……寝てた」
私が照れ隠しにそう言うと、兄は少し笑ってから、「今日は部活早めに終わったからさ、待たせちゃ悪いし。帰ろうと思って」とあっさり言った。
私が彼を待つなんて、そんなの当たり前じゃないのに。いつからか私たちは、自然と同じ時間に家を出て、同じ時間に帰るようになっていた。もちろん都合が合わない日は別行動だけど、兄はできるだけ合わせようとしてくれる。
私は不器用に本を閉じてバッグにしまいながら、少し早足で歩く兄の後ろ姿を見つめた。いつの間にか、背も私よりずっと高くなっていた。昔はほとんど同じ身長だったはずなのに。そんな変化ひとつひとつが、私の心をシクシクと痛めつけるような気がした。
高校二年のある夜、兄がふいに私の部屋のドアをノックした。ドアを開けると、彼が少し困ったような表情で立っている。いつも余裕たっぷりの顔をしている兄にしては珍しい。
そう言って兄は部屋に入ってきた。私は慌てて机の周りを片づけ、椅子を勧めた。何か深刻な話でもあるんだろうかと、胸が高鳴る。
「どうしたの?」と聞くと、兄は小さく息をついてから、「……おれ、告白されたんだ」と言った。
瞬間、私は心臓が大きく跳ねた。体温が上がるのを感じる。なんだ、その話。自慢でもしてるの?――そんな意地悪い言葉が頭をかすめる。けれど、兄が思いのほか真剣な表情をしていることに気づき、私は思わず黙り込んだ。
「その……同じクラスの子なんだけど、バスケの試合をよく応援してくれてて、この前の大会終わってから声をかけられた。ちゃんと考えて答えたいんだけど、自分はどうしたらいいのかわからなくて……」
兄はもともと人気者だし、告白くらい何度かされてもおかしくはない。けれど、彼がこんなふうに私に相談してくるのは初めてだった。
「どんな子なの?」と私は声を震わせないように気をつけながら尋ねる。
「明るくて、周りを盛り上げるのが得意な感じ。勉強も得意みたいだし、すごく……可愛いと思う」
そこまで言われて、私はなんとも言えない感情に襲われた。可愛い子。兄がそう表現する女の子。おそらく兄にふさわしい、そういうタイプなんだろう。私とはまるで正反対の…。
でも、私は笑顔を作って、「いいじゃない。付き合えば?」と返した。兄は意外そうな顔をして、「そっか……でも、なんだか変に緊張して気軽に返事できなくてさ」とさらに眉をひそめる。
「兄ちゃんがいいと思うなら、OKすればいいんだよ。あ、応援してるから」
声が上ずりそうなのをこらえながら、私は精一杯明るい口調を作った。兄は少し安心したように笑って、「そっか……ありがとう」と言い、私の部屋を出て行った。
扉が閉まった瞬間、私は椅子に崩れ落ちた。ああ、終わった。そんな意味のわからない言葉が頭に浮かんでくる。私にとっては“何かが終わった”気がした。兄がこのまま誰かと付き合って、どんどん私の知らないところで大人になっていく……。その未来を思い描くと、胸の奥に大きな穴が空いたように感じる。
あの夜から私は兄とどう接していいのかわからなくなった。どんな顔をすればいいのか、何を話せばいいのか。今まで自然と近かった距離が、一気に遠のいてしまったような気がする。
それでも朝になれば兄と顔を合わせるし、一緒に家を出る。兄は普段通りに私に接してくれる。時には「行ってきます」と頭をポンと叩いて笑ってみせたり、何気ない雑談を振ったり。でも、私は妙なぎこちなさを拭えないまま、まともに目を合わせられなくなってしまった。
兄のほうは私のそういう態度に気づいているのかいないのか、何も言わない。それが逆に辛かった。私が一方的に意識しすぎているだけなんだと思い知らされるようで。
しかし、数週間ほど経ったある日、兄はふと私の肩を掴んで、ぐるりと向かい合って言った。「お前、最近なんか変じゃない? 具合悪いのか?」と。私はドキッとして何も言えなくなり、目をそらそうとする。
「もしかして、あれ……おれが告白された話、嫌だった? ごめん、変な相談して」
兄はそう言って、気まずそうに視線を落とした。そのとき私は、頭の中がぐちゃぐちゃになったまま、「別に」と口走った。
「別に、嫌とかじゃないし。良かったじゃん、兄ちゃんが告白されて……」
「うん、でもなんかお前の態度が変だからさ。もしかして反対なのかと思って」
「なんで私が反対しなきゃいけないの。全然いいよ。早くOKすれば?」
自分でもわかるほどに、投げやりな声になってしまう。兄は少しむっとした様子で、「何だよその言い方」と眉をしかめた。
あ、もしかして今、兄がちょっと怒ってる? 珍しい。そんなことを考えた瞬間、私は突然涙がこぼれそうになって、慌てて目を閉じた。
「ごめん……」
小さな声で謝ると、兄はそれ以上は何も言わずに、ほっと息をついて「わかったよ。とりあえず……ごめんな、変な空気になっちゃって」と呟き、また歩き出した。私は動揺したまま、背中を見送るしかなかった。
私がブラコンなのかもしれない――そう意識し始めたのはいつの頃からだろう。ずっと昔から、兄は私の“特別”だった。それが家族愛だけなのか、別の感情が混ざっているのか、自分でもわからない。ただ一つ言えるのは、私は兄に強いコンプレックスを持ちながら、同時に強く惹かれているということ。
テストで負ければ悔しいし、兄が誰かに好意を寄せれば胸が痛い。それでも、兄が元気で笑っていてくれると嬉しい。それはまるで、一方的な片想いにも近いかもしれない――なんて考えるのは、やっぱりおかしいのかな。
あれから何日か経った頃、兄は告白してくれた女の子に対して「もう少し時間がほしい」と伝えたらしく、今も決断できずにいるようだった。どういうことなんだろう。私は聞きたいと思いつつも、なかなか話しかけられないでいる。兄も自分からその話題を振ってはこない。
でも、この中途半端な状態が続くうちに、私は少しだけ気持ちに整理がつきはじめた。もし兄がその子と付き合うことを選んだら、私は素直に応援したい。兄の幸せを喜んであげたい。それが「妹」として当然の気持ちかもしれないし、私が抱えているコンプレックスや嫉妬は、所詮は家族愛の延長にある“わがまま”なのかもしれない。
「おれさ、たぶん……その子と付き合うことになると思う」
思わずどきりとしたが、私はできるだけ自然な声で「そっか」と返事した。すると兄は少し笑って、「まあ、お前とはずっと一緒にいるし、いろいろ相談してくれてもいいのに、最近は離れちゃってるから寂しかったわ」とポツリと呟いた。
「別に離れてなんかないよ、兄ちゃんこそ勝手に決めつけないで」
私は思わずふてくされたような口調になってしまい、すぐに言い過ぎたかと後悔した。でも兄は、「そっか」と柔らかく微笑んで肩をすくめるだけだった。私の中で、何かがほっと緩むのを感じる。兄はいつも通りだ。大きな変化が起きる前の、最後の日常みたいにさえ思えた。
その週末、兄は正直に返事をしたようで、結果として女の子と正式に付き合うことになった。その報告を受けたとき、私は不思議と落ち着いていられた。ああ、本当に、兄に素敵な人が現れたんだな。良かった。きっとすごく似合う二人になるんだろうな。
だけど夜になって一人になったとき、妙に胸が苦しくなって、泣きそうになる自分がいた。まるで失恋でもしたような――いや、これは失恋なのかもしれない。私が心のどこかで抱いていた「一番近い異性としての兄」が、誰かに取られてしまったような気持ち。そうとしか説明できない。
ただ、それを口にするわけにはいかない。だって、そんなの兄にとっても彼女にとっても迷惑だし、何より自分自身が許せなかった。
それからは、少しずつだけど状況は変わっていった。兄は放課後に彼女と一緒に帰ることが増え、休日も部活の合間を縫ってデートに出かけるらしい。家にいる時間も減ってきたし、リビングで顔を合わせてもスマホを気にしていることが多くなった。
そんな姿を見るたびに、私は初めこそ「何それ」と拗ねそうになったけれど、次第に「ああ、これが普通なんだよね」と思えるようになった。いつまでも双子で一緒に行動して、べったりいられるわけじゃない。私たちはもう、高校生になって、少しずつ大人になる道を歩んでいる。兄が変わっていくように、私も自分自身で変わらなきゃいけない。コンプレックスに振り回されるだけじゃなくて、ちゃんと自分の人生を築く努力をしなくちゃ。
そうして意識を切り替えるようになってから、私は自分自身にもっと集中しようと考えた。成績を上げるために塾に通うことを決め、大学受験に向けて目標を明確にする。部活には入っていなかったけれど、放課後は図書室に残って勉強する習慣をつけた。
以前なら、兄と差を感じるたびに落ち込んでいたけれど、もうそれはやめよう。兄が私とは別の人生を歩むのは当然のことなんだ。私は私で、やるべきことに打ち込めばいい――そう思えるまでに時間はかかったけれど、兄が“誰かの彼氏”になることで、その覚悟ができた気がする。
ただ、正直に言えば、私はまだ「兄が好きなんだな」と感じる瞬間がある。家でふと兄の靴が脱ぎ散らかしてあるのを見たら、「もうちゃんと揃えてよ」と文句を言いながらも、心が温かくなる。彼がリビングでぼーっとテレビを見ていると、いつものように軽口を叩き合いたくなる。そんな些細な日常が、やっぱり私は好きだ。だからこそ、これからもずっと“兄の妹”であり続ける自分を大切にしたいと思う。
確かに、兄と比較して自分を卑下してしまうこともあるし、兄に対する“ブラコン”めいた気持ちがふとした瞬間に疼くこともある。けれど、それも私の一部なんだろう。
それに、コンプレックスを抱えながらも兄を慕っていた時間は、決して無駄ではなかった。兄を目標にしてきたから、こんな自分でも少しだけ頑張ることができたのかもしれない。だって、誰かを目標にしなければ、自分なんか何もせずに投げ出していただろうから。
将来、私たちが進む道はもっとバラバラになるだろう。大学へ行くのか、就職するのか、あるいは兄はさらに先の道を選ぶかもしれない。けれど、たとえどんな道を進もうと、私たちは双子でありきょうだい。そこに嘘はないし、その事実は変わらない。
――もしかしたら、私は一生「ブラコン」かもしれない。時々、兄のことを思い出して「あの人は今どうしてるんだろう」と胸を締めつけられるように感じるかもしれない。それでも、私には私の人生があるし、兄にも兄の人生がある。お互いが自分の道を歩いて、それでも時々振り返ったときに「相変わらず元気そうだね」と笑い合える。そんな関係が理想だ。
だから私は今、「ブラコンかもしれない」という自分を受け入れつつ、少しずつ前を向こうと思っている。コンプレックスごと受け止めたうえで、兄のことを好きでいるし、同時に自分の目標に向けて一歩ずつ前進していく。その先に待っているのがどんな未来なのかはわからない。でも、きっともう少し強くなった私なら、兄の存在に振り回されるばかりじゃなくなる――そんな期待を抱きながら、今日も図書室の机に向かう。
時々、顔を上げて窓の外を見つめると、校庭でバスケをしている兄の姿が見える。仲間と笑い合いながら走り回る姿は、いつも通りキラキラしていて、私の胸をかすかに痛めつける。それでも私は微笑んで、参考書に再び向き合う。
「大丈夫、大丈夫」と心でつぶやきながら。兄は兄で、私は私。二人で支え合い、時には離れて、それぞれの人生を歩んでいく。私のブラコンはきっと治らないかもしれない。でも、それでいい。そんな自分を認めてあげたら、少しだけ楽になれる気がする。
とにかく口が悪い。いつも冷たく突き放してくるくせに、たまにちらりと見せる笑顔がやけに優しかったりする。やれ「うるさい」「近寄るな」「気持ち悪い」と、小学生レベルの悪口を浴びせてくるのに、困ったときは僕を頼ってくるところがある。本人は絶対認めないけど。
僕は高校二年生で、咲は中学三年生。ここ数年、彼女は反抗期だとばかり思っていた。けれどある日、教室で友人と会話をしているときに「お前んとこの妹って兄貴大好きだよな」と言われて仰天した。
「いやいや、そんなわけないだろ。咲が俺を好きなわけない。毎日『うっざ』とか『近寄らないで』しか言わないし」
しかし友人曰く「ちょっとした態度に、兄貴好き感が出まくってる」とのこと。具体例を聞いてみると、「お前が弁当忘れたってとき、妹さんが夕飯のおかずを詰めなおして届けてくれてた」「風邪引いたときはあの手この手で世話してくれてたじゃん」といった具合。そう言われれば、確かに咲は文句を言いつつも何かと世話を焼いてくれている気がする。
友人に言われて改めて振り返ってみると、やたらと僕の健康管理をしてくれている節もある。
「…ほんとに? あれってただの口うるさい小姑みたいなやつじゃないの?」
家に帰ると、咲が珍しくリビングでテレビを観ていた。僕が「ただいまー」と声をかけても、彼女はそっぽを向きながら「おかえり」。でも一瞬、口元がちょっとだけゆるんだのを見逃さなかった。
「……。」
言い方の冷たさとは裏腹に、心なしか隣の座席をぽんぽんと空けているような気がした。いつもなら「近くに座んないで。あっち行って」という文句が飛んでくるのだが、今日は違う。
僕は彼女のそばに腰かける。咲は一瞬だけ腰を浮かせたけれど、そのまま何も言わずに座っている。おまけにリモコンをぐいっと僕のほうへ押しやるではないか。
「え、チャンネル替えていいの?」
「別にあんたの見たい番組があるなら勝手にしたら。…つまんないのに変えたら出てくけど」
そんな不機嫌そうな顔で言われても、ちょっとだけ嬉しい。何しろ咲が自分から兄にリモコンを渡すなんて今までほとんどなかったからだ。
それから少しして母が晩ご飯を呼びにきたので、僕らはダイニングに移動した。咲は何食わぬ顔をしながら皿を運んでくれる。僕が手伝うと言っても「邪魔だからやめて」なんて言われる。
まあ、文句を言われながらでも、自分のぶんまで気遣ってくれる妹ってそうそういないのかもしれない。今まではあまり気にしていなかったが、友人にツンデレだと指摘されてから、彼女の行動の一つひとつが気になってしかたがない。
ツンの奥にある優しさ
晩ご飯が終わって、自室で宿題をしていると、ノックの音がする。
戸を開けると、そこには咲が立っていた。ふだんはたいてい「ちょっとどいて」とか「うるさい」くらいしか言わないのに、今は何やら不安そうな顔をしている。
「あのさ…」
珍しく言葉を濁す咲。僕が「何?」と返すと、彼女は少し言いにくそうに口を開く。
「あんた、明日テストでしょ? 国語の詩の暗唱テストだとか言ってたじゃん…」
「そうだけど」
「読んで聞かせてよ。変な読み方してたら指摘してあげるから」
妹に勉強を手伝ってもらう日が来るなんて想像したこともなかった。とはいえ、好意を素直に受け取るのも気恥ずかしい。
「……ありがとう」
「べ、別に。暇だっただけだし。あんたの頭の悪さを見ておくのもたまにはいいかなって」
さっそくツンデレっぷりを発揮してくる。だけど、そう言いながらもうちょっと中に入ってくれたらいいのに、部屋の戸口で距離を取るのは彼女なりの照れなのだろう。
僕は机に広げたプリントを手にとり、ゆっくりと詩を読み始めた。途中で噛んだり抑揚がおかしかったりすると「そこ違う」「テンポ乱れてる」と細かく指摘される。結局、三回ほど通して読んだあたりで、咲は満足そうにうなずいた。
「まあまあ、悪くないんじゃない? こんなんで合格できるかは知らないけど」
「礼を言われるようなことはしてないし」
そう言ってふいっと踵を返す彼女だったが、ドアを閉める寸前、聞き取れるかどうかの音量で「頑張ってね」とつぶやいたのが聞こえた。自分でもびっくりするくらい、胸が温かくなった。
いつのまにかお世話されている
翌朝、僕が食卓につくと、咲はもう制服姿で座っていた。早起きなのは毎度のことで、姉御肌っぽいところもある。
母がキッチンで朝食を用意している間、咲はスマホをいじりながら、ちらりと僕の方を見てくる。何か言いたそうだが、口を開かない。
「…あのな」
「ん?」
「あ、持った持った。昨日カバンに入れたし」
そう答えると、咲は「ふーん」とそっけなくスマホ画面に視線を戻した。けれど、その耳はほんのり赤い。そこまで気にしてくれるのなら、もう少し素直になってもいいのに、と思うけれど、これがツンデレというものなんだろう。
食事を終えて家を出ようとすると、玄関で咲がそわそわしている。僕が「どうした?」と聞くと、彼女は軽くかぶりを振るだけ。
「別に。あんたのテスト、うまくいけばいいね、って言おうと思ったわけじゃないし」
「……サンキュ」
普段の咲なら「は? 意味わかんないんですけど」くらい言ってくる場面だ。こういう細かい変化にも気づけるようになったのは、やっぱりあの友人の言葉のおかげだろう。
バレるな、咲の“お兄ちゃん好き”
放課後、部活を終えて靴箱へ向かうと、下駄箱に小さなメモのようなものが差し込まれていた。開いてみると、見慣れた字でこう書かれていた。
「ママからの伝言。今日は夕飯いらないんだって。あんた部活終わるの遅いから、買い食いでもして帰れば? 私は先に家に帰ってる。うざいから連絡しないでね」
雑な言葉遣いに反して、微妙にハートの描き込みが見えるのは気のせいではないだろう。雑な中にもかわいらしさがにじみ出ているというか、“うざいから連絡しないで”という一文がむしろ「連絡してほしい」と言ってるようにも思える。
このメモを見つめながら、僕は「なんだかんだで気にしてくれてるんだよな」と実感した。そういえば、以前に一度、僕が部活終わりに塾へ直行して家に帰れない日があった。そのとき、咲は「……気まぐれだから」とか言ってお弁当を作ってくれたらしい。直接は受け取れず、母に「お兄ちゃんに渡しておいて!」と言づけたらしいが。
俺には、二歳下の妹がいる。一般的に「ブラコン」というと、「お兄ちゃん大好き♡」と言わんばかりに愛情を注いでくる妹を想像するかもしれないが、うちのはそれを遥かに通り越して「ウザい」レベルに到達している。名前は真奈(まな)。俺は一応「健太(けんた)」と名乗っているが、この妹だけは決して俺のことを「健太」とは呼ばない。
「おにーちゃん、朝だよ! 起きてる? 起きてないよね? 起こしに行っちゃうよ?」
朝の6時。目覚ましよりも正確に飛び込んでくるこの声が、本当に鬱陶しい。平日の学校ならまだわかるが、今日は日曜日だ。部活もバイトもない貴重な朝に、どうしてこいつはこんなにも元気なのか。
妹が俺の部屋の扉を勢いよく開ける。コンコンとノックする概念はどこへ行ったのか。ベッドに突撃してきそうな気配に身構えるが、俺は慣れたものだ。ぎゅうっと布団を抱えて寝返りを打ち、「今、すごくいい夢見てたのに……」とムニャムニャつぶやいた。
「ねえお兄ちゃん、早く起きて! 今日はお兄ちゃんと一緒に買い物に行くって約束したじゃん!」
ちょっと待て、そんな約束などした覚えは……ない。が、真奈の頭の中ではどうやら「自分が一方的に提案したこと=約束」らしい。俺は溜息をつきながら、布団から頭だけ出して相手を見る。
「寝ぼけてるの? 先週の土曜日に『来週の休日は一緒に外出しようね』って言ったの、お兄ちゃん忘れたの?」 「いや、それは真奈が勝手に言ってただけだろ」 「じゃあイエスともノーとも言わなかったよね? つまり、それはイエスなんだよ!」
その論理はどこから生まれたのだろう。こんな屁理屈に付き合っていられない。大体、日曜日くらいゆっくり寝かせろってのに……。仕方なく俺は観念して、渋々起きあがった。
「30分だけ待て。シャワー浴びるから」 「うん、じゃあ早めにお願いね♪」
真奈は満面の笑みを浮かべて、俺の部屋を去っていく。その姿を見るだけで頭痛がするが、俺は無理やりカーテンを開けて朝の光を目に受ける。今日の予定は、ショッピングモールで妹に振り回される一日になるんだろう。高校二年の妹を連れてどこを回るんだか……。はあ、だるい。だが、断れば断ったで、また「お兄ちゃんに嫌われた!」と落ち込みモードに入られ、それはそれで面倒だ。妹ってやつは、いくらブラコンでも男の扱いをわかってなさすぎる。
シャワーを浴びて着替えを済ませ、リビングに行くと、すでに朝食が用意されていた。真奈はエプロンをつけてフライパンを振っている。両親は共働きで、朝早くから仕事に出てしまうので、休日はだいたい俺と妹の二人きりになることが多い。こうして朝食を作ってくれるのはありがたいのだが、それ以上に「俺の傍にいたい」という意図が見え透いていて、こそばゆいというか、面倒くさいというか……
「お兄ちゃん、目玉焼きは半熟でいい? いつもどおり塩コショウで食べる? それとも醤油にする?」 「……いつもどおりで」 「はーい。任せて!」
妹の視線が、やけにきらきらしている。こんなテンションで毎朝絡まれるのは本当に堪える。俺がソファに腰を下ろすと、妹はうれしそうに鼻歌を歌いながら料理を仕上げ、まるでレストランのように見映えまで気にしたワンプレートを差し出してきた。
うまい。そこは素直に認める。真奈は料理が上手いし、家事も手際がいいから、そこは本当に助かる。けれど俺が「ありがとう、美味しいよ」と言うと、「えへへー」と言って顔を赤らめ、さらに俺に近寄ってくるから困る。視線を外そうとしても、まるで小動物のような瞳でずっとこちらを見つめている。
「そんなに見てると食べにくい……」 「だって、お兄ちゃんがおいしそうに食べてくれるの見るの好きなんだもん」 「……ブラコンこじらせすぎだぞ、お前」
俺が呆れたように呟くと、妹は嬉しそうににへらっと笑う。「ブラコンだろうがなんだろうが、お兄ちゃんはお兄ちゃん!」みたいな勢いで、胸を張っているのが痛々しい。普通の妹なら「えー、そんなに兄のこと好きじゃないよ」とか否定するものじゃないのか?
食事を終え、皿洗いは妹がやるというので、俺は先に着替えの支度をすることにした。なぜなら「お兄ちゃん、今着替えるの? 見ちゃダメ?」と言い出されると本気で厄介だからだ。そこだけは死守しなければならない。
結局、支度を済ませてリビングに戻ると、妹はちゃっかり俺のコートのほこりを払っていた。まるで執事か何かのつもりなのか。「どうせなら私のコートも払ってくれよ」と言いたいところだが、言うだけ無駄だろう。何も言わずに外に出ると、妹がピタリと俺の左腕にしがみついてくる。
こうして、まるで恋人のように腕を組む妹と一緒に、近所のショッピングモールへ向かう羽目になった。俺は18歳の大学一年、妹は16歳の高校二年。一応、年齢的にはそこまで離れていない。だが、このイチャつきぶりはどう見ても普通のきょうだいではない。それでいて、妹は周囲の視線をまったく気にしない。むしろ「どう? 私のお兄ちゃん、カッコいいでしょう?」みたいに見せびらかしているフシすらある。
モールに着くと、妹は嬉々として服屋や雑貨店を回りだした。俺が少しでも反応を示すたびに、「お兄ちゃん、これ似合うと思う?」「あ! このセーターの色、お兄ちゃんが好きなやつだよね?」と、矢継ぎ早に話しかけてくる。うなずくだけで「うん、やっぱりそうだよね!」と興奮し、俺の手を取ってレジへ向かおうとするから困る。
「買うの? それ、高くないか?」 「うん、でもお兄ちゃんが少しでも興味示してくれたから。これ着て、お兄ちゃんに見てもらいたいの」 「……まあ、試着くらいはすれば?」 「うん!」
試着室に入り、鏡の前でくるくる回る妹を見ていると、やはり普通にかわいいと思う瞬間もある。だが、問題は妹がそれを自覚したうえで「お兄ちゃんにだけは見せたい」と張り切っていることだ。しかもこの妹、友達といるときは「兄に興味ない風」を装っているらしい。わざわざ同級生に「真奈ちゃん、兄いるんだってね。どんな人?」と聞かれると、「えー、うちは普通だよ、全然かっこよくないし」などと取り繕うらしい。……実に腹立たしい。だったら家でもそうしろと思うが、家ではその反動が全部俺に向かってくるから手に負えない。
そんなこんなで、妹の服選びに付き合って数時間。ふと、妹がカフェコーナーでソフトクリームを買ってくると言い出したので、俺は待合スペースの椅子で待つことにした。荷物持ちのバッグには、妹が買った服や小物がぎっしり詰まっている。ここまでくると、彼氏役を任されているような錯覚すら覚えるが、それを本当に「彼氏気分」になって楽しめるなら、俺もこんなに苛立たないのに。いや、そもそも実の妹だ。そんな心境になれるはずもない。
少し空いた時間でスマホをいじっていると、ラインの通知が光った。相手は大学の同級生の女子――朱里(あかり)だ。先日同じサークルで知り合った子から、「今度の飲み会、健太くんも来るよね?」という確認の連絡が入っている。朱里はけっこうノリが良くて、話しやすい子。実はちょっと気になっているんだが、妹がいるからどうこうというわけではないにせよ、俺にプライベートの自由時間がほとんどないのがネックだ。妹がいつも干渉してくるせいで、大学生活の楽しみも半減している気がする。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
妹がソフトクリームを2つ手に戻ってきた。どうやら俺の表情を見て、何か感じ取ったらしい。気まずさを隠してスマホをポケットにしまう。
「いや、なんでもない。大学の友達から飲み会の誘いがあって……」 「ふーん。行くの?」 「……行くよ、たぶん」
妹が少しだけ眉をひそめたのを俺は見逃さなかった。嫌な予感がする。まさか、ここから「誰が参加するの?」とか「女の子いるの?」と尋問が始まるのでは。すると妹は、まるで拗ねた子どものように唇を尖らせた。
「お兄ちゃん、私の知らないところで遊ぶのかあ」 「当たり前だろ。俺だって大学生なんだから」 「そっか……。じゃあ私も友達と遊ぼうかな。あーあ、でも高校の友達はバイトがある人多いし、もうすぐテストもあるし……」
そういう問題ではない。妹には妹の生活があるんだから、俺を基準に自分の予定を立てるのはやめてほしい。俺は心の中でため息をつきつつ、ソフトクリームを受け取り、一口かじる。冷たい甘さが口の中に広がるが、気分はあまり良くならない。妹が「美味しい?」と笑顔を向けてくるのに、俺は曖昧に「まあまあ」と返すだけだった。
午後も、妹に引きずられる形で雑貨店や書店を回った。俺が気になるコーナーに立ち寄ると、「お兄ちゃん、それ何? 見る見る!」「こういうの興味あったっけ?」と付きまとってくる。一人でのんびり見たいと思っても、横からちょっかいを出してくるせいで集中できやしない。帰ろうと言っても、妹は「最後に向こうのゲームセンターだけ寄ろう」と言い張り、クレーンゲームに熱中し始めた。
「お兄ちゃん、これ取って! 私にぬいぐるみをプレゼントしてよ!」 「自分でやれっての」 「だって、お兄ちゃんと一緒にやりたいんだもん~!」
人目をはばからず甘えてくるこの調子。もはや呆れを通り越して、引くレベルだ。俺が渋々100円玉を投入してアームを操作してみても、なかなか景品は取れない。一方、妹が「ちょっと貸して」と言ってやってみたら、意外にもあっさり取れたりするから不思議だ。そんなときも「お兄ちゃんの応援のおかげだよ♪」などと言って、俺に抱きついてくるから気が気じゃない。周りの視線が痛い……。
ようやく帰り道に着くころ、外は夕日でオレンジ色に染まっていた。荷物の重みで肩が痛いが、妹の方は「いっぱい買えて大満足~」とご機嫌だ。俺は「今日だけで一体いくら使ったんだよ……」と半ばあきれながらつぶやく。すると妹は「お兄ちゃんと過ごす時間はプライスレス!」とわけのわからないことを言い出す始末。本気でウザいが、こいつなりに兄のことを慕っているのだけは伝わってくる。
家に帰り、夕食を作る気力もなくなった俺は、コンビニ弁当で済ませようと言い出した。だが妹は、「せっかくの日曜日なんだから、私がちゃんと作るよ」と言い張る。慌てて「いや、もういいよ」と止めようとするも、「お兄ちゃんはソファで座ってて!」と強引に台所へ消えていく。こうなると俺にできることは、テレビをつけて適当にチャンネルを回すくらいだ。
ジャージに着替えて、ソファでダラダラしていると、妹が途中でやってきて「調味料、どこ置いたっけ?」とか「お兄ちゃん、ご飯の炊飯スイッチ入れてくれた?」などと質問を投げてくる。姉妹じゃなくて妹だけど、まるで新婚夫婦のやり取りじゃないかと考えてしまい、背筋が寒くなる。
しばらくして食卓に並んだ料理は、どれも手が込んでいて美味しそうだった。疲れた体にしみる優しい味わい。俺は素直に感謝するが、そこに必ずと言っていいほど妹の「べたべた攻撃」が入る。
「お兄ちゃん、食べさせてあげよっか?」 「いや、自分で食べられるから」 「大丈夫、大丈夫。あーん……」 「だから、いいって……」
これではまるで幼児扱いだ。表面上はツンと突っぱねるが、妹があまりにも押しが強いので、最終的には「まあ、いっか」と甘んじてしまう自分も情けない。なんだかんだ言いながら、俺もどこかで妹の手料理に癒やしを求めているのかもしれない。家族だしな、仕方ない。
そんな日常がいつまでも続くのかと思っていたある日のこと。妹がスマホをいじりながらニヤニヤしていたので、つい「何見てるんだ?」と聞いてみた。すると妹はわざとらしく「え~、教えな~い」とそっぽを向く。俺は怪訝に思い、「お前がそんな態度とるなんて珍しいじゃん」と続けると、妹はほんのり頬を染めて、「気になる? 気になるならもっと私に優しくしてくれたら教えてあげる」とからかうように笑った。
「別に、気にならないけど」 「ふーん。どうせお兄ちゃんは私のことなんかどうでもいいんだよね~」
妹は拗ねて見せるが、その背中はどこか嬉しそうにも見えた。いつもはあれほどベタベタくっついてくるのに、この日は珍しく部屋に引きこもってしまう。おかしい、これは一体どういうことだ? そう思いつつも、「面倒ごとは放っておけばそのうち妹から寄ってくるだろう」と高をくくっていた。
ところが、その夜になっても妹は部屋から一向に出てこない。俺がシャワーを浴び終わって、いつもならリビングで一緒にテレビを見ている時間帯なのに、まったく気配がない。さすがに少し気になって部屋のドアをノックしてみると、「なに?」と抑え気味の声が返ってきた。
「……お前、夕飯は? まだ食べてないだろ」 「うん、あとで食べるから先に寝てていいよ」
妙な距離感に、俺は胸の奥が落ち着かない。あれだけ「お兄ちゃん大好き♡」とまとわりついていた妹が、急にそっけないと逆に不安になる。何かあったのか、それとも単なる気まぐれか。もしかして、あのスマホの相手は男なのか? そんな可能性を思い浮かべている自分に驚いた。いや、妹が彼氏を作るのは自由だし、むしろあれほどのブラコンが誰か他に興味を示してくれるならありがたい。でも、いざそうなると、何とも言えない複雑な気持ちが湧き上がってくるのはなぜだろう。
結局、その日は妹を放っておくことにして、自室へ戻り布団に入った。しかし、気になってなかなか寝付けない。こんなに落ち着かないのは初めてかもしれない。妹がいないと解放感があるはずなのに、逆に静寂が堪えるというか……。どこまで俺は妹に振り回されれば気が済むんだ。
翌朝、寝起きが悪い頭を抱えてリビングに行くと、妹はいつもどおり料理をしながら、「おはよー、お兄ちゃん」と微笑んでいた。だが、その笑顔は昨晩の出来事をなかったことにしているかのようで、どこか不自然な明るさが滲んでいる。そして俺が突っ込む間もなく、妹は鍋の蓋を開けて、「もうすぐできるから待っててね」と言うのだった。
――ブラコン妹は、激しくウザい。それは今も昔も変わらない。だが、時に何か隠しごとをしている様子が垣間見えると、妙に落ち着かなくなる自分がいる。正直、妹のベタベタが嫌だと思っていたはずなのに、こんなにも翻弄されるとは……。これから先、俺たちにどんな変化が訪れるのかはわからない。だけど少なくとも言えるのは、妹の「お兄ちゃん好き好き攻撃」からはまだまだ逃げられそうにない、ということだけだ。
そして、妹がこれからどんな形で俺に突っかかってくるのか、さっぱり予想がつかない。だけどまあ、ウザいウザいと言いながらも、俺はそれなりにこの日常に慣れ始めているのかもしれない。ブラコン妹が激しくウザいなんて言いながらも、心のどこかで当たり前のようにそれを受け入れている自分がいる。これって一体何なんだろう。
いつか、俺が大学生活の中で彼女でも作ろうものなら、妹は一体どんな反応をするのだろうか。それはちょっと想像しただけで恐ろしいが、どこかワクワクもしてしまう。ひょっとして……これが共依存ってやつなのか? 違う、違う。断じて違うだろう。とにかく、家族としての境界線は死守しつつ、上手く付き合っていく方法を見つけるしかない。
そんな思いを抱きながら、俺は毎朝鳴り響く妹の「起きて! お兄ちゃん!」というコールに、これからも頭を抱えるのだろう。振り回されるのは勘弁だが、まあ、これはもう一種の“日常”なのかもしれない。